第9話 コラボの予習を悪友と




 打ち合わせの翌日。

 翠の今日の予定は本来なら喫茶店の厨房でのアルバイトの日なのだが、今日に限ってはアルバイトを休ませてもらっていた。

 そして、翠の部屋で。


「ったく……今日は美穂と会う予定だったのによ」


「だから悪かったって」


 部屋に着くなり面倒くさそうに頭をかく恭平に、翠は口だけで謝罪する。

 そもそもの話。翠からしてみれば、恭平に対して大量の貸しがあるのだ。ノートの写しに課題の手助け、それに、金が無いという恭平に弁当を作ってあげたりもしたこともある。

 そのため、翠が謝る必要は本来ならないのだが。


「今度埋め合わせはするからさ」


 ここで強気に出れないというのが翠の性格なのだ。

 そんな翠の気質を分かってか、恭平も本気で嫌そうな顔はしていなかった。

 ……面倒そうではあるが。


「別にいいよ。その代わり、久しぶりにお前の飯を食わせてくれよ。最近食ってなかったしな」


「ん? そんなんでいいのか?」


「おう!」


 疑問符を浮かべる翠に恭平は満面の笑み。

 その笑みに「分かった」と頷くと、翠は勉強机に座る。

 そして、部屋に入る前に回収しておいたノートパソコンを置くと、画面を開いた。


「今度は間違えるなよ」


「分かってるよ」


「『Esc』じゃないからなー」


「だから分かってるって!」


 揶揄からかう恭平にため息を吐き出して、翠はパソコンの電源を入れる。

 すでに星野からはパソコン教室を三回受けている。さすがにそれだけやっていれば翠も間違えない。


 内部から駆動音が鳴り、その音を聞きながら二人で待っていると、少し経って画面が表示された。

 翠は振り返って。


「これから何すればいい?」


「おい、そこからかよ」


「しょうがないだろ。星野から教えてもらったのはパソコンの使い方なんだから」


 口をへの字に変えて、翠は背後の恭平を見上げた。

 あくまで翠が教えてもらったのは基本的な使い方だけ。ゲームのダウンロードの仕方などは教えてもらっていないのだ。


「しょうがねぇなぁ……ちょっと退いてくれ、俺がやる」


「いや、俺が——」


「お前がやったらそれだけで日が暮れちまうよ。いいから代われって」


「……分かったよ」


 たっぷり数秒置いて、翠は席を立った。

 そして恭平と入れ替わると、彼はマウスを手に持ち、振り返る。


「簡単に説明しながらやってやるから、何となくでもいいから頭入れろよ」


 マウスを動かし、操作を続けていく恭平。

 その画面の移り変わりを見て、翠は自分でやろうとしていたことを大いに恥じるのであった。




 ゲームのダウンロードを終えて。


「えっと、起動は?」


「ここだよ、ここ」


「シングルプレイ?」


「そう」


「えっと、ワールド名?」


「何でもいいだろ練習なんだから。早く入れろ」


 なんやかんやありながらも、翠はゲームを開始することに成功した。

 その代償に恭平の体力と機嫌を消耗してしまったようだが、あまり気にしても仕方がないだろう。


 翠は恭平を無視して画面と向かい合う。

 すると、暗転していた画面が切り替わり、ゲーム画面が映し出された。


「動画は見せてもらったけど、こんな感じなんだなぁ」


 マウスの動きにリンクする画面にキーボードで操作するキャラクター。

 どれも翠には新鮮だ。


「はじめは木を集めた方がいいってよ」


「わかった」


 恭平のアドバイスに相槌を返し、翠はキーボードを押し込んだ。

 動画で見たように滑らかにはいかなかったが、キャラクターは動き出し、少し離れた木の方へ歩を進める。

 画面の先、映っている木は大きい。青々と生い茂っている葉がついた頭頂部は見上げるほどだ。

 翠が見上げながら進むごとに映っている木は大きくなっていく。


「もうちょっと」


 初めてのPCゲームに心躍らせながら、翠はキャラクターを進ませ続ける。

 そして、立ち並ぶ木々が目の前に迫り――


「え?」


 高速で上へ移動していく木々の姿。

 さらには、その姿は小さくなっていき、画面は一面の灰色に変わると次第に暗くなって。


「あっ!?」


 落下音のような音と共に画面が赤く染まり、『死んでしまった!』という文字が。

 その後、初期位置へ戻ると一度だけ深呼吸。


「止めるか……」


