第19話 恐怖の——
「ふぅ……スッキリした!」
パンパンと手を叩き、翠は満足げに笑顔で頷いた。
みぞおちを狙ったのは良かった。
そのおかげで恭平は悶絶し、うずくまる彼を恋人である鈴原さんが流れる動作で膝の上へ。
これで恭平へのお仕置きになっただろう。
恋人の膝に顔をうずめているのなら恭平も本望だろうし、当の鈴原さんはまんざらではなさそうというか……とても嬉しそうに満面の笑顔だ。
ここにいる全員が幸せになれる良い選択だったと、翠は満足げに頷いた。
「あ!? そうだ」
翠はポケットからスマホを取り出す。
いちおう恭平が星野に連絡を入れてくれるとは言っていたが、この場にいない以上はそれも怪しい。
そのため、翠は今いる場所と、恭平たちと一緒にいる旨をメールで送ることにしたのだ。
おぼつかない手つきで文章を打ち込み、送信。
慣れない作業を終えて翠がフゥと息を吐き出すと、なにやら視線に気づいた。
ニヤァ……
そんな擬音が似合いそうな視線を向けてきたのは恭平だ。
うつぶせで鈴原さんに膝枕されている状態。そんな状態で顔を翠の方に向けている彼には気持ち悪さしか感じない。
「いや、なんかスゲェ目が怖いんだけど!?」
「気のせいだろ」
「止めろぉ! 何かに目覚めたらどうすんだ!」
冷めた目で翠が恭平を見下ろすと、彼はすぐに反応。
しかし、彼の軽口はいつもの事であるし、翠もそこまで気にしない。
だが、今はタイミングが悪かった。
「……何に目覚めるの?」
「……っ!?」
底冷えするような声音に翠の背筋が凍る。
見れば恭平も同じような状態で、先程の軽口はどこへ行ったのかと問いたくなるほど顔を青くしていた。
「ねぇ、恭ちゃん? 何に目覚めるの?」
覗き込むように恭平を見下ろす鈴原さん。
その目からはどこか暗いものを感じ、向けられているわけではない翠の肝が冷えるほどだ。
ただ、彼の対応も早かった。
「何でもないです!!」
恭平は上げていた顔を降ろし、膝枕を再開させたのだ。
そんな彼の行動は劇的だった。
「……そうですか」
鈴原さんはクシャリと恭平の髪を撫でつけ、ご満悦な笑顔。
(こ、怖い……)
鈴原さんの短時間での態度の変化。
それを見てしまった翠には、もう彼女に声をかける勇気が湧かなくて。
(そっとしとこう……)
翠は静かに二人を見守ることにした。
そして数分経って——
「——お待たせ!」
翠の背後。教室の扉がガラリという音をたてて開く。
「いやぁ、ステージの方は凄い騒ぎだよ? 誰かさんが逃げたから」
顔を覗かせたのは星野だ。
彼女は教室に入るやいなや、少し拗ねるような顔で翠を睨みつけた。
……ステージ?
……逃げた?
それは、どれもが翠には思い当たる言葉だ。
しかし、それを認めるわけにはいかなくて。
「いやぁ……」
翠は星野の視線から逃れるように目を逸らす。
しかし、ここで翠を裏切ったのは後ろで膝枕されているはずの悪友で。
「そうそう! そうだよ! お前ミスコン一位だったんだって!? ついさっきメッセ来たぞ!」
「……そうなんですか? それはおめでとうございます」
背後から聞こえる二人の声。
翠が振り向くと、恭平がいつの間にか体を起こしており、先程と同じような気持ち悪い笑み。
そして鈴原さんは、最初こそ体を起こしている恭平を未練がましく見ていたが、すぐに切り替えてニコリと翠に笑みを向けた。
「…………」
言葉が出ない。
恭平の方はまだ良いのだ。
彼はふざけているだけだと翠は分かっているし、何かあれば鈴原さんに言えばどうにかしてくれるだろう。
しかし、鈴原さんの方はかなりキツイ。
なにしろ彼女には悪意がないのだ。純粋に称賛してくれている分、翠の心をえぐっている。
「……なあ」
「なんだよ……?」
翠が押し黙っている中、最初に口を開いたのは恭平だ。
彼の表情はどこか真面目さが感じられ、その声も先程とは違って軽さを感じない。
……嫌な予感がする。
だが、翠が感じたのは悪寒だった。
恭平がこういう表情をするときは碌なことがないのだ。
それを証明するように、彼は表情をニタァと笑顔に変えていき。
「なあなあ! 今どんな気持ちぃ?」
ゲラゲラと。
愉快そうに目を細めて恭平は翠を煽りだした。
「男なのにミスコンで一位取っちゃってどんな気持ちぃ?」
翠が見下す視線を送っても変わらずケラケラと笑い続ける恭平。
だが、その時間は長くは続かなかった。
「なあなあ! どんな——こひゅっ!」
遮られる恭平の言葉。
その声に翠が目を見開くが、彼は声を上げることもなく停止している。
やがて、その体が揺れると前方に倒れていって。
「…………」
倒れこみ、沈黙する恭平。
その後ろには鈴原さんがいた。
「さすがにあんまりだと思ったので気絶させました」
手を手刀のように構えたまま笑みを見せる鈴原さん。
どうやら恭平は彼女に気絶させられたらしい。
(え? どうやって移動したの?)
さっきまで恭平の隣に座っていたはずなのだ。
なのに、鈴原さんは今彼の後ろにいる。
「恭ちゃんがすいません。ちゃんと言い聞かせておくので」
「い、いや……」
鈴原さんは倒れこむ恭平を膝の上に移動させると、翠に向かってペコリと一礼。
だが、いまだ理解の追いついていない翠は声を絞り出すことしか出来ない。
しかし、そんな翠の状態を彼女は分かっていないようで。
「まだ時間がありますし……恭ちゃんは私が見ておくので、お二人は学園祭を回ってきたらどうですか?」
平然とした様子で、鈴原さんは翠たちに学園祭を回るように提案してきた。
そんな彼女の言葉に翠は星野と顔を見合わせる。
……先程の空気はどこへ行ってしまったのか?
翠がそんな疑問を浮かばせているように、星野も訳が分からないといった様子で苦笑い。
恭平が何も発さないという異様さはあるものの、教室の空気に重いものは感じない。
とはいえ、このままこの場所にとどまるのも怖いわけで。
「えっと、じ、じゃあ、行ってこようかな?」
「う、うん……そうだね」
翠たちは頷きあうと、教室を後にすることにした。
——この後、恭平がどうなったのか?
それは本人が語らないため、翠には分からない……
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