第4話 再び『スイレン』にて




 翌日、翠は星野の二人は再び『スイレン』に訪れていた。


「少し待っていてくれ」と言われた部屋で待っていることになった翠と星野。

 そんな中、翠は昨日の態度について謝罪をすると、彼女は笑顔で許してくれた。


「——星野は何も聞いてないの?」


 謝罪を終え、二人で会話を続けていく中で翠は不安げに眉を寄せる。

 昨日はよく分からないまま帰宅することになってしまったため、翠としては不安が拭いきれないのだ。

 それに、今日はスイとしているように言われたというのもある。

 そのため、今の翠の姿はスイとしての姿だ。


 社長の娘であり、『Water lily』を取り仕切っている彼女であれば、何か聞いているのではないか?

 その考えた末の問いだったのだが、残念ながらその首は横に振られた。


「それがね、私も聞いてないんだよねぇ」


 ふぅ、と息を吐き出す星野。


「私もお父さんに聞いたんだけど、ちょっと待てば分かることだからってはぐらかされちゃって」


「そっか……」


「ごめんね」


「いや、星野が悪いわけじゃないって」


 彼女が聞いたのにもかかわらず社長が答えなかったということは、社長としても何か理由があるのだろう。

 その理由は翠には分からないが、昨日のような事にならないのであれば問題ない。


「でも待てば分かるって、何なんだろうな」


 腕を組み、視線を少しだけ上へ。

 星野と二人で動画撮影を始めて約二か月。チャンネル登録者数はすでに彼女個人のチャンネルを越えており、「このままいけば高校生で十万人を越えられるかも」というのが彼女の弁だ。

 元々彼女のチャンネルに登録している人が二人のチャンネルに流れている。そういうことがあったとしても、翠自身この登録者数は素直に凄いと思っている。


 高校生ゆえに投稿頻度は多くない。

 そのため、登録者の数の増え方は緩やかではあるが、見ている限りは順調ではあるのだ。


 素人考えであるかもしれないが、目の前の星野も不思議がっていることから翠はあながち間違いではないと判断。

 とはいえ、理由が分からないというのは結構不安なわけで。


「星野は何だと思う?」


「うーん……」


 翠と同じように腕を組み、星野は首をひねり始める。

 そして数秒。


「まあ、無くはないけど……」


 思考に耽りながらも言葉を漏らした。


「何か思いついた?」


「えっとね、昨日なんだけど……お父さんにスケジュール聞かれたんだよね。それ自体は変じゃないんだけど……」


 言い終えると、星野は口を閉じて何やら深く考える様子を見せた。


 たしかにスケジュールの確認はおかしなことじゃない。

 二人には付いていないし、翠自身会ったことは無いが、『スイレン』に所属している人の中にはマネージャーが付いている人もいると聞いたことがある。

 そういった場合にはマネージャーが全てを管理するのかもしれないが、付いていない翠たちのスケジュールを確認するには彼女に聞くのが一番だ。

 そして、星野は社長の娘。そういったことを考えれば、社長本人が確認することもおかしくない。


「お父さんの部屋に誰かが入ってったのが見えたんだよねぇ」


 続く星野の言葉に、翠は思考を中断。

 いつの間にか下がってしまっていた視線を上げれば、彼女は少し嫌そうな顔で。


「やっぱりコラボかなぁ……」


「コラボ?」


「うん、それが一番考えられると思う」


 仰々しく頷いてみせる星野。

 翠にはなぜ彼女が嫌そうにしているのか分からないが、分からない以上彼女の言葉を待つしかない。

 そんな翠の考えを読んだように星野が口を開く。


「誰かと一緒に撮影するとなるとスケジュールを合わせないといけなくなるでしょ。二人だけで撮る分には場所の確保だけすればいいけど、コラボだとそうはいかないから」


 座るソファに身を預け、星野は不満を漏らすようにため息。


「でも、なんでコラボなんだ?」


 翠が分からないのはこれだった。

 あくまで星野の予想でしかないわけだが、仮にコラボが本当だったとして——その理由が分からない。

 翠が首をかしげると、不満げな彼女は「まあ、そうだよね」と告げてから。


「私も全部が分かってるわけじゃないけど、一つは視聴者層を広げるため。ようは他のチャンネルに出ての宣伝するため……私たちの動画も見てねって感じだね。あとは企画としてコラボするとか……」


