第11話 コラボ開始【Water lily×赤王子】②




 黒の長髪という自分の姿に翠が肩を落としたのと同時。


「待たせたね」


 直立不動ながらも、爽やかな声で自身の存在を主張する紫音。

 その声に振り返り、姿を確認した翠はすぐに彼女へ詰め寄った。


「なんで俺の格好がこれなんですか……!?」


「ははは! 良くできてるだろう? これでも結構時間をかけたんだよ?」


「まあ、凄いですけど……いや、そうじゃなくて!」


 楽し気に笑う紫音に流されそうになりながらも、どうにか翠は踏み留まる。


「なんで俺だけちょっと違うんですか? レンは同じなのに……そもそも俺長髪じゃないですし……」


 星野のキャラクターは金のポニーテールなのだから、翠の場合は黒のショートカットにするべきだろう。

 そんな意味を込め、翠は画面の先にいる紫音を睨みつける。

 しかし当たり前というべきか、その眼差しは彼女に届くことは無く。


「別に私は君たちをモチーフにして作ったなんて言っていないよ?」


「え?……でもレンのは……」


 たしかに紫音は「私の方でスキンは用意しておいた」としか言っていない。

 それを思い出し、翠の声が尻すぼみに小さくなる。

 だが、あまりにも似ている星野のキャラクターを見れば、各々をモチーフに作ったと思うだろう。

 それに、翠自身のキャラクターだって初投稿の動画の姿とそっくりなのだ。


「レン君のは以前に作っていたからね。ただ、スイ君のは時間的に間に合わなくてね。髪にまで手が回らなかったんだ……すまないね」


 そんな翠の心情を察してか、すぐに補足する紫音。

 カクカクと中腰の姿勢と直立の姿勢を繰り返す姿はふざけているようにしか見えないが、何度も頭を下げているようにも見えなくもない。

 そうすると、翠も強く言えないわけで。


「……そうなんですか」


 渋々ながらも、翠は納得することしか出来なかった。


「よし、スイ君も納得してくれたみたいだし……撮影を始めようか」


「は、はーい……」

「分かりました」


 紫音の言葉に二人で返事。

 ただ、星野の声が震えているように聞こえたのは気のせいか?

 横目で見てみるけれど、反対側を向いてしまっていて表情を確認することは出来ない。


「ついて来て」


 紫音の声に翠は我に返る。

 画面へ視線を戻すと、彼女は街へ向かって歩き出していた。

 慌ててその後ろに続いていき、外壁までたどり着くと今度は外壁伝いに歩いていく。

 すると、ほどなくして門の前までたどり着いた。


「挨拶はここで撮ろうと思う。城をバックに二人は私の隣に並んでもらって……そうそう、そんな感じ」


 門の中心に立ち止まる紫音。

 彼女の指示のもと、翠は撮影の為の配置につく。


「じゃあ、準備は良いかな?」


「「大丈夫です」」


「了解。それじゃあ始めるよ」


 空気が変わった。

 チラリと星野を見れば、とても楽しそうにしながらもどこか真剣な眼差しを向ける彼女の姿。

 その姿に翠の気も引き締まる。


「「「…………」」」


 開始前の沈黙。

 パソコンからのBGMだけが部屋に響き、その音がドクンと波打つ心臓の音と混ざり合った。


 不安はある。

 けど、楽しみでもある。


 再び隣へ目を向ければ、ちょうど星野と目が合った。

 笑みを浮かべ、コクリと頷く星野。

 その笑みに元気をもらって翠も頷き返せば、彼女は笑みを深めてパソコンの画面へ視線を戻す。

 少し遅れて翠が画面に向き直ると、スゥと息を吸う音が聞こえて。


「みんな待たせたね、赤王子シオンです」


 紫音の声と共に、翠にとって初めてのコラボが始まった。


「今回も引き続きメインクラフトの建築をやっていこうと思います……そして、今日は告知していた通り、ゲストの方に来てもらっているよ」


「皆さんこんにちは! 『Water lily』のレンだよ!」


 紫音が言い終えると、間髪入れずに声を発する星野。

 その流れるような動きに気を取られてしまい、翠は少し遅れて口を開く。


「『Water lily』のスイです」


「今日はこの二人と一緒にメインクラフトをやっていこうと思うよ。二人の事が気になった人は概要欄にリンクを貼っておくから、この動画を見終わった後に見に行ってみてくると嬉しい」


