【間章】動画投稿者になった後の日常

レンのパソコン教室 ①




「はい、皆さんこんにちは! 『Water lily』のレンだよ!」


「スイです……」


 スイレン本社のビルの一室。

 そこで翠は星野と肩を並べてカメラに向かっていた。


「はははっ! 顔が硬いよ? やっぱり生放送にすると緊張する?」


「ま、まあ……」


「初めてだもんね。これから慣れていけばいいよ……だからみんなも今日はお手柔らかに!」


『さすがに初めてじゃしょうがないよな』

『がんばれー』

『動画の方は慣れてきたけどな』


 星野がカメラに満面の笑みを向けるのと同時、カメラの隣に設置されているパソコンの画面に表示されているコメントが加速した。

 まだ慣れていない翠には一部しか追えなかったが、少なくてもその中には批判的なコメントは見えない。

 翠がホッと息を吐き出すと、星野がカメラに向けていた笑みを翠に移す。


「ほら! もっと笑顔を見せないとみんなが帰っちゃうよ? だから、がんばろ?」


「いや、でも……」


 おそらく、翠の緊張を解そうとしてくれているのだろう。

 それは翠としてもありがたいし、こうやって進行や手助けをしてくれているのも助かっている。

 だが——


「いやさ……俺だって分かってるんだよ? でもさ……」


『あっ(察し)』

『www』

『まあ、そりゃあな……』


 煮え切らない翠に、視聴者も納得したようなコメント。

 翠はそのコメントに力を貰いながらも、力のない視線を周りに向けて。


「カメラ……多くないですか……?」


 キョロキョロと。

 今、翠を緊張させている最大の原因について述べた。


 翠と星野の目の前にはカメラと二台のディスプレイが設置されているが、それ以外にもいくつもカメラがあるのだ。


 まずは左右に一台ずつ設置されており、各々が二人の手元に向けられている。

 次に背後。これは少し高い位置から二人の後姿と、二人が座っている大きめなテーブルの両方を。

 最後に、そのテーブルの真上。二人の手元が良く見えるようにカメラが設置されていた。


「初めてなのにハードル高くない?」


「あはは……」


 計五台のカメラに囲まれていれば、慣れていない人間は必ず緊張するだろう。

 翠が控えめなジト目で星野を見れば、彼女は微苦笑で返す。


『wwwwww』

『確かにw』

『相方に厳しいレンちゃんwww』


「ちょっと!? 私そんなに厳しい!?」


 流れるコメントに星野がガタッと音を立てると、コメントがさらに加速する。


『スイちゃんが可愛そうだろ! もっとやれ!』

『どっちだよwww』

『www』

『まあでもあってる』

『どっちもだろw』


「まあ、スイちゃん可愛いからねぇ……」


「…………」


 コメントを見て頷いてみせる星野。

そんな彼女の姿に翠は何も言えず沈黙。


 ……先程まで怒っていた彼女はどこに行ってしまったのか?


 早くも状況についていけない。

 とはいえ、緊張していても仕事は仕事。翠はとりあえず笑みを絶やさないように気を付けながらコメントを眺めていく。


「でもしょうがないんだよ? 今回の企画はちょっと手元とか表情とかが見えた方がいいからさ」


 スイが可愛いとか、レンちゃんの試練などのコメントを無心になって眺めていると、唐突に星野の声のトーンが変わった。

 もちろん表情は笑顔だが、これは動画を進行させるということだろう。


「みんなの画面でも見えてるでしょ? 四個のカメラの映像」


 星野の言葉を聞いて、翠はカメラの隣にあるもう一つのディスプレイに目を向ける。

 最初に見ていた画面にはコメント欄のみが映されていたが、こちらには視聴者が見ている画面と同じものが映されていた。

 翠の星野の二人を正面から映している映像を大きく、それ以外を右側に小さくして映している状態だ。


「今回の企画は私たちの手元とか、スイの表情とかが見えた方がいいと思ったからこういう状態なの。けっしてスイをいじめたいとかじゃないんだよ」


『嘘だww』

『本当の事を言え!!』

『本当はいじめたいくせにw』


「バレた?」


「え?」


 急な手のひら返しに、翠の目が点になる。

 そして、星野を見ると彼女はすでにそっぽを向いていた。


「……嘘だよね? いや、こっち見てよ」


『www』

『ごめん笑ったwwwww』

『クソワロタw』


『w』で埋め尽くされるコメント群。

 コメントは盛り上がり、画面に映されている視聴者の数もそれなりに増えてきた。

 しかし、翠にはこの状況をまとめ上げ、進行させることは出来ないわけで。


「いや、ほんとに目を合わせてよ!? このままだと不味いって!」


 肩を揺すってみる。

しかし、星野は反応を見せない。

とはいえ、肩を揺する以上の事は出来なくて。


「いやほんとに勘弁してよ……俺、進行とかできないってぇ……」


 困り果て、若干涙声に変わる翠。

 そこまでいったところでようやく星野が翠へ向き直ってニコリ。


「こういうこと?」


『ナイスゥwwww』

『最高!』

『いいぞもっとやれ』


「おい……」


 これには堪らず翠も睨みつけてしまう。

 しかし、睨みつけられている当の本人は楽しそうに笑うばかりだ。

 コメントも翠をもっと虐めろという内容が多く、翠としては気まずい空気に。

 

「ほんと勘弁して……」


 恥ずかしくなってきて手で顔を覆う。

 暗くなった視界の中で時が過ぎるのを待っていると、不意に隣から咳払い。


「じゃあ、そろそろスイの緊張も解れてきただろうから本題に戻るよー」


『おっけー』

『待ってました!!』

『今回はスイちゃんをいじめる回では?』


 覆っていた手を降ろせば、コメントの流れも変わっていた。

 そのことに安堵しつつ、翠は視線を星野の方へ。


「そういえば今回、俺も詳しい内容を聞いてないんだけど?」


「言ってないからね!」


「そんな笑顔で言われても……いや、いいです」


 笑顔の星野に二の句が継げないでいると、彼女は「あはは」と笑みをこぼしながら足元にあるカバンに手をのばした。

 カバンの大きさは縦横三、四十センチ程といったところか。

 最初から彼女の足元に置いてあり、翠としても中身が何か気にはなっていた。

 星野はそのバックを開き、中に手を入れる。そこから出てきたのは——


「パソコン?」


 ノートパソコンだった。

 少し小さめで、黒いノートパソコン。


「さて、スイも不思議そうに見てるから今回の企画を発表するよー」


 いたずらが成功した時のような笑みを浮かべて、星野はパソコンをテーブルに置く。

 続いて、彼女はその笑みをカメラへ移動させた。

 

「今回は、スイにパソコンを勉強してもらいます! 拍手!」


『わーwww』

『88888888』

『スイちゃん目が点になってるw』


 星野の煽りを受けて盛り上がり、凄い速度で流れていくコメント。

 その前で。


「…………」


 翠だけが置いてけぼりになっていた。

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