レンのパソコン教室 ③




 コメントにいじられ続けてしばらく。

 いまだに顔の火照りがとれない翠は、ようやく落ち着いてきたコメントを眺めながら力なく項垂れた。


「はぁ……ひどい目にあった」


「あははは……」


「少しは助けてくれてもいいじゃん……」


 結局隣の少女は助けてくれず、数分もの時間『かわいい』やら『もっとやれ』などのコメントにさらされて翠はすでに疲労困憊ひろうこんぱいだ。

 そんな彼女に不満を込めた視線を向けてみるけれど、当の本人は楽しそうに笑うばかり。


「あはは……ごめんごめん! つい、ね」


「ついってどういうこと……?」


『ごちそうさまでしたw』

『レンちゃんも楽しんでたまであるな』

『ありがとうございます』


 カメラを睨みつけてもコメントがくばかりで意味がない。

 翠がため息をつくと、不意に星野がパンと手を叩いた。


「じゃあ、そろそろ始めるよ!」


『よし来た!』

『話を逸らしたwww』

『待ってた』


「ほらほら! もう結構時間経っちゃったから落ち着いて」


 再び加速するコメントに星野は微苦笑。


「みんなはここから手元の映像も見てね」


 星野はノートパソコンに手をのばすと、ちょうど翠との間に移動させた。

 続いて体も少しだけ翠に寄せる。


「じゃあ、スイ。まずは起動させてみようか」


『そこから!?』

『さすがに分かるだろwww』

『レンちゃんさすがにそれは……』


 ニコリとした笑顔を見せる星野。

 しかし、その口から告げていることは中々馬鹿にしているような内容らしく、コメントが賑わいだす。

 その内容は、彼女の告げたことへの疑問や呆れといったようなものだ。


 翠のコメントを無視して視線をノートパソコンへ。


「まあ、ノートパソコンは家にもあるし」


 翠だってパソコンを見たことがない訳ではないし、弟が家で使っているところも見たことがある。

 恭平が彼女に何を言ったのかは分からないけれど、いくら何でもこれは簡単だろう。


「えっと……」


 ノートパソコンの下部。キーボード部分を眺めていく。


 規則的なのか不規則なのか分からないAからZのアルファベットの並びに、右側にある0から9の数字。

 さらには、上の方にあるF1からF12といった良く分からないものまで。


 一通り眺めていった翠は、一度だけ唾を飲み込んでノートパソコンへ手をのばして。


 カチ……


 小さく、キーを打つ音が響いた。


 翠の押したキーが正解ならば、この後すぐにパソコンが起動するはずだ。

 緊張からか、この結果を待つ沈黙がもどかしい。


 そわそわと翠が画面の点灯を待っていると。


 …………


 起動するはずのノートパソコンは何の反応も返さなかった。


「あれ?」


 カチカチと何度も押してみるけれど、ノートパソコンは黙ったまま。


 ……壊れているのかな?


 もしくは、星野がドッキリとしてこんなことをしているのか。

 翠は顔を上げると、先程から押し黙っている彼女の方へ。


「レン?」


「…………」


 声をかけても反応は無い。

 それどころか、彼女は何かを堪えるように顔を俯かせ、プルプルと震えていた。

 そんな彼女の様子に、翠は首をかしげる。


「どうしたんだ?」


『wwwwww』

『www』

『wwwwwwww』


 いつの間にか、コメントは大量の『w』の洪水になり果てていた。

 なんでこんなことになっているのか分からなかった翠だったが、溢れている『w』の中にその答えが。


『Escwww』

『嘘だろw』

『こんな人いるんだwww』


「……?」


 翠は再び首をかしげた。

 コメントに書いていることは答えのはずなのに、翠には何の事をいっているのかが分かない。


『これでも分かってないのかwww』

『腹痛いw』

『これだけで見に来たかいがあったわw』


 さらに速度を増すコメントたち。

 それは、次第に翠では目で追えなくなり、仕方なく翠は視線をノートパソコンへ。


「……もしかして、横かな?」


 横側にも色々とあったはずだ。

 翠は身を乗り出し、ノートパソコンの横を覗いていく。

 しかし、横にはいろいろな形をした穴しか開いておらず、ボタンのようなものは無かった。


『wwwwww』

『し、死ぬwww』

『このまま腹筋割れそうw』


 顔を上げれば、コメントは死屍累々といった様相。

 不満げに目を細めてみても、コメントには効果が無い。


「……す、スイ……ふふ、スイはなんでそこを押したの?」


 ゆっくりとした動作で顔を上げたのは星野だ。

 彼女はあからさまに笑いを堪えている様子で口元を緩めさせており、今にもそれは決壊してしまいそうで。


「いや、なんか……端っこの方のボタンを押すんじゃないの?」


「ぶっ!? くっ……スゥ―! くく……ふふふ……」


 翠の言葉を受けてすぐに決壊した。


『レンちゃん撃沈www』

『いやこれは無理だろ』

『まじで腹痛いw』


 コメントも彼女と同じような反応で、翠はテーブルに突っ伏して肩を震わせている星野の姿を見ていることしか出来ない。


 コメントと星野は楽しそうだが、翠だけがどうも居た堪れない空気になってしまった。


 そんなこんなで数分。


「ふふふ、ふぅ……はぁはぁ……いやぁ、ごめんね」


 ようやく顔を上げた星野は、瞳の端に涙を溜め、赤く染めた顔でカメラに笑いかけた。


『ありがとうございます!』

『ありがとうございます!』

『ありがとうございます!』


「あははは! みんな統一しすぎだよ!」


 全く一緒のコメントが並ぶさまを見て、楽しそうに笑う星野。

 その顔の赤みは少しずつ落ち着いてきていて、普段の彼女の表情に戻ってきていた。


「スイには悪いけど、久しぶりにこんなに笑ったね」


「あ、うん……」


 座っている椅子に寄りかかり、瞳に溜まっていた涙を払う星野の姿。

 その姿に呆気に取られ、翠は意味も分からず言葉を詰まらせる。


「どうしたの?」


「ん、いや、なんでもない」


「……?」


 不思議そうに首をかしげている星野。

 しかし、翠にも理由が分からないため、上手く答えることが出来ない。


「まあ、いっか。脱線しちゃったけど、そろそろ企画に戻るよ!」


 少しの間不思議そうにしていた星野だったが、気にするのを止めたのかカメラに向かって笑顔を見せた。

 そして、チラリと翠を見ると。


「うん! 今日はこれで止めにしよっか!」


 笑顔でとんでもないことを言い出した。

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