第15話 合流して……




「あっはっはっはっ!」


「笑うんじゃねぇよ……」


 碧と別れてからしばらく。

 恭平と合流した翠は事情を話した後、案の定爆笑されていた。


 翠からしてみれば大変な事でも、恭平にとっては面白いイベントでしかない。

 そんなことは分かっているけれど、当事者からしてみれば面白くないわけで。


「ほんと笑い事じゃないんだぞ?」 


「ひっひっ……そうか?」


 腹を抱えて笑っている恭平。

 そんな彼に翠は若干顔をしかめる。


 しかし、恭平はいまだに瞳に涙を浮かべて笑っているままだ。

 翠はどうにか彼に言い返せないか考えて。


「……もしお前が女装していて鈴原さんに雰囲気が似てるなんて言われてみろ……焦るだろ?」


「あー……」


 その時の事を想像したのだろう。恭平は一瞬停止した後、声を漏らしながら視線を上へ。

 続いて表情を能面のように無機質に。

 そして、すぐにその表情に影を指し、視線をやや下に動かして。


「いや……美穂はすぐに気付くから……」


「…………」


 全てを諦めたような顔をした恭平に翠は言葉を失った。


 ……声をかけづらい。


 数秒の沈黙。

 言いようのない気まずさを感じながら翠が言葉を探していると、恭平の顔つきがふっと元に戻った。


「いや、ほんと、想像しちまっただろ! やめろって!」


「……お、おう」


 急にいつものへらへらとした雰囲気に戻った恭平。

 そんな彼の様子に翠は困惑するが、彼はそれを塗り替えるように笑う。


「で? どっか身を隠したいって話だろ?」


 鈴原さんの話から先程の碧の話へ。

 あまりに無理やりな話の変え方に違和感はあるものの、翠としても話は早い方がいいので口は挟まない。


「ああ……また会って話したりしたらボロが出そうで」


「まあ、そうだろうなぁ……」


 しみじみと頷く恭平。

 そんな彼に内心苛立ちをおぼえるものの、彼の言っていることはあながち間違っていないのが悔しい。

 しかし、笑みを堪えるようににやけている彼の事だ。何かしらの手立てがあるのだろう。

 翠は苛立ちを顔に出さない様に注意しながら笑みを作った。


「なんか方法があるなら教えてくれ」


「いや、なんかを堪えてるのがバレバレだぞ?」


「何の事?」


 あくまでしらを切る翠。

 しかし、それは恭平には通用しないようで。


「いやお前……ここで笑顔はないだろ……」


「…………」


 クックッと笑う恭平に翠の笑顔が固まった。

 どうやらこの男は鈴原さんに連れてかれたとしても学ばないらしい。

 翠はため息をついてスマホを取り出した。


「鈴原さんに連れてかれて懲りたわけじゃなかったんだな」


「ちょっ!? おまっ!?」


 慌てて翠に詰め寄る恭平。

 しかし、ここで止めてしまっては彼がつけあがるだけだ。

 翠は恭平を無視してスマホを操作し、通話をタップすれば鈴原さんに繋がるようにすると悪友に見せつけた。


「早く教えろよ。じゃないとこのまま鈴原さんに繋げて、恭平に詰め寄られてるって言うぞ?」


「まっ!? ちょ、ちょっと待て! いや、マジで待って! いま連絡されたらヤバいんだって——」


「へぇ……」


 翠はニヤリと笑みを浮かべる。

 おそらく失言だったのだろうが、翠にとっては好都合だ。

 それは、あからさまに動揺した恭平の様子から間違いないだろう。

 翠はさらに笑みを深めると、スマホの画面に指を近づけていって。


「なにがヤバいんだよ……? 言わないとこのまま鈴原さんに電話するぞ?」


「ぐっ……」


 悔し気に眉を歪める恭平。

 彼はしばらくの間唸っていたが、ついに諦めたのか、肩を落とすとポツリポツリと話し始めた。


「俺……美穂の目を盗んで抜け出してきたんだよ……何があったかは聞くなよ!? ……だから、今あいつに居場所がバレると……」


 そう言って恭平は体を震わせる。


 何時もへらへらしている彼がこんな状態になるなんて、どんなことがあったのか……


 恐怖半分、興味半分といったところか。

 正直気になってしまうが聞いてしまったが最後、平常心ではいられなさそうなので翠は聞くのを止めておくことにした。


「とりあえず分かったから、どうすればいいか教えてくれ」


「お前が聞いたんだろ……」


 スマホをしまう翠に恭平は不満げに口元をへの字に歪めた。

 そして、少しばかり半眼で翠を睨みつけていたが、やがてフゥと息を吐き出すと話を続けた。


「まあ、いいや……俺、美穂の彼氏だろ? だから、この学校にも何人か知り合いがいるんだよ。そいつからこのステージでイベントをやるんだけど人があまり集まってないって言われててな」


