第18話 結果発表
『それでは! 結果発表といきましょう!』
『うおおおおっ!!』
全ての参加者のアピールタイムを終え、そして投票を終え、蓮華たちは結果発表を待っていた。
『参加者の方たちには投票のため一度裏に戻ってもらいましたが、ここからは順位ごとにステージに上がってきてもらおうと思います!』
ステージ上では司会者の男の子が一人マイクを握り、湧き上がる歓声に負けないよう前のめりになりながら声を張っている。
「どうなりますかね?」
「うーん、どうだろう?」
ステージを見つめたまま告げる碧。
彼の問いに蓮華も疑問で返せば、碧は「そうですか……」と心ここにあらずといった様子だ。
そんな彼の様子に蓮華は微かに苦笑する。
先程おこなられた投票。
それは蓮華たちも投票できるもので、彼の様子を見る限りはおそらく翠に入れたのだろう。
とはいえ、それで翠が入賞できるかは分からないのだ。
蓮華自身は翠一択であるし、実際翠に票を入れたのだが、こればかりは一人の票で変わるわけではないのだから。
「僕としては……やっぱりスイさんですね。あの歌を聞くと……」
「そっかー」
相変わらずステージに釘付けの碧に、蓮華は内心もうどうにでもなれと相槌。
蓮華の予想では碧は完全に堕ちきっている。
しかし、彼の恋心の行方はあくまでも偶像であり、実像ではないのだ。
もし、正体に気が付いても気持ちが変わらなかったのだとしたら問題ではあるが、この様子では気が付きそうではないし、よほど翠がミスを犯さない限り大丈夫だろう。
だからこそ現状維持、もしくは現実逃避の相槌なのだが、碧は翠の歌への話で忙しいようで蓮華が流している事には気が付いていない。
そんな調子で相槌を続けていると、ようやく前振りが終わったのか司会者がステージの端に移動した。
『ではいきます! 第三位の方! どうぞ!』
『うおおおおっ!!』
司会者の言葉に再び歓声が上がる。
ドコドコと緊張感を増すドラムロール。ステージはライトで照らされ、場の雰囲気は最高潮に。
誰もが待ち遠しく見守る中、出てきたのは——
「……スイさんじゃないですね」
「そうだねー」
出てきたのは翠ではなく、翠の前にアピールをしていた人だった。
すぐに彼女へのインタビューが始まるが、蓮華としては興味がないので聞き流していく。
ふと気になり碧を横目で覗き見る。
すると、あからさまに彼はホッとした表情を浮かべていた。
「…………」
蓮華は何も言わずに視線をステージへ。
ちょうどステージでは三位の人のインタビューを終えたところで、彼女は一礼の後ステージ裏に消えていった。
そして——
『では! 続いては第二位! ミスコン第二位の栄誉を得るのは誰なのか!? あの人か!? それともこの人か!? それとも——!!!』
『うおおおおっ!!!!!』
言葉を並べて、場を盛り上げる司会者。
それに呼応するように歓声は大きく、場の熱量は増す。
ドラムロールの音は心なしか大きくなり、ライトの数は増え、ステージは少し眩しいほど。
場の緊張感は三位以上、期待も三位の時を大きく超えていた。
そんな空気の中で、ステージ裏から出てきたのは——
「……ですよね」
「うんうん」
またもや知らない人。
ただ、すでにもう何かを確信しているような碧の一言には、蓮華も呆れ声に変わってしまう。
しかし、ここまで翠の名前が上がらないということは、彼の予想が当たっているかもしれないわけで。
『皆様お待たせしました! これで最後! 第一位の発表です!』
『うおおおおおおぉぉぉっ!!!!!』
場の空気にあてられて、蓮華の中の期待も高まっていく。
『ここまで入賞した方々も素晴らしい方でした! そんな彼女たちを打ち破り、栄光を手にするのは誰なのか!?』
碧の瞳にある熱が増し、彼の視線はいっそうステージに釘付けに。
蓮華はそんな彼に笑みを浮かべると、ステージに視線を戻した。
……もしかしたら翠が一位なのかも?