 翠は紫音の声を聞きながら歯噛みしてしまう。

 星野の挨拶の後、翠が続くのは普段二人で動画を撮っている時にもやっていることだ。それなのに、少し遅れてしまったのがとても悔しい。


(気をつけないと……)


 翠が気を引き締めるのと同時、紫音に動きがあった。


「じゃあ、さっそくだけど始めようか。今回は二人に城の庭の装飾をしてもらおうと思っているんだ」


「は、はい」


 先を歩く紫音に続いて街の中へ。

 どうやら門から城までは一本道になっているらしく、奥には城へ続く門がそびえ立ち、そこから城への道が続いていた。

 とはいえ、街の大きさが大きさなのでそこまでの距離はそれなりにある。そのため、そこにたどり着くのには時間が少しかかりそうだ。


(すごいな……)


 一本道の途中。

 城の雰囲気と合わせるのだろう。左右には中世をイメージしたであろう建物が立ち並び、人がいないのにもかかわらず栄えているように感じてしまう。

 その街並みを右へ左へと眺めながら、翠は心の中で舌を巻いた。


「ふふっ、気になるかい?」


「ふぇっ?」


 不意に声をかけられ、ビクリと肩を跳ねさせる。

 前を歩く紫音には翠の姿は見えないはず。それなのにあちこちを見ていた翠に気付いたのに驚いたのだ。


「ははは! 可愛らしい声だね。そりゃあそんなフラフラと歩いていたら気が付くさ」


「う……」


 紫音に指摘され、翠は視線を真っ直ぐに。

 すると、再び彼女から笑い声。


「ははは! そうやってすぐに直すところも可愛らしいな」


 歩きながら振り返り、紫音の眼差しが翠に向く。


「気になるなら後で教えてあげるよ」


「え、えっと……」


 少しだけ歩みを止めたのか、翠の眼前まで迫る紫音。

 いきなりの接近に翠が言葉を探していると、突然の打撃音と共に紫音のキャラクターが画面から消えた。


「後で、じゃなくて今教えてくださいよ」


「……えっと、レンさん?」


 発せられたのは翠の隣、星野からだった。

 彼女から感じる威圧感に、翠の言葉が敬語に変わる。


 ……もしかして、怒ってる?


 今は撮影中のため聞くことが出来ないが、今の彼女の雰囲気にはそう感じさせる何かがあった。

 だが、紫音はその圧力をものともしないようで。


「ははは! 分かったよ……この辺りは『スイレン』みんなに作ってもらったんだ。ほら、みんなよく似ているけど、しっかり見れば若干違うだろう?」


「……よく分かりません」


「私も……」


 促されるままに建物を眺めるも、翠には違いを見つけることが出来なかった。

 それは星野も同じのようで、歩きながら建物に近づいてはすぐに戻ってくる。


「まあ、二人はあまり詳しくないから仕方ないか……その辺りは今度説明するよ。もう、街は終わりだからね」


 気が付けば、街の終わりに近づいていた。

 そのまま紫音の後に続いて城壁の門をくぐれば、先程の大通りのような平らな道ではなく坂道に変わる。


「丘の外周を回るように上がっていくんだ。君たちに手伝ってもらいたいのはもうちょっと先だね」


 渦巻状に上がっていく城への坂道。その脇には木々が立ち並び、花々が味気ない城への道を華やかに添えていた。

 その坂道を紫音の説明を聞きながら登っていく。


「ここだね」


 丘を一周し、登りきった先で紫音は立ち止まる。

 見上げるほど大きな城——その目の前で。


「今回はここの装飾をお願いするよ」


 紫音は振り返り、翠たちに向けて言い放った。

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