第16話 一方そのころ




 時は少しだけ遡る——


 碧に連れられた翠がお化け屋敷から出てきた頃、その前で待っていたはずの蓮華はというと——


(え? 誰? なんで二人で出てきてるの!?)


 すぐそばにあった木の後ろに隠れて顔だけを出していた。


 反射的に隠れてしまったとはいえ、これでは変質者だ。

 しかし、隠れてしまった以上は出ていくのもなんか嫌なわけで。


 そのまま顔だけを覗かせて二人の様子を伺う蓮華。

 少しすると、翠の先を歩いていた誰かが振り向き、翠と向かい合う形になった。


(えっ? なんで?)


 蓮華が驚いたのは、振り向いた誰かを見た翠があからさまに驚いた様子を見せたことだ。

 彼はすぐに驚いたのを隠そうと少しだけ顔を逸らしている。


(えぇ! 誰なの!? 気になるぅ!!)


 純粋な好奇心。そして、若干の嫉妬。

 そんな心を内に秘めて、蓮華は二人の様子の覗き見を続けていく。


 何かを話している二人。

 少し時間が経つと翠のスマホが鳴ったようで、ビクリと肩を震わせた。

 そんな姿に蓮華は頬を緩ませる。


「……かわいい」


 なんで男なのにあんなに仕草が可愛いのだろうか?

 それでいて普段は男らしく振舞おうと頑張っているから、ことさら可愛く見える。


 本人は頑張っているつもりなのだろうが、ふと瞬間に女の子の仕草に変わるのだ。

 そのギャップがまたずるい。


(だから佐藤くんも鈴原さんと付き合ったのかな?)


 少しだけ思考が脱線。

 聞いた話によると、翠が普段髪をボサボサにし始めたのは中学三年生の時らしい。

 それまでは普通に黒のショートカットだったらしいので、いつも一緒にいた恭平はドキドキしっぱなしだっただろう。


(だからこそ、女性らしさが凄い鈴原さんだったのかな?)


 本人が聞いたら食い気味で否定するであろう想像。

 そんなことをしている間に、翠の雰囲気が変わった。


(……っ!? それはやばいってぇぇぇっ!!!)


 ふっと柔らかく微笑んだのだ。

 ただでさえ破壊力のある翠の微笑み。それに加えて、いま彼の見た目は完全に女子なのだ。

 その笑みを向けられた誰かの心情は凄いことになっているだろう。

 蓮華が翠と向かい合っている誰かの顔に注目すると。


(やっぱりぃぃぃ!?)


 案の定、その顔は真っ赤になっていた。


(これ、ダメなやつじゃん……)


 さらにはダメ押しの翠の接近。

 相手はすぐに後退り、あたふたと落ち着きを無くしていた。


「あらー……」


 完全に堕ちた……


 蓮華が確信した瞬間、思った通り笑みを向けられた彼は走り去っていく。

 若干複雑な心境になりながら翠へ視線を戻せば、彼は意味も分からず茫然と立ち尽くしていて。


(……お前のせいだよ!!)


 蓮華は心の中で叫ぶ。

 今だけは口が悪くなってしまっても許してくれるだろう。

 それほど蓮華の心の内は複雑になっていた。

 そして、少しだけ鋭くなった目で翠を見守っていると、諦めたのかまっすぐ歩き出す。


 本来ならここで合流するべきだろう。

 しかし、蓮華としてもすぐに顔を合わせるのは気恥ずかしいわけで……


「…………」


 結局、蓮華は翠と一定の距離を保ちながら後を追うことにした。






 翠と恭平の会話から少し経って——


『——非公式ミスコンを始める! 我こそはという者は乱入してこい! こんちくしょーっ!!』


 大歓声の中、表情を失った翠。

 蓮華はそんな彼を首から下げたカメラで撮影していた。


 顔が合わせづらくて後を追っていたらこれだ。

 翠が自分から参加することは考えにくい。なので、おそらく恭平に騙されたのだろう。


(グッジョブ!!)


