スイの料理教室 ②



 はじめに——


 更新遅くなってしまい、申し訳ありません。

 今日から今までのペースで更新を再開したいと思います。


 では、本編をどうぞ——




 ビシリと星野が宣戦布告してから少し経ち——


「皆さんこんにちは! 『Water lily』のレンだよ!」


「スイです」


 結局、翠たちは動画を撮り直すことにした。


 星野が落ち着くのを待ってからという形にはなったけれど、翠としてもどうすればいいか分からなくなっていたので問題ない。

 それに、やけに迫力のある笑顔で「撮り直すね……」なんて言われてしまえば、翠は黙って頷くしかなかった。


「今日は待ちに待ったスイの料理回だよ! ただ、それだけだと面白くないので、今回は私がスイに料理を教えてもらおう思ってます」


 そう言うと、星野はカメラに向かって笑顔。

 その顔には先程までの赤さはまるで無く、話す内容も少し変わっていた。

 翠はそんな彼女の言葉を聞きながら、同じく笑顔を見せる。


「じゃあ、今回は私がスイに教わる形だし、ここからはスイに説明してもらおうかな?」


 隣の少女からの目配せ。

 いつもなら慌てていたところだが、今回は違う。

 先程の失敗を踏まえた上で、今回は翠が説明をすることになったのだ。

 翠は息を吐き出し、呼吸を整えると口を開いた。


「えっと……今日作るのはカレーです。作り方は簡単だけど『切る』『焼く』『煮る』を一通りやるし、誰がやっても美味しくはなるから初心者にはピッタリかな」


 用意された材料はジャガイモ、ニンジン、玉ねぎなど基本的なものだ。

 今回使う肉は鶏肉。この辺りは各家庭で違いが出てくるところだろうか。


「——使うものはこのくらいです。じゃあ、早速やっていきましょうか」


「よし来た!」


 翠が材料の説明を終えたところで、星野は元気よく返事をした。

 そして、その勢いのまま意気揚々と腕まくりをすると、翠の方へ振り返る。


「で? 何からすればいいの」


「ははは……」


 ワクワクとした表情でいきなり聞いてくる星野。

 そんな彼女に思わず苦笑い。


(今日は大変そうだ)


 翠は少しだけ肩を落とすと、キッチンの流しを指差した。


「まずは手を洗って、エプロンをしようか」






 手を洗い、エプロンを着用した後。


「じゃあ、さっそく材料を切っていこうか。とりあえずレンの手際を見たいから、初めはレンのペースでやってみて」


「了解でーす」


 作業を見守るために翠が一歩下がると、入れ替わるように星野が一歩前へ。

 彼女はさっそくと言わんばかりに包丁を手にすると、そのまま手に持った包丁を振り上げた。


「よし! 切ってくよ!」


「ちょっ!? それ危ないから!」


 包丁を持ちながら手を左右に振り回す星野に、翠は慌てて駆け寄——れない。


「とりあえず包丁を置いて!」


「あはは! ごめんごめん」


 翠が強めな声で制止すると、星野は笑いながら包丁を置いた。

 どうやら自分がどれだけ危ないことをしているのか分かっていないらしい。


「いきなり不安になってきた……」


「大丈夫だって! 心配しすぎだよ!」


「…………」


 あくまでも軽い反応の星野に翠は絶句する。


 ……今までの行動のどこに安心できるところがあったのか?


 そう問いただしたくはなるけれど、彼女に調理を始めてもらわないと撮影が進んでいかない。

 翠はグッと堪えて、星野の隣へ。


「……まず、今みたいに包丁を振り上げてはいけません。視聴者の人は注意してください」


「あれ?」


 翠が少し声のトーンが下げると、星野がその顔がキョトンとしたものに変わった。

 しかし、翠はそれを無視して話を続ける。


「本当は野菜と肉で包丁とまな板は使い分けたいところだけど、今回は火も通すし同じでいこうと思います。ということで、レンは野菜から切っていこうか」


「……りょうかーい」


 無視されたのが気に入らなかったのか、星野は若干頬を膨らませながらジャガイモへ手をのばし、翠の指示のもとジャガイモを洗っていく。


 まだ野菜を洗っている段階ではあるが、今のところ星野の手際はそこまで悪くない。

 おそらく経験がないだけなのだろう。


(これなら大丈夫そうかな?)


 少し安心した翠は、この後の段取りを考えながら少し目をさらす。

 その時だった。


「じゃあ、切ってくよー!」


「は?」


 星野の言葉と共に聞こえたドンという音に嫌な予感を覚え、翠は視線を彼女の方へ。

 すると、嫌な予感は的中し、すでにジャガイモは両断されていた。


「え? 何してるの……?」


「ん? だって切るんでしょ?」


「いや、それはそうなんだけど……皮は?」


「あ……」


 ゆっくりとした動作で星野が視線を下げていく。

 その視線がジャガイモを捉えて数秒。彼女はまたもやゆっくりとした動作で視線を翠の方へ移動させて。


「あはは……わ、忘れてた……」


 振り下ろした体制のまま、困ったように笑った。

 だが、本当に困っているのは翠の方なわけで。


「えっと、とりあえずレンは残りのジャガイモをむこうか。切ったのは俺がむくから」


「ごめんね」


「これくらいは大丈夫……ほら、これでむいて。使い方は分かる?」


「それは大丈夫」


 翠がピーラーを手渡すと、星野はややぎこちなくはあるがジャガイモの皮をむき始めた。

 そんな彼女を見届けてから、翠は包丁を手に取って同じく皮をむいていく。


 翠からしてみてばいつもやっていることだ。

 スルスルと一定の薄さをキープしながら、ジャガイモの皮を一本の紐のように垂らしていく。

 そのまま手早く半分の皮を剥き終え、もう半分に手をのばそうとしたところで。


「ん?」


 翠は隣からの視線に気づいた。

 気になって見てみると、星野が手を止めて翠の手元を見つめている。


「レン、どうしたの?」


「……え? あはは、何でもないよ」


「そう?」


 取り繕うように笑う星野に少し疑問を持ちながらも、翠はジャガイモへ視線を戻す。

 そしてジャガイモを手に取ったところで、視線の端にスルリと白い手が伸びて。


「……ごくり」


 マンガのような声を出し、星野は包丁を手に持った。

 そんな彼女の行動に、翠は目を見開く。


「ちょっ!? レンにはまだ早いって」


「ちょっとやってみるだけだから。大丈夫、練習練習!」


 翠の制止も虚しく、星野は包丁を片手にジャガイモと対峙。

 そして——


「えい!」


 星野は包丁を振りぬいた。

 それも、よりにもよって外側に向けて。


 普通、包丁で皮を剥くときは自身の方に刃を向け、包丁を固定した状態で皮を剥く方を回転させる。

 なのに、星野の行った方法は全くの逆だったのだ。


 外側へ刃を向け、ジャガイモを固定し、包丁を横に振る。

 そして、星野は右利きだ。


 つまり、何が起きたのかというと——


「…………」


 翠の胸元の数センチ先。

 そこで包丁が止まっていた。


 ……翠が皮剥き途中だったら?

 ……星野の振る勢いがもう少し強かったら?


 おそらく大惨事となっていただろう。


「……レン」


「な、なに……かな?」


 自分でも驚くほどの翠の底冷えした声に、星野はビクリと肩を震わせる。

 彼女にしては珍しい仕草ではあるが、こればかりは翠も譲れない。


「皮むきは俺がやるから、レンはもうしないで」


「え……」


 愕然として言葉を失う星野。

 そんな彼女を横目に、翠は皮むきの続きを再開させた。

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