 恭平は後ろにあるステージに目を向ける。


「イベントに参加すれば碧と話すことも無いだろ? ステージならお前が苦手なお化け要素も無いだろうし、ちょうどいいと思ったんだよ」


 言い終えると、恭平は視線を翠に戻した。


 入れ違うようにステージに翠は視線を移動させる。

 いまステージ上には何も置かれていない。そのうえ誰もいない状態のためどんなイベントが行われるか分からない。

 

「何のイベントなんだ?」


 視線を恭平に戻す。

 すると、内容は恭平にも分からないらしく首を横に振った。


「俺も詳しくは聞いてない。ただ、時間的にはもうちょっとで始まるって話だぜ」


「そっか……」

 

 もう一度ステージを見て熟考。

 たしかにイベントに出てしまえば、その間は碧と会わなくて済む。

 しかし、問題は何のイベントか分からないことと、いまだに星野と合流できていないことだ。


(星野には連絡すればいいとして……問題は内容かな……?)


 ステージで行うイベントといえば何があるだろうか?


 クイズ大会?

 それとも、劇のエキストラかなんかだろうか?


 どれも人前に出るイベントで、翠自身あまり出たいものではない。

 とはいえ、いたずらに歩き回ってしまうと碧に出くわす可能性が高くなる。


「——い」


 自分の気持ちを取るか……

 それとも、正体がバレない安全というを取るか……


 答えは一択しか無いはずなのに、この選択を選ぶのが難しい。

 それでも——


「おいっ!」


 考えている途中、焦りを含ませた声色に翠は現実に戻された。

 声の主に目を向ければ、恭平が焦った様子で翠を見ている。


「……なんだよ?」


 不機嫌さを隠さずにその目を恭平へ。

 すると、彼は声を大きくしたくないのか周囲を気にした後、翠の耳元に口を近づけて。


「……碧が近くに来てる」


「へっ?」


 囁くように告げられた言葉に翠は目を丸くした。

 すぐに周囲を見渡すが、碧らしき人影は見えない。


「碧なんていないぞ?」


 抗議の目で恭平を見返す。

 しかし、彼の態度は変わらず焦った様子のままで。


「人影でお前は見えなかったみたいだけど俺にはちらっと見えた。あのイケメンさは確実に碧だぞ!」


「……嘘だろ!?」


「マジだって! 星野には連絡しておくからお前は早くいけ!」


 恭平はステージの方向。その裏手の方を指差す。


「俺の名前を出せば分かってくれると思うから、そっからは流れで頑張れ! 俺は碧が来たら足止めしておくから!」


「……分かった」


 少し悩みはしたものの、碧が来ている以上うかうかはしていられない。

 翠はイベントに出る決意をすると、恭平の指差した方へ足早に向かうことにした。

 そしてその途中、恭平に伝えないといけないことを伝えるために振り向いて。


「ごめん! てっきりイジられてるのかと思って鈴原さんにメール入れちゃった! ほんとごめん! 後は頼んだ!」


「お前ぇぇぇぇぇっ!!!」


 親友の絶叫を背後に、翠は目的地に向かって走り始めた。


 そして——————




『進学校だからって俺らだって楽しみたい! こういう時こそ楽しまなきゃ損だろ皆!』


『おおーっ!』


 ステージ上、司会の男子生徒が場を盛り上げるために声を張り上げ、それに応えるようにステージ前の大群が歓声を上げた。

 ステージ前にいる人の大半は男性。

 その内訳も制服を着ている人や私服の人でさまざまだ。


 そんな中、翠は状況が呑み込めないまま立ち尽くしている。

 しかし、それでもイベントは進んでいって。


『こんな学校だから公式にこんなことは出来ない! でも、俺たちはこれをやるために立ち上がった!!』


『おおーっ!』


『非公式だから出場者は少ない……すまない! それは、俺たちの力不足だ……! しかし! 他校の協力者や今日、いろいろな人に声をかけて出場者を募った! だからみんな! 期待してくれっ!』


『おおーっ!』


『では! これから学校! 年齢! 人数は問わない! 非公式ミスコンを始める! 我こそはという者は乱入してこい! こんちくしょーっ!!』


『うおおおぉぉぉっ!!!』


 大絶叫。

 誰もが熱に酔い、その空気に当てられ歓声を上げる中で——


「…………」


 スン……


 翠はその瞳から光を失った。

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