第6話 理由




「理由は簡単だよ。企画でみんなに声をかけてるんだ」


「へ?」


 なんてことない理由に、星野の口からは呆けた声が漏れた。

 翠の想像だが、彼女の中にはいろいろな考えがあったのだろう。しかし、その予想が呆気なく覆されて理解できなかったといったところか。

 その証拠に彼女の表情は声と同じく呆けたものになっていた。


「ははは、何だいその顔は? いったい私が何を言うと思ってたんだい?」


「うぐ……」


 芝居のような笑いの後、紫音は片目を閉じて星野へ問いを投げかける。

 その問いかけに星野の顔が悔しそうに歪められると、彼の笑い声は楽しそうなものに変わった。


「あはははっ! 久々に会ったけど、ずいぶん表情豊かになったじゃないか? いや、この場合は戻ったというべきかな?」


「もう! 昔の話は止めてよ!」


「ああ、ごめんごめん。でも怒ることは無いだろう? 私は今の蓮華君の方が好きだよ?」


「だから止めてって!」


「……?」


 楽し気な紫音に、声を荒げる星野。

 二人の会話は昔馴染みだからこそのものだろう。そんなやり取りに翠は口を挟めずにいたものの、気になることが一つあった。


(戻ったってなんだろう?)


 翠の知っている彼女の姿は、明るく元気な姿だけだ。

 二人の会話の意味は分からないが、今紫音が話しているということは色々とあったのだろうと推測できる。


 感じる疎外感。

 何とも言えない感情が翠の中で渦を巻く。

 仄暗い感情では無いものの、何とも形容できない感情でもある。


 そんな制御不能ともいえる感情に翠が困惑していると、おそらく表情に出てしまっていたのだろう。不意に紫音の眼差しが翠へ向いた。


「すまない、スイ君には分からないことだったね。蓮華くんは——」


「紫音さん! ……昔の話は止めてって言いましたよね」


 先程よりも大きな制止の声。

 その声にビクリと翠が肩を震わせ、隣を見れば星野が目を鋭くして紫音を睨みつけていた。

 彼女の視線を受け、紫音は大げさに肩をすくめる。


「というわけでスイ君。蓮華君の昔話はできなさそうだ……すまないね」


「いや、それは良いですけど……」


「それよりもコラボについて説明してくれませんか?」


 言い淀む翠に追従するように、星野が言葉を挟んだ。

 すると、紫音は再び肩をすくめてみせ、組んだ足を逆の足に組み直す。


「それもそうだね……スイ君は私がどういう動画を出しているかも知らないだろうし、そこから話そうかな」


「紫音さんはゲーム実況者なんだよ」


「蓮華君、私の話を奪わないでくれるかい?」


 続く言葉を奪われ、紫音が微苦笑。


「まあ、それだけじゃないけどね。顔出しもしてるし……まあでも、今は関係ないかな。早い話、一緒にゲームをしようって誘いだよ」


「ゲームですか?」


 翠たちの動画は基本的に体を張ったものが多い。

 体を張ったと言っても少し前のパソコン教室のようなものだが、系統でいえば似たようなものがほとんどだ。

 星野個人では雑談配信をしていると聞いたことはあるものの、翠はそういったことはしていない。


 意外な提案に思わず翠は口を挟むと、紫音は小さく頷いた。


「うん、そう。メインクラフトって知ってるかい?」


「えっと、名前くらいは」


「ざっくりといえば、ブロックを積み上げていって色々なものを作るゲームだね。パソコンのゲームだから色々と出来るけど、それはいいか……ちょっと待ってね」


 そう言うと、紫音はジャケットの内側からスマホを取り出して操作を始める。

 そして、数秒後には画面を翠の目の前へ。


「これを見てもらえば分かりやすいかな」


 促されるままにスマホの画面へ視線を落とす。

 おそらく紫音の投稿した動画なのだろう。掲示された画面には、四角い顔のキャラクターが同じく四角いブロックを積み上げていた。


「ブームは過ぎているかもしれないけど、いまだに人気の根強いゲームだよ。今は『スイレン』に所属している人みんなに声をかけて、街を作るって企画をしてるんだ」


 スマホをポケットにしまい。嬉々として話す紫音。


「それで君たちにも声をかけたというわけだ。間違っても別の理由なんかないよ、蓮華君?」


「…………」


 挑発的な眼差しに、星野の眉が歪む。

 紫音はそんな彼女の表情を見て頬をさらに吊り上げた。


「この先の話はコラボを受けてくれるかで変わるんだけど、受けてくれるかい?」


「……はい」


「ありがとう、じゃあ続きを話そうか」


 頷く星野にニコリと笑みを返して、紫音は星野、翠と見渡していく。