 先程鈴原さんに連れていかれた恭平。

 そんな彼に蓮華は心の中でに親指を立てる。

 翠の一緒に文化祭を回れないのは残念ではあるが、撮れ高としては最高だ。


『まずは自己紹介をしてもらいましょう!』


 ステージ上では、司会の人が順番に名前を聞き始めていた。

 一人、また一人と順番が回っていく中で、翠の順番が回ってくると。


「…………す、スイです……」


 翠はか細い声で司会の言葉に応じていく。


 女装していたとしても、翠の見た目の雰囲気はかわいいというよりキレイといった方が妥当だ。

 そして、その顔つきは異常なほどに整っている。

 そんな彼が若干涙目になって声を絞り出せば——


『うおおおおっ!!』


 大熱狂。

 その大歓声にビクリと肩を震わせるのも彼らしい。


 その様子をカメラに収めていると、イベントは各自のアピールの時間になる。

 翠の順番は少し先のようで、蓮華はカメラを一度止めると首から下げ、イベントを見守ることに。

 すると——


「あれ?」


 見覚えのある黒髪の男子を見かけた。

 そちらに目を向ければ、相手も視線に気づいたようで目が合う。


「……?」


 不思議そうに首をかしげる相手。

 このまま目を合わせているのも失礼だろう。

 そう蓮華が視線を外そうとした。その時だった。


「あれ? もしかしてレンさんですか?」


 目が合った相手の隣。

 友人なのだろうか。その言葉に蓮華の心臓が跳ねた。


「レンさん?」


 そうたずねたのは目のあった男の子。

 彼は分かっていないようで、不思議そうに眉を寄せる。

 すると、隣の男の子がすぐに反応。


「ほら! 前に話したじゃん! 最近可愛い女の子と一緒に動画を出してる人! こっちの人は前から活動してたけど」


 聞かれて気を良くしたのか、饒舌に話し始める男の子。

 しかし、蓮華にとっては面白くないことで。


「あはは……あんま大きな声で話して欲しくはないかな……」


 頬をかきながら苦笑い。


 おおっぴろげに話されてしまうと困るのだ。

 そこまで有名ではないが蓮華たちは動画投稿者。身バレなど気にしないといけないことは多い。

 気を悪くさせないように注意すれば、そのことに気付いてくれたのか男の子は声を小さくする。


「すいません……いつも見てます。会えてうれしいです」


「あはは、ありがとう。二人はミスコンを見に来たの?」


 小さく笑いながらお礼。

 そして、さりげなく目的を聞けば男の子は嬉しそうに頷いた。


「はい。なんか高宮が顔を真っ赤にしてたんで、凄い人に会ったんだと——」


「おいっ!」


 嬉しそうに話すのを止めようとする黒髪の男の子。

 しかし、蓮華には何より気になる言葉が。


「高宮?」


 そう、最近よく聞く苗字なのだ。

 思わず聞き返せば、目の前の二人が顔を見合わせた。


「……? はい、僕が高宮ですけど……?」


 少しだけ不審そうに蓮華を見る黒髪の男の子。

 その様子に蓮華は慌てて笑みを作って首を横に振る。


「ううん、何でもないの。続けて」


「……? いや、まあ、高宮が顔を赤くしてたんで凄い人に会ったんだろうって思って、そういう人ならミスコンに出てるんじゃないかって話になったんです」


 そう言ってステージに目を向ける男の子。


「高宮って、お兄さんみたいな女の子しか興味ないって言ってるんですよ。そんな奴が顔を赤くしてたら気になるじゃないですか」


「おいっ、やめろって」


「いいじゃん、ほんとの事なんだからさ——」


 話し続ける男の子を止めようとしているが、その話は止まらず蓮華の耳を叩き続ける。

 しかし、蓮華の頭の中では先程の翠と黒髪の男の子との会話。さらには今の会話がグルグルと廻っていた。

 そして、点と点が線になるようにすべてが繋がって——


(ええぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!)


 蓮華は心の中で今日一番の絶叫を上げた。


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