第13話 置いてった後と置いてかれた後
(やばい! やばい! やばい!)
蓮華は暗い室内を駆け足で進んでいく。
腕に抱きついたことはあった。
手をつないで引っ張っていったこともあった。
でも、翠の方から触られたことはないわけで。
(しかも、あ————っ…………!!!)
頬が熱い。
その熱を振り払うように頭を振るけれど、触られた時の翠の顔が次々と頭の中に浮かんでくる。
(やばい! やばい! やばいぃぃぃ!)
いっこうに頬の熱は冷めることはなく、むしろ熱を高めていく。
だってそうだろう。
想い人から触られたのだ。
それがたとえ、意図しないタイミングで、意図しない場所だったとしてもこの気持ちを落ち着かせることは出来なくて。
(いや! 恥ずかしいけどっ! 恥ずかしいんだけどっ!!!)
顔の熱と比例するように進む足の勢いが増していく。
途中、血まみれの男や白装束の少女などが音楽と主に現れるが、蓮華にとってはすでにどうでもいい。
それらを完全に無視して駆け抜けていく。
(でもっ! 少し嬉しいって思っちゃう私ってやばい?)
不意に浮かび上がってきた疑問。
基本的にはあんなところを触られたなら怒るだろう。
その疑問に答えを出すため、蓮華は駆けていた足を歩みに戻した。
(まあ、少しは怒ってるのかな?)
歩きながら考えていると、少しずつではあるが火照った頭と頬が冷めてくる。
思い返してみれば、最初は驚愕が大きかった。
だからすぐに動けなかったわけだが、次第に湧き上がってきた恥ずかしさに「まず逃げたい」という考えでいっぱいになってしまった。
しかし、落ち着いてきてみれば、頭に浮かんでくる言葉は「ムード」とか「まずは手を……」などばかり。
いや、蓮華自身怒ってはいるのだ。
ただ、怒っているのが場所だったり、雰囲気だったりするだけで……
(いやぁ……これじゃあ私変態みたいじゃん……)
胸を触られたのだ。
それが意図しないものだったとしても、蓮華には怒る権利があるだろう。
(あっ、なんかムカついてきた)
……あとで埋め合わせをしてもらおう。
そんな考えを胸に、蓮華は横から伸びてきた白い腕を横目に通り過ぎていく。
(何がいいかなぁ……)
せっかくの文化祭なのだ。
最初は邪魔されてしまったし、今はこんなところに入ってしまったけれど、まだまだ挽回できるだろう。
最初に考えていたように、どう翠と回ろうかと蓮華は考えを巡らせる。
(まだ何も食べてないし、遊んでもないから……どうしようかな?)
一緒にご飯を食べるのは鉄板だ。
あとは出し物。それにどんなものがあるかだけ。
この後の行動を組み立てながら歩く蓮華。
すると、先に延びている通路の先に僅かだが光が見えてきた。
「あっ、出口かな?」
少し早足で進んでいけば扉が見えてきた。
その扉の前に立っている仮装をした男子に声をかける。
すると、笑顔で扉を開いてもらえた。
扉をくぐり外へ。
外の明るさに目を細めると、深く息を吐き出す。
続いて、気分を入れ替えるように体を伸ばせば、暗闇を進んでいたせいで固まってしまっていた筋肉が伸び、思わず声が漏れた。
「さてと……」
落ち着いたところで蓮華の視線はお化け屋敷の出口へ。
置いて来てしまったのは悪いと思うが、これでお仕置きとなっただろう。
蓮華は出口付近で翠を待つことにした。
そして、一分、五分、十分と経って——
「あれ?」
全く出てこない翠に蓮華の顔が引きつった。
* * *
蓮華がお化け屋敷から出た頃——
「ほんきでむりぃ……」
翠はすでに涙目になっていた。
星野に先に行かれてしばらく経つが、翠のいる場所は全く変わっていない。
「ほんとどうしよう……」
早くここから出たいのに前に進めない。
そんな状況に翠は困り果てて視線をキョロキョロと動かす。
しかし、そんなことをしていても状況は好転しないわけで。
