【おまけ】 アンハッピークリスマス




 作者の言葉——


 タイトルの通り、クリスマスにちなんだおまけのお話です。

 内容は、本編より前の、翠が中学生の時のお話になりますね。

 約5000文字と少し多いですが、楽しんでいただけたら幸いです。


 では、本編をどうぞ——



 それは、中学三年生のある冬の日——


 受験対策の面接練習を終え、翠は帰宅しようと教室の出口に向かって歩いていた。

 その背後で。


「おーい! 今日遊ぼうぜ!」


 翠を呼び止める親友の声。

 そんな声に短くため息を吐く。


 ……早く帰ろうと思ってたのに。


 ただでさえ休みの日に学校に来ているのだ。

 それに、この後は帰って冬休みの課題を終わらせたい。


 翠は振り返ると、サラサラの前髪の隙間から恭平を睨みつける。


「やだ」


「なんでだよぉ!?」


「ひゃっ!?」


 翠の返答を受け、大げさに近くの机に倒れこむ恭平。

 倒れこんだ机は翠や恭平のものではなく、たまたま座っていたが驚き、短い悲鳴を上げていた。


(たしか……星野だっけ?)


 クラスでは大人しく、大柄の男性教師に話しかけられた時には俯いて何も言えなくなっていた。


 翠が知っている彼女の情報としてはそのくらいだろうか。

 たしかにそんな性格なら、いきなり恭平が倒れこんできたら驚いて悲鳴も上げるだろう。


(まったく……)


 いまだに恭平は彼女の机で「遊ぼうぜぇ……」などと駄々をこねている。

 本音を言ってしまえば無視して帰りたいが、困り果てている彼女を無視はできない。

 翠は再びため息をつくと、恭平の元へ歩いていき。


「ほら、困ってるだろ」


「ぐえっ!?」


 首根っこを掴んで机から引き離す。

 その際に聞こえてきたうめき声は聞こえなかったことにした。


「ひどいじゃねぇかよぉ」


「はいはい。遊ぶから許してくれ」


「本当か!」


 責め立てる視線から一転して瞳を輝かせる恭平。

 そんな彼に翠は頷くと、視線だけで教室の出口を指し示した。


「本当だからちょっと先行っててくれ。ちょっと用があるんだ」


「よっし! わかった、じゃあ先行ってるな! お前も早く来いよ!」


「わか——」


 ガラガラ……ピシャン!


「ってるよ……はぁ、ほんとあいつは……」


 もう何度目かも数えていないため息を吐き出す。

 人の言葉を最後まで聞かずに教室を出ていった親友。その明るさは良いところでもあるけれど、逆にそれが悪いところでもある。


 特に今回は悪い方に傾いてしまっただろう。

 翠はポカンとしている星野を見てそう判断した。


「えっと、ごめんな」


「えっ……?」


 座っている星野と視線の高さを合わせて謝れば、机の彼女は目を点にして言葉を漏らす。

 あきらかに状況についていけていない様子だが、それも次第に落ち着いてきて。


「えっ? あれ?」


「……?」


 途端に自分の胸に手を当てたり自身の手を見下ろしたりと、忙しなく動き出した星野の姿に、今度は翠が目を点にした。


 ……いったい何しているんだろう?


