第21話 その画面の向こうには
「……ただいまー」
背後にある扉の向こうから聞こえてきた玄関の扉が開く音。
その音に気付き、碧はノートパソコンを動かしていた手を止めた。
「おかえり。遅かったね」
「ごめんごめん。思ったよりも夢中になっちゃって……すぐに夕飯の準備するからさ」
首だけを後ろに動かして声をかけると、扉の向こうからはガサガサと袋のこすれる音が。
「手伝おうか?」
「いや、大丈夫。そんなにかからないと思うから」
窓をチラリと見ればすでに空は暗くなりかけており、今から夕食の準備をするのも大変そうだ。
そう思って問いかけてみたけれど、少し控えめな笑い声と大丈夫という言葉が返ってきた。
どうやら結構楽しんできたらしい。
そんな風に感じる声に、自然と胸を撫で下ろす。
……気分転換になったならいいけど。
頭に浮かんできたのはそんな言葉だ。
いつも
でも、今日の外出は意味のあるものになったようだ。
今頃、買ってきたものを冷蔵庫に入れているであろう彼の事を思うと自然と笑みがこぼれた。
「さてと」
気を取り直して机に向き直る。
ノートパソコンの画面は灯ってはいるけれど、その画面は時を止めたように停止している状態だ。
マウスへ手をのばし、一度だけクリック。
そうすれば、止まっていた映像が動き出し、スピーカーからは音が響き出す。
それからどのくらいの時間が経っていたのだろう?
「……ご飯できたぞー!」
扉の向こうから聞こえてきた声に我に返った。
どうやらずいぶんと真剣に見ていたらしい。
「…………わかったよ」
振り返って返事をして、再びパソコンの画面へ。
パソコンが映しているのはまだ途中で、終わりまでにはもう少し時間がかかってしまう。
……最後まで見たい。
……でも、呼ばれてる。
欲望と理性のぶつかり合いに頭を悩ませる。
しかし、そうやって悩んでいる間にも時間は進んでしまって。
「碧? どうした? ご飯だぞ?」
コンコンと扉をノックする音と一緒に聞こえてきた兄の声に、碧は肩を跳ねさせた。
「なんかあったのか?」
「いや、何でもないよ。すぐ行く」
扉の奥から聞こえてきたいつもの兄の声に、碧はドキドキと高鳴っている鼓動を自覚しながらも平静を装った。
……ちゃんと普通に答えられただろうか?
返事を待つ時間がやけに長く感じ、心臓の音がうるさいくらいに激しく主張している。
一秒……二秒……三秒……
本来なら中に入ってきても大丈夫なのに、今だけは入ってきてほしくない。
緊張が最高潮に達し、ゴクリと喉を鳴らす。
すると、碧の気持ちが通じたのか——
「了解。冷めちゃうから早く来いよ」
ゆっくりと足音が離れていった。
「はぁ……助かった……」
足音が完全に聞こえなくなり、碧は脱力しながら息を吐き出す。
すると、少しずつ緊張が落ち着いてきて、うるさいほどだった心臓の鼓動が小さくなっていった。
そうして、完全に落ち着いたところで碧は席を立つ。
本当はもう少し居たいけれど、呼ばれている以上はあまり時間も掛けられない。
……名残惜しいけど、見るのはまた後で。
碧はノートパソコンに背を向けた。
その後ろで——
いまだ光を灯しているノートパソコン。
その画面には、金髪をポニーテールにしている少女と黒のショートカットの少女——レンとスイが映っていた。
——————
ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
これにて、第1章『高宮 翠 女装慣れ計画』は終了になります。
とはいえ、まだお話は続きます。
ここに書くと長くなってしまうので、この後の予定などは近況ノートの方に書かせていただきました。
興味を持たれた方は、そちらをご覧ください。
https://kakuyomu.jp/users/koh-6486/news/16817330650719518487
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