第10話 コラボ前に 【Water lily×赤王子】
「今日はよろしくね」
「「よろしくおねがいします」」
コラボ当日。
『スイレン』の一室に集まった翠たちは、顔を合わせると互いに挨拶を交わした。
「機材関係はもう準備してあるから——」
用意してあるパソコンへ視線を送る紫音。
翠が彼女の視線を追いかけると、長いデスクの上にパソコンが設置されており、すでに起動されているのか微かに駆動音が聞こえてきた。
「あの……」
「なんだい?」
「なんで二台なんですか?」
そう、パソコンが二台しか用意されていなかったのだ。
三人でのコラボのはずなのに、なんで肝心のパソコンが二台しかないのか?
翠が気になったままに尋ねると紫音は一瞬停止。その後、すぐに「それはね」と口を開く。
「私は別室でやるからだよ」
「え? なんでですか?」
純粋な疑問。
なぜ紫音だけが別室でやる必要があるのか?
「それはね——」
「紫音さんが男だと思われてるからだよ」
その答えは、紫音の言葉を遮った星野から知らされた。
開きかけた口を閉じ、肩をすくめる紫音。
「この前もそうだったけど……私のセリフを取らないでくれるかい?」
「紫音さんの説明だと長いんですよ」
「まったく、なんでスイ君の前だとそんなにツンツンするんだい? 昨日二人で話した時はそんなことなかったに」
「紫音さん!?」
語気を荒げる星野。
そんな彼女の抗議を聞き流し、紫音は翠の方へ顔を向けた。
「まあ、蓮華君の言うとおりだよ……私は視聴者には男で通っているんだ。君たちと同室でコラボをすると、何かと問題が起きたりするかもしれないからね」
「そうだったんですね」
要は、翠が星野と動画撮影を始める時の問題と同じだったということだ。
翠としては女の子だと思われているというのは複雑ではあるが、仕事である以上、こればっかりは仕方がない。
「じゃあ、そろそろ撮影の説明を始めようか」
「お願いします」
「……はい」
翠に若干遅れて星野が返事。
おそらく紫音への抗議を流されたからだろう。その表情は少し不満げだ。
「私の方でスキンは用意しておいたし、すでにワールドには入っている状態にはなってから、録画を開始したら挨拶。その後の動きは撮影中に説明するよ」
「「分かりました」」
今度は同時に返事。
その後、少しの間説明を聞き、頭に叩き込んだところで紫音が満足げに頷いた。
そして扉へ向かい、扉の前で振り返って。
「じゃあ、今度は画面も向こうで会おう」
そう言い残し、紫音は扉の向こうへ消えていった。
* * *
星野に録画の準備を手伝ってもらい、ゲーム画面へ。
「おお……すごい……」
画面いっぱいに映し出された景色に、翠は感嘆の息を漏らした。
どうやら翠たちがいるのは紫音が作っているという街の外のようで、辺りには草原が広がっている。
翠が感動したのは草原の奥、丘の上に建てられた大きな城だ。
純白の防壁に囲まれ、その上から顔を覗かせている城は遠目から見ても大きい。
(これ作るのにどのくらいかかったんだろう?)
城だけでもこれだけの大きさなのに、さらにはその下。ここからでは防壁で見えないが、防壁の大きさから察するに街の大きさも相当のものだろう。
「ほんと凄いよね」
「うん……」
隣にいた星野に声をかけられるも、眼前の景色の凄さに飲まれてしまい上手く返事が出来なかった。
「今日までに動画を確認したんだけど、もう『スイレン』の人はほとんど参加したみたいで、残りは私たちくらいだったみたい」
「そうだったんだ」
少し落ち着てきた翠は画面から目を離し、星野の方を向けた。
すると、翠の視線に気付いた彼女は若干呆けた声の翠がおかしかったのか、微かに苦笑して。
「私がスイと一緒にやり始めたから、最初は大変だろうって気を使ってくれたみたいでね。それで最後にしたんだって」
そう言うと、星野は画面へ視線を戻す。
彼女に続いて翠も画面へ戻ると、すでに星野のキャラクターが動き出しており、その後ろ姿が見えた。
どうやら紫音の作ってくれたキャラクターは各々をモチーフとしているらしい。前へ歩き出している彼女の背中にはポニーテールのようなものが描かれている。
こうなると、自分のキャラクターの見た目も気になってくるわけで。
「俺はどんな感じのキャラクターなんだ?」
「ん?」
翠が口にすると、歩き回っていた星野が一度停止。すぐに方向転換して翠の方へ。
ぐんぐんと近づいてくる星野。
彼女のキャラクターが画面いっぱいになるほど近づくと。
「黒髪ロングの女の子」
「へ?」
「だから、黒髪ロングの女の子」
思わぬ答えに、翠は目を瞬かせる。
星野のキャラクターを見る限りでは各々をモチーフに作っている——そう判断していた翠だが、どうやらそれは間違っていたらしい。
……それとも聞き間違い?
スイをモチーフにしたのなら黒髪ショートだろう。
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
ロングとショートを聞き間違えたのかもしれない——そう考えて翠はもう一度だけ星野に問う。
すると、星野は少しだけ翠と距離を取って。
「だから黒髪ロングの女の子だって。ほら」
隣で画面へ指さす星野。
彼女に促されるまま、翠は彼女の画面へ目を向ける。
「…………」
そこに映し出されていたのは、白のシャツに青いズボンを履いたキャラクターだった。
おそらく翠の初登場となった動画の姿をモチーフにしたのだろう。とても見覚えのある姿に翠の表情が苦々しく歪む。
ただ、当時と違うところがあるとすれば、星野の告げた通り髪型だった。
黒い長髪だったのだ。
少しだけ目にかかる程度で切りそろえられた前髪に、もみあげから伸びた髪は意味ありげに胸元で湾曲してから下へ落ちている。
ふと星野の腕が伸び、翠のマウスを動かす。
すると、星野の画面上では翠が一回転。その後ろ姿があらわになった。
後ろの髪は腰まで伸びており、ご丁寧に髪が光を反射する表現までしているという力の入れようだ。
そして、これを操作するのは翠——つまり、視聴者はこれが翠だと思うということで。
「さすがにひどくないですか……?」
「あははは……」
無意識に出た敬語に、星野は困ったように笑った。
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