そんな期待が蓮華の心を満たし、ドキドキと心臓の鼓動を早くする。
不思議と時間の進みが遅く感じられ、前置きの長い司会者に柄にもなく心の中で不満をこぼす。
それでも心待ちにしている心は抑えきれそうにない。
気が付けば、蓮華の手は祈るように胸の前で握られていた。
『それではどうぞ!』
『うおおおぉぉぉっ!!!』
歓声と共に今日一番の光がドラムロールを携えてステージを照らす。
期待は最高潮に。
緊張感は最高峰に。
この場すべて人の期待を一身に受け、非公式ながらもミスコン王者の栄光を手にするのは誰なのか?
ドラムロールは止み、光だけがステージを照らす中で出てくる人は誰なのか?
目を閉じて、結果だけを待つ蓮華。
しかし、その結果は待てど待てども耳に入らず、騒然とした周りの声に変わった。
『……あれ?』
周りの雰囲気に疑問を持った蓮華が目を開くのと同時に、司会者が不思議そうに声を漏らす。
蓮華がステージに注目すると、ステージには司会者の男の子一人だけ。
「あれ? 一位の人は?」
「分かりません」
隣を見れば、碧が訳が分からないといった様子で首を振った。
そんな彼に頷いて返し、蓮華は再びステージに視線を戻す。
これは演出なのか?
それとも本当に問題が起きたのか?
蓮華としても気になりはするけれど、ひとまずは主催者側からの回答を待つしかない。
そして、待つこと数分。
「……ん?」
大人しく待っていた蓮華の耳に何かが届いた。
ステージ上では司会者の人がステージ裏に顔を向けており、何かの発表という雰囲気ではない。
(マイクでも入っちゃったかな?)
生放送をしたことある蓮華にも経験のある出来事だ。
そんな呑気な感想を頭に浮かべて蓮華は苦笑する。
しかし、すぐ後に聞こえてきた言葉に、蓮華含め、場の空気が凍り付いた。
『……一位のスイさん……逃げたらしいです!』
* * *
ミスコン会場から姿を消した翠。
ステージにいるすべての人が凍り付き、騒然としてしまう騒動を起こした彼がいったいどこに行ったのか?
それは——
「ま、まて! 話し合おう! な! な!」
連れられた先、ある教室の一室で恭平は首を横に振った。
両腕は後ろで抑えられ、その後ろには笑顔でいる美穂。
どういう力を使っているのかは分からない。しかし、涼しい顔をしている彼女の手を振り払えないのだ。
心拍数が上がり、額から汗が伝う。
そんな恭平の前には一人の人影が。
「…………よくもやってくれたな……」
それは幽鬼のようにフラリフラリと揺れながら、一歩、また一歩ずつその距離を縮めてくる。
どうにかして振り払おうと必死にもがくが、悲しくもその努力は報われずただ体力を消耗するだけだ。
「ほんト……いつもいツも……アれ……お前ガ用意したんだろロ……?」
「ひいっ……」
漏れる悲鳴。
怒りからなのか、若干発音のおかしい言葉が恭平の恐怖をさらに増長させる。
「ちょっと美穂! マジ頼む! これ洒落にならないやつだから! ほんとに頼むって!!!」
……怒髪天を衝くとはこのことか?
迫る悪鬼に、恭平は首だけでも後ろへ向け懇願する。
視線の先、恭平の腕をつかんで離さない美穂の表情は読み切れない。しかし、誠実に頼めば恋人の言うことを聞いてくれるだろう。
「恭ちゃん……」
視線を重なるように美穂と見つめ合う。
彼女の目は宝石のように輝いて、少しだけ歪められた整った眉は恭平を心配しての事だろう。
やはり、最後に頼りになるのは恋人の存在だ。
「ありが——」
力を失っていく拘束に恭平の表情が明るく変わる。
恭平を狙っている悪鬼の身体能力は幸い高くない。自由さえ得ることが出来ればどうとでもなるのだ。
……もう少し。
近づいてくる気配に焦りを感じながら、恭平はすぐ先の自由を期待して。
「……ダメです」
「は?」
その期待を裏切られた。
再び力を取り戻す拘束に、恭平の思考は真っ白に染められる。
同時に、悪鬼が恭平の前にたどり着いて——
「うらぁっ!」
「ふごぉぉぉっ!?」
怒りに満ち溢れた悪鬼——翠の拳が恭平のみぞおちを打ち抜いた。
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