 目の前で奇天烈な踊りを踊っている少女に、翠は内心少しだけ引いていた。

 とはいえ、その姿はいつも大人しい彼女から考えれば新鮮で。


「あはは……」


 気付けば自然と笑みがこぼれていた。

 そのまま少しのあいだ笑い続けていると、翠は唖然とした様子で星野が見ていたことに気付く。


「えっと、ごめん。ちょっと新鮮でさ。いつも大人しくてたから」


 少し恥ずかしくなって、翠は視線を逸らして頭をかく。

 でも——


「大人しくしてるよりは、そうやってた方が明るくて俺は好きだよ」


 そんな言葉が自然に口から出ていた。


 なんで出てきたのかは分からない。

 でも、その言葉を贈るのが翠には正しいことのような気がして。


「いつも不安そうにしているより、ふざけていても明るい方が毎日がたのしいだろ? ほら恭平みたいにさ。まあ、あれはあれで迷惑な時もあるけど」


「…………」


 茫然と。

 星野は翠の瞳を見つめたまま動かない。

 そんな彼女の様子に翠が首をかしげると。


 キーンコーンカーンコーン……


 翠の頭上からチャイムの音が。

 彼女と話している間にそれなりに時間が経っていたらしい。


「っと、もう行かないと!」


「えっ? あっ……」


 翠は立ち上がる。

 そして——


「じゃ、俺行くから。星野も気を付けて帰れよ」


 一度ニコリと笑いかけて教室を後にした。




 *   *    *



 星野と別れてから少し経って——


「で? 何するんだよ?」


 翠は不機嫌さを隠そうともせず恭平を睨みつけていた。


 場所は恭平の家。

 遊ぼうと言われて来てみれば、部屋の真ん中にある小さいテーブルには冬休みの課題が手つかずで散らかっている。


「もしかして……課題を手伝えってこと?」


 課題をやる予定を中断して来たのにだ。

 結局やるのは恭平の課題の手伝いだというのならば、さすがの翠も文句を言っていいだろう。

 腕を組み、細めている瞳をさらに細める。

 すると、恭平はクローゼットを開けて。


「ちょっと待ってろよ」


 ガサゴソと。

 恭平はクローゼットに上半身を突っ込んだ。


 クローゼットなのにガサゴソと音が鳴るもの疑問だが、どうせ恭平の事だ。ぐちゃぐちゃに物を突っ込んでいるのだろう。

 半ば諦めの気持ちで、翠は大人しく待つことに。


 漫画本やおもちゃのロボットの腕だけが出てきたりと、混沌としている光景を眺め続けて数分。


「待たせたな!」


 ドンと音を立てて翠の前に置かれたのはゲーム機だった。


「おい……課題の上に置くなよ。というか、そんな叩きつけるように置いたら壊れ——」


「早くやろうぜ!」


 人の話を聞かず、そそくさとゲーム機のセッティングを始める恭平。

 そんな彼を半眼で睨みつけて、翠は準備が終わるのを待つ。


「よっしゃ! 準備完了!」


 準備が終わり、恭平は電源をオン。

 次の瞬間。ゲーム機が繋げられたテレビには、コミカルな姿をしたキャラクターがカートに乗って走っている映像が流れ出す。


「レースゲームするの?」


「おう!」


 レースゲームであっているらしい。

 翠は手渡されたコントローラーを握ると、恭平が操作していく画面を眺める。


「せっかくだから罰ゲームをつけようぜ!」


「やだよ」


 思いついたように声を出したのは恭平だ。

 その提案を翠が断れば、彼はニヤァと馬鹿にしたような笑みを見せつけた。


「なんだよ、もしかして怖いのか?」


「そんなんじゃない。ただ、いやなだけだ」


「そんなこと言ってぇ……本当は負けるのが怖いんだろ?」


「は? そんなことないし」


 なぜ、断ったら怖がっているということになるのだろうか?