 指を折り、一つ一つ説明をする星野。

 その説明を聞いていた翠の中に一つの疑問が生まれる。いや、最初から疑問だったけれど、聞いていなかったことが——


「聞く限り良いことみたいだけど、なんで星野は嫌そうなんだ?」


 説明を聞いている限りメリットしか感じられないのに、星野が嫌そうな顔をしている。

 翠にはこれがどうしても分からなかった。


 翠の問いかけに対し、星野は「はぁぁぁ……」と深いため息。

 さらには、嫌そうにしていた表情をジトっとした呆れ顔に変えて。


「逆に聞くけど、高宮君は他の人とコラボできるの?」


「う……」


 痛いところを突かれ、言葉を詰まらせる翠。

 だが、彼女の口撃は止まらない。


「最初の動画撮影があんな感じだったのに、初めてのコラボが順調にいくとは思えないんだけど」


「それは……」


「それに、初対面の人と上手く話せる? コラボだから失敗したら相手に迷惑がかかるし、それが原因で炎上っていうのも可能性としてはあるよ?」


「…………」


 なにも反論できず、黙り込む。

 しかし、ここでも疑問が生まれる。


(なんかおかしくないか?)


 翠には星野が早々に話を変えようとしているように思えたのだ。


 動画としての不安、それは分かった。

 ただ、それにしては星野の反応が露骨すぎる。


 コラボが難しいと考えたのなら、それを素直に翠へ伝えればいいだけ。それなのに彼女はあからさまに嫌そうな顔をして、その後はすぐに翠を責めるような言葉を発した。

 疑いを持つには十分な理由だ。


「それでも星野の態度はおかしいだろ?」


「そ、それは……」


 星野の頬がピクリと反応し、目を逸らす。

 そんな彼女の姿に翠は何かあると確信した。


 ……いったい何を隠しているのか?


 それを問い詰めるため、翠は目を細める。


「不安なのは分かったし、俺の事を考えてくれたのも分かった。でも、それだけじゃないだろ? いったい何が嫌なんだよ?」


「…………」


「ただ単純にコラボしたくないってわけじゃないだろ? それとも、本当に二人でコラボをしたくないってこと?」


「そういうわけじゃないけど……」


 気まずそうに言葉を濁す星野。

 しかし、翠としても曖昧にされるのは困るわけで。


「じゃあ、どうし——」


「い、言いたくない……」


「——て……へ?」


 思わぬ返しに、翠の頭に空白が生まれた。


 言えないではなく、言いたくない。

 それはどういうことだろうか?


 疑問が頭を埋め尽くす中、翠の表情を見たであろう星野が慌てた様子で言葉を続ける。


「い、いや、言いたくないって高宮君だからじゃないからね! えっと、その、ちょっと個人的なことで……」


 もじもじと尻すぼみに声の小さくし、再び視線を逸らす星野。

 その姿に翠はひとまず冷静さを取り戻す。


 気にはなる。しかし、個人的な事と言われてしまうと聞きにくい。

 何も言えなくなっている翠と同じように星野も無言。


 シンと部屋が静まり返り、お互いがお互いの様子を伺う緊張状態。

 その途中で——


「失礼するよ」


 ガチャリという音と共に、落ち着いた男性の声が響く。

 音の方へ視線を移せば、ちょうど呼び出した張本人が扉を越えたところだった。


「お待たせてしまって悪かったね。あっ、座ったままでいいよ」


 慌てて翠が立ち上がろうとすると、社長はにこやかにそれを制止。


「蓮華は大体予想できているかもしれないけれど、高宮君にはちゃんと説明しないとね」


「……お父さん、じゃあやっぱり」


 星野の言葉に、彼女の父は肯定するように頷いた。


「今日呼んだのは二人にコラボの打診があったからなんだ。じゃあ、入って」


 社長の視線が扉の方へ。

 その数瞬後、「失礼します」という言葉と共に扉が開く。


(ん、この声?)


 聞き覚えのある声に翠が眉を寄せたのと同時に、扉の向こうから現れる姿が露わになっていく。


 まず目に入ったのはトレードマークのような赤いジャケット。

 続いて、カツンと音を鳴らした黒のブーツに、同じ色をしたスラッとしたズボン。

 そして視線を上げていけば、黒のショートカットの中で映える赤いメッシュが。


「待たせてしまってごめんね」


 それは、昨日駅でぶつかってしまった青年だ。

 こうして翠は、青年と一方的な再会を果たした。

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