レンのパソコン教室 ④




『もしかして諦めた?』

『草草草』

『まさかの企画倒れ?』


 星野の言葉に騒然とするコメント。

 それは翠も一緒で。


「えっ? なんで?」


 せっかく企画の説明を終えたばかり、企画を始めたばかりなのだ。

 それなのに、隣の少女はこれで止めると言っている。


 そんな彼女を見れば、当の本には気まずそうに目を逸らした。


「いやぁ……これじゃあ無理じゃない?」


「いやいや! ここまできて諦めないでよ!?」


『クソワロタwww』

『本気で諦めてる!?』

『まあ、あれじゃあ……』


 コメントは笑いと納得で半々といったところか。

 とはいえ、翠としては納得いかないわけで。


「だって、このまま教えてくれる流れだったでしょ? なんで諦めちゃうの?」


「えっ? それ聞く?」


「うぐ……」


 至極真面目な顔で返され、たじろぐ翠。


 翠自身、分かってはいるのだ。

 機械音痴なのは知っている。それも、スマホでメールを送るのにも苦戦するくらいなのも分かっている。

 でも、パソコンを使えないと言ったのにも関わらず、動画投稿のパートナーとしてスカウトしたのは星野本人なわけで。


「でも、でもさ……俺パソコン出来ないって初めに言ったし……それなのにパソコンを教えるって言いだしたのレンだし……」


 好きで機械音痴なわけではない。

 星野の真面目な顔に圧されて勢いはなくなったものの、翠は自身の言い分をぶつける。

 すると、意外にも助けてくれる人たちが。


『まあ、スイちゃんは企画説明も受けてなかったわけだし』

『これは止めちゃダメだろ』

『そうだ! やめるな!』


 先程まで翠を虐めろと好き勝手言っていたコメントたち。

 そんな彼らが翠の助けになってくれていた。


「みんな……」


 ……こんなにもみんなが応援してくれている。


 暖かいコメントの数々に何か熱いものを胸に感じ、翠は言葉を失いながらコメントを見つめた。

 そして少しだけ微笑むと、すぐに星野へ毅然とした目を向ける。


「ほら、みんなもこう言ってることだしさ……やってみようよ」


「うーん」


 しかし、星野は首を縦に振らない。


 とはいえ、これをやらないと企画倒れになってしまい、集まってくれた視聴者に申し訳が立たないのだ。


(どうしたら星野をその気にさせられる?)


 翠が進行をして、無理やり続けさせる?

 それは、翠が進行を出来ることが前提だ……却下。


 一生懸命説得して、どうにかしてもらう?

 これは、今の星野の様子を見るに難しいだろう……却下。


 頭を悩ませる翠。

 一番良いと思えるのは、彼女の欲しているものを提供して、代わりに続けてもらうことか。


(でも、そんなもの——)


 何かあっただろうか?

 そう、翠が彼女の言葉を思い出し始めて——


(あっ……!)


 一つだけ思い出した。

 それも、かなり食いつきの良かったものが。


 これならどうにかなるかもしれない。

 だが、これがダメだとしたら翠にはもう何も手がない。


 翠は最後の望みをかけ、「うーん……」と唸っている星野に向き直り。


「じゃあ、代わりにレンに料理をごちそうするからさ。だから、続けてくれないかな?」


『なんで?』

『あー最初の動画のやつか』

『そういえばあったなwww』


 良く分かっていないようなコメントもあったが、一部の視聴者はピンときたらしい。

 そう、星野は最初の自己紹介動画で、翠の特技が料理だと言った時に食いついてきたのだ。


「どうかな?」


「よし続けよう!」


「は?」


 あまりに早い回答に、翠は呆気に取られて声を漏らす。


『現金すぎるwww』

『手のひら返しがすぎるw』

『変わり身早くない?』


 翠と同じような反応をするコメントたち。

 その反応に翠は少し安心しながらも、視線を星野に戻す。


「いいの?」


「まあ、元々止める気なかったからね」


「えっ……?」


「それなのに、スイはご飯作ってくれるって約束してくれたし、みんなは困ってるスイを見えて嬉しいし……良かった良かった!」


「…………」


 一生懸命考えた時間は何だったのか?