 翠としては、別に負けるとも思っていないし、怖いとも思っていない。


「だったらいいじゃんかよ。だって負けないんだろ?」


「分かったよ! やればいいんだろ! やれば!」


「そうこなくっちゃ!」


 翠が熱くなって提案を飲むと、恭平はニカッと気持ちよく笑った。

 そしてテレビの画面に向き直り、途中だった操作の続きを進めていく。


「よーし、じゃあ順位で上の方が勝ちな!」


「わかった」


 恭平が選んだのは、数レース走った順位ごとにポイントを得て、最終的なポイントで順位が決まるというものだ。


 翠が頷くと、恭平がコントローラーを操作。

 画面が切り替わり、キャラクターの選択画面になる。


「俺はこれだ!」


「じゃあ、俺はこれで」


 二人ともキャラクターの選択を終えると、画面が暗転。

 その一瞬後、スタート位置にキャラクターが現れてカウントダウンが始まった。


 そして——


 ——………………


 …………


 ……


「はっはー! 俺の勝ちぃ!」


「負けた……」


 翠は負けた。

 それも、恭平が一位で翠が十二位の大差をつけられてだ。


「じゃあ、罰ゲームだなぁ……」


「うっ……」


 崩れ落ちる翠に、見せつけるように恐ろしい笑みを浮かべる恭平。

 彼は立ち上がると勉強机の元へ。


「ちゃんと準備してたんだよなぁ」


 恭平は勉強机の引き出しを開けて中を漁りだす。

 そんな彼の姿に、翠は疑問符を浮かべた。


 冬休みの課題ならテーブルの上にある。なら、課題を手伝ってくれということはないだろう。

 とはいえ、恭平に限って勉強を教えてくれを言うとは思えない。


 訝し気に親友の様子を伺えば、彼は目的のものが見つかったのか振り返って。


「今日はクリスマスだろ? だから、これを着てもらおうか」


 透明な袋に包まれた何かを翠の前に掲げた。


 透明の袋の中には、なにやら赤い布のようなものが入っている。

 しかし、折りたたまれているのか、全容は見えなかった。


「なにそれ?」


「何って、クリスマス衣装だよ」


 何言ってるんだといわんばかりの恭平。

 彼は翠に袋を手渡すと。


「罰ゲームだからな! 隣の部屋で着替えてきてくれよ」


「……分かったよ」


 嫌々だが、罰ゲームだから仕方がない。

 翠は袋を受け取ると、恭平の部屋を後にした。


 そして——


「おい! 何だよこれ!?」


 隣の部屋に入り袋を開けた瞬間、恭平のいる部屋に向かって声を荒げた。


 袋の中身はサンタクロースのコスプレ衣装だった。

 しかし、ただのコスプレ衣装ではない。


 おなじみの赤い帽子。これは問題ない。

 だが、それ以外がおかしかった。


 クリスマスは冬のイベントなのに、半袖の上着。

 それは、ふわふわとした綿のようなものが袖口などにあしらわれており、可愛らしい見た目になっている。


 そして、一番の問題は下だ。

 ミニスカートだった。

 もう完全にミニスカートだった。


「……罰ゲームだからな。ちゃんと着ろよ」


 隣から僅かに聞こえてくる笑いを押し殺したような声。


「大丈夫だって。見るのは俺だけだから」


「それはそうだけど……」


 衣裳を握り、悩む。


 それはそうだろう。

 なぜ、女物のコスプレ衣装を着なければいけないのか。

 それもミニスカートなのだ。罰ゲームだとしても着たくはない。


「まだかぁ?」


 再び響いてくる、親友の声。

 だが、どうしても翠の腕は動かなかった。

 そんな時に——


「ただいま」


 扉の向こう。

 聞き覚えのある声と共に、玄関がガチャリと開く音が。


 ……恭平の親が返ってきたのか?


 そして、今翠がいる部屋の景色。

 大きなダブルベットに、姿見。それは、明らかに恭平の両親の部屋のようで。


「————っ!!!」


 このままでは見られてしまうかもしれない。

 思考は一瞬。だが、永遠のような悩みの果てに。


「くそっ!」


 翠はコスプレ衣装を一度握り締めると、そそくさと着ている制服を脱ぎだした。

 そして——

「着替えたぞ……」


 見られない様に静かに恭平の両親の扉を開け、翠は恭平の元に戻る。

 そして、恭平の部屋の扉を開けると。


 カシャ——!


「なんっ!?」


 突然目を焼いた光。

 その光に眩んだ眼が落ち着くと、恭平がスマホを翠に向かって掲げていた。


「……何すんだよ」


「えっ、せっかくだから」


 パシャパシャと。

 睨みつける翠を無視して、何枚も写真を撮っていく恭平。


 そのアングルは徐々に下がっていって。


「おい! 止めろって!」


「まあ、せっかくだし……おっ、いいねぇ!」


 恭平は下のアングルから翠を撮影していく。

 しかし、今の翠はミニスカートだ。

 恥ずかしさに顔を赤く染め、翠がスカートの前を手で押さえると、恭平はテンションを上げて撮影音の間隔を短くしていった。


「何でしたから撮るんだよ!?」


「えっ? だってせっかくだし」


 翠が抗議の目で見ても、恭平は撮影を止めない。


「おい……」


 そんな彼に頭に来て、翠は足を振りかぶり——


「いい加減にしろっ!!!」


「いいねいい——ぐぼぉ!?」


 蹴り出した翠のつま先。

 それが、恭平のスマホごと顔面に突き刺さった。




 *   *   *




 それは、冬休み後半のある日——


 ピロン!


「なんだろ?」


 自室で課題をしていた蓮華は、突然鳴ったスマホの音に手を止めた。


 今の時間は夜だ。

 そのため、両親からのメールとは考えられない。

 とはいえ、何の通知か気になった蓮華はシャーペンを置くと、スマホに手をのばす。


 スリープを解除して、通知を確認。

 すると、通知の正体はクラスの友達からだった。


『これ、誰だか分かる?』


 SNSのメッセージに記された言葉と、一枚の写真。


「誰って……」


 蓮華は一緒に送られてきている写真をタップし、写真を拡大する。


 写真に写っていたのは、一人の少女だった。

 少し前のクリスマスの時に撮ったのだろうか?


 サンタクロースの衣装を女の子風に変えたコスプレ衣装。

 それを着た少女は、下から覗かれているように撮られていることに顔を赤め、右手で帽子を降ろして顔を隠し、左手でスカートを抑えていた。


「あれ?」


 蓮華はふと何かに気付く。


「この女の子、どこかで見たことあるような……?」


 何故そんなことを思ったのか。

 その答えを探すように、蓮華はまじまじと写真を眺めていって。


「あっ! 高宮君かも!」


 帽子から覗かせている綺麗な黒髪。

 それが、クリスマスの日に声をかけてくれた男の子の髪に似てるのだ。


「でも、どうしよう」


 正体はなんとなく分かった。

 しかし、これを友達に伝えていいものか……


 蓮華はどう返信しようか悩む。

 そして、一分、二分、三分と時間が過ぎて。


(ふふふ……これは秘密だね)


 ようやくどうするか決めた蓮華は、友達に返信する言葉を打ち始める。

 そして、返信を終えると。


(この写真はどうしよう……?)


 友達から送られてきた誰だか分からない写真。

 そして、その端に書いてある保存という言葉。


(これも秘密かな)


 蓮華は小さく微笑むと、保存という言葉に指を重ねた。


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