「今回の企画はさっきも言ったけど街を作るといったものなんだ。サバイバルではあるけれど、街づくりがメインだから敵は出ないようにしてる。だから敵は気にしなくていい」


「はぁ」


「スイ君は分からないか……まあ、今の話はそんなに気にしなくていいよ。簡単に言うとね、街づくりに集中できるってことだから」


 相槌を打つ翠に、紫音の笑みが柔和なものに変わる。


「実を言うとね、街作り自体はほとんど終わっているんだ。君たちに頼みたいのは飾り付け……特に城周りの飾りつけかな」


「街なのに城ですか?」


「まあ、そこはゲームだから」


 星野のツッコミに今度は苦笑い。


「内容的にはそんな感じかな。詳細は後で送っておくとして……次は日程だけど、剛さんから聞いた感じだと今度の日曜日でいいかな?」


「まあ撮影しようと思ってたんですけど、大丈夫です」


「なら良かった」


 どこか一言多い星野の言葉を受けても、紫音は笑みを絶やさない。

 こうして翠が口を挟む間もなく日程が決まると、紫音は突然思い出したかのように「あっ」と声を漏らした。


「そういえば、打ち合わせが終わったら蓮華君に社長室に来てほしいと剛さんが言っていたんだった……蓮華君? そんなに嫌な顔をしなくてもいいんじゃないかい?」


 社長室に来てほしいというくだりから露骨に嫌そうになった星野に、紫音の眉が堪らず歪む。

 さすがに社長相手に嫌な顔をするというのは許容量を超えていたらしい。


「だって私がいなくなったら紫音さん、スイに私の昔話するでしょ……?」


「そこは信じて欲しいなぁ」


「信じられると思います?」


 真顔で紫音を見据える星野。

 先程までのやり取りを見ているに、信用できないのは仕方ないだろう。

 翠としても口は出さないけれど同意見だ。


「そこは信じてもらうしかないかな。それに『スイレン』に所属している以上、社長の呼び出しには応じないとね。大丈夫、その話はしないよ」


「う~~……」


 威嚇するように唸るも、紫音には何も通じていないようで笑みで返されるばかり。

 そのまま一分、二分経ったところで、根負けしたのか星野が息を吐き出した。


「分かりましたよ……本当に話さないで下さいね! 本当に! 本当にですよ!」


「はいはい」


「信用できないぃぃ!」


 ビシリと指を差されても態度の変わらない紫音に星野は地団太を踏む。

 しかし、社長の言葉は無視できないのだろう。やがてとぼとぼと扉へ歩き出した。

 そして、扉の前で振り返り——


「本当に話さないで下さいね!」


 そう言い残し、星野は扉の向こうに消えていった。

 一瞬後、バタンと少し強めな音が響き、室内の音が消える。


「やれやれ、信用無いなぁ」


「ははは……」


 閉まった扉を見やり、肩をすくめる紫音。

 そんな彼に翠は「自分のせいだろう」と考えてしまうが、さすがにほぼ初対面の人に言えない。

 その代わりに苦笑いで応じていると、紫音の視線が翠へ移った。


「まあいいや、じゃあこれで二人だけで話が出来るね」


「え?」


 ……二人だけで話?


 紫音と出会ったのは昨日の駅が初めてだ。それに今は女装しているのだから、実質的には今が初対面といってもいいだろう。

 それなのに紫音が二人だけで話すこととは一体何なんだろうか?

 どこか嫌な予感がするも、この状態では逃げることも出来ないわけで。


「えっと、何の話でしょうか……?」


「わからないのかい?」


 問いに問いで返される。

 その表情は気持ち悪いほどの笑顔で、翠の背中に怖気のようなものが走った。

 そして、翠が何かを告げようとする前に紫音が口を開いて。


「スイ君、きみは私とは昨日駅でぶつかってるよね?」


「へ?」


 思わぬ言葉に頭が真っ白になった。

 それは、言外に「翠が男だと知っている」と言っているようなものだからだ。

 しかし、紫音は翠に考える時間を設けてはくれないらしい。


「ああ、なんで分かったかかな? それは、私は女だからだね。つまり、君とは逆なわけだ」


「……へ?」


 更なる言葉に今度は翠の体が硬直した。

 ギクシャクとした動きで紫音を見返すも、「気が付かなかったかい?」と笑みを返される。


(バレ? え? 女の人? え? え……?)


 追い打ちの情報に翠の脳はショート寸前だ。

 そんな中で、翠はどうにか考えを纏めようと努力はする。

 しかし、考えども上手く思考は纏まらず。


「——————————っ!!!!!!」


 結局、翠は声にならない絶叫を上げるしか出来なかった。

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