 けろりとした表情でいいのける星野に、翠は言葉と表情を失った。


『そうだったのかw』

『ごちそうさまです』

『俺見たよ レンちゃんが料理作ってくれるって言われた時に口がニヤッて笑ってたのw』


「……っ!?」


 あまり見ない長文のコメント。

 その内容に、翠は思わず二度見。


「どういうこ——」


「よし! じゃあ続きをやっていこう!」


「ちょっ!?」


「これがね——」


 遮るように身を寄せる星野に翠は抗議の声を上げるが、彼女はすでにパソコンの説明を始めていた。


 ……正直言いたいことはあるけれど、企画に戻ってくれたのは良かったわけで。


「……後で説明してくれよ」


 翠は微かに息を吐き出すと、星野の説明に耳を傾けた。




 ……三十分後。




「えっと、これがダブルクリックで……」


「うん、右クリックでダブルクリックはしないかな」


 翠の頭の中は滅茶苦茶になっていた。


「これが最小化……」


「うん、大きくしてるね」


 これほど惨めなことがあるだろうか?


 星野は懇切丁寧こんせつていねいに説明してくれていたのだ。

 なのに、教えてくれたことを何一つ実践できていない。


『www』

『何かしら逆になってるw』

『本当に苦手なんだな』


 ディスプレイに映るコメントも惨めさを加速させている。


 翠がため息を吐き出せば、星野がニコリと笑顔。


「まあ、人には向き不向きがあるからね。そう落ち込まないで!」


「それ、もう諦めてない?」


 いや、諦めたくもなるのかもしれない。

 三十分かけたのにもかかわらず、いまだクリックでつまずいているのだ。


「いやでも、もうダメかも……」


 翠は肩を落とす。

 機械音痴なのは分かってたけれど、教えてもらえばどうにかなるかもしれない。

 そう考えていた翠だったが、結果はこの通りなわけで。


「いや! まだ!」


 落ちていく気力を食いとどめ、翠は自身を奮い立てる。

 コメントは翠を笑うものばかり。しかし、少ないけれど応援してくれているコメントもあるのだ。


 翠は目を閉じ、深く深呼吸。


 ……落ち着いて聞けば、ちゃんと分かる。


 そう自分に喝を入れ、目を開くと星野を方へ。

 すると——


「スイの方が限界みたいなので、今日の所はここまでですねー」


 星野がカメラに向かって生放送の終わりを告げていた。


「今回はあまり進まなかったけど、定期的にパソコン教室はやっていこうと思います。 よかったらまた見に来てね!」


「ちょっとまっ——」


「じゃあ、ばいばいー」


 翠の制止もむなしく、星野はパソコンを操作してカメラを停止。

 止まったカメラの前で、翠の力無い「てぇ……」だけが行き場なく響いた。


「…………」


「ふぅ! お疲れ様!」


 沈黙する翠の隣で、星野は満足そうに息を吐き出す。

 続いて彼女は翠の方を向くと、不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの?」


「……なんでもないです」


 どうやら星野は、翠が止めようとしていたことに気付いていなかったらしい。

 そうなると翠は何も言えず、なんでもないと答えることしか出来ない。


「そう? じゃあ、私は着替えてくるね!」


 弾むような声色と共に星野は立ち上がる。

 そして、これも弾むような歩みで部屋の扉に向かって。


「あっ!」


 扉の目の前。

 そこで、思い出したかのように振り返った。


 そして、満面の笑顔で。


「高宮君の手料理、楽しみにしてるね!」


 彼女はそう言い残して、扉の向こうに消えていった。


「……なんでこうなったんだ」

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