「いや、諦めんの早すぎだろ」


「だってさ……」


 今度は体ごと振り向かせ、翠は恭平を見上げた。

 明らかな呆れ顔の彼に、翠の心はさらに「止めたい」という方向に傾いてしまう。

 元々ゲームなんて恭平に付き合わされて何回かやった程度。それもテレビゲームで、PCゲームは初めてだったのだ。


 その結果が、歩いているだけでゲームオーバーという……

 そもそも翠には無理だったのだ。

 元々が機械音痴。そんな翠にゲームの腕前を問うのは酷というものだろう。


 少しずつ視線だけが下がっていく。


「でもよ、このままだと星野に迷惑がかかるんだろ?」


 この言葉を受け、ピタリと落ちていく視線が止まった。

 落ちかけた視線を持ち上げて、恭平へ戻す。

 すると、彼は挑発的に笑っていて。


「なのにこのまま諦めんのか?」


 翠の目を真っ直ぐに見つめる恭平。

 彼はその眼差しをフッと和らげて、「それじゃあ」と口にし。


「しょうがねぇ。傷心になる予定の星野に俺の秘蔵のサンタコスを——」


「ちょっと待てぇ!!!」


 思わぬ言葉に翠は目を剥いた。

 思い当たるのは罰ゲームでの翠の姿。


「お前! 消せって言ったよな!」


「何のことだかー」


「こっち見ろ!」


 棒読みなうえ口笛まで吹きだした恭平に、翠は掴みかかろうと手をのばす。

 しかし、その手は背後から響いた音によって遮られた。


「おい、攻撃されてるぞ!」


「んえ!?」


 慌てて翠がパソコンへ向き直れば、画面には緑色をしたキャラクターが近づき、その度に音を鳴らして画面下のハートマークが減っていた。


「ど、どうすれば……」


「とりあえず攻撃だ」


 恭平の言葉に従い、翠は画面の中心を敵に合わせる。

 だが、合わせても翠が攻撃する前に敵に攻撃されてしまい、その度に目標がずれてしまい上手く攻撃できない。


「この!」


「おい! 落ち着けって」


 ブンブンと腕を振り回すも、いつの間にか敵の数が増えてしまっていて焼け石に水となっていた。

 そのまま時間はかからず画面が赤く染まってしまう。


「…………」


「こ、今度は敵が出ない設定にしような、な!」


「……分かった」


 少し引きつった表情をしている恭平にコクリと頷きを返し、翠は設定をやり直す。

 そして、ゲームを再開させた。


 そこからしばらく時間が経ち、少し空が暗くなってきた頃——


 ——ピンポーン!


「誰だろ?」


 不意に鳴ったインターホンに翠はゲームを一時停止させた。


 ようやく操作に慣れ始め、楽しくなってきたところでの中断。

 翠の本心としては続行したいのだが、出ないわけにもいかないので席を立ち、玄関へ。


「はーい、どちら様ですか?」


「鈴原です」


 扉の向こうから聞こえたのは、聞き覚えのある声とよく聞く名前。

 その声に返事するように背後——翠の部屋からガタリと音が鳴った。


 翠が扉を開けば、予想通りの人物が。


「こんにちは、恭ちゃんを迎えに来ました」


「あ、はい……なんでうちの場所を?」


「秘密です」


 穏やかな笑み。

 その笑みにどこか威圧感を感じ、翠はこれ以上の質問を止めた。

 そして、恭平を連行すると。


「ちょっと美穂! 今日は翠に付き合うって言ったじゃねぇか!」


「付き合う……?」


「何でもないです!」


 最初は抵抗していた恭平。

 しかし、鈴原さんの一声で大人しくなると、彼女に手を掴まれて。


「じゃあ行こう、恭ちゃん」


「ちょっと!? そんな引っ張るなって!」


「では高宮さん、お騒がせしました」


「おい聞けって! 翠、悪いなー!」


 徐々に小さくなっていく二人の姿に呆気に取られる翠。

 少し経って我に返ると、翠は家の中に戻った。


「ふぅ……」


 玄関扉を閉めて一息。


 恭平がいなくなったことにより、家には翠一人だ。

 先程まで騒がしかっただけに、今はやけに家の中が静かで寂しさを感じてしまう。


「あっ、夕飯の支度しないと」


 振り返る途中、玄関に置かれた時計が目に入った翠は今の時刻を見て慌てた。

 どうやら夢中になっているうちにかなりの時間が経っていたらしい


 翠は急いで靴を脱ぐと、足早にキッチンへ向かった。

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