「うう……でも進まないと……」
翠は先へ目を向ける。
相変わらず室内は暗く、気のせいだと頭では分かっているものの、曲がり角からは嫌な雰囲気が漂ってきている気がする。
とりあえず足先だけ前へ。
じりじりとつま先だけを先行させるが、特に何も起こらない。
「ふぃー」と気の抜けた息を吐き出して覚悟を決める。
このまま立ち止まっていても状況は変わらない。
数回深呼吸をした後、翠が一歩を踏み出すと。
「大丈夫ですか?」
「わひゃあっ!!!」
突然最後からかけられた声に翠の足から力が抜けた。
床に座り込む翠。
声の主はそんな翠に驚いた声を出すが、すぐに翠の隣に座ると優しい声音で語りかける。
「すいません、驚かせるつもりはなかったんですけど……立てますか?」
そう言って差し出される手。
翠は少しの間その手を見つめた後、ゆっくりと首を横に振った。
「む、むり……こしがぬけたぁ……」
「はははっ、そうだったんですか」
見知らぬ人から声をかけられてしばらく。
翠はその人に手を引かれながら真っ暗になった道を歩いていた。
「まさか人がいるとは思わなかったので声をかけたんですけど……まさか置いてかれたとは思いませんでした」
クスクスと笑いながらも優しい声音。
そのどこか落ち着く声色に、翠はほっとしながら手を引かれるままに進む。
「実は僕、罰ゲームで入ったんですよ。僕も少し心細かったので助かりました」
そう言いながらもはっきりとした足取りで進んでいく誰か。
声質や物腰から考えるに男性——それも年下だろうか。
そう思うと少しばかり情けない気もしてくるけれど、自分一人では絶対に出口にたどり着ける気がしないので諦める。
そのまま少し歩くと、背後から「ドロドロ」といった音が聞こえてきた。
「ひっ!?」
翠の小さい悲鳴と共に手に力を込める
すると、優しさを感じる声と同時に手を握り返された。
「音は手を握っているので、怖いかもしれないですけど気にしないでください。出てくるものはそのまま目を閉じていれば大丈夫ですから」
「う、うん……」
ビクビクとしながらも返事を返す翠。
手のひらから感じる暖かさに自然と恐怖心が和らいでいく。
そうやって進むこと数分。
もう何度道を曲がったことだろうか。
目を閉じている翠にはどのくらい曲がったかでしか進捗を推し量ることが出来ない。
(まだ着かないのかよ……)
出口に近づいているという考えが翠に焦りのような感情を感じさせていく。
いくら手を繋いでいて、こまめに声をかけてくれたとしても怖いものは怖いのだ。
(早く出口についてくれぇ……)
目を閉じているせいか、心臓の鼓動がやけにうるさい。
翠が焦れていると、不意に引かれる手が止まった。
「着きましたよ」
その声と共に翠は閉じていた目を開く。
すると、目の前には仮装している男が立っていて。
「ひゃあ!?」
思わず悲鳴が出てしまった。
「はははっ、早く出ましょうか」
悲鳴を上げてしまった翠が顔を赤くしていると、その間に手を引いてくれた彼は出口に向かって歩いていく。
その後ろを追って駆け足で扉をくぐれば日の明るさが目に差し込んだ。
「眩しっ……」
余りの眩しさに翠は手をかざして日を遮る。
そうして少しの間目を細めれば、次第に目が明るさに慣れてきた。
「手を引いてくれて助かりました。ありがとうございます」
動けなくなった自分を連れてきてくれたのだ。感謝してもしきれない。
翠は手を降ろすと前にいる彼に礼を告げる。
すると、彼は顔だけを振り返させて微笑んだ。
「いえ、僕が心細かっただけなんで気にしないで——」
「えっ……?」
「ください……? どうしましたか?」
彼が話している途中で声を漏らした翠。
そんな翠に彼は不思議そうに首をかしげる。
しかし、翠にはそれに答える余裕など無くなっていた。
それは、目の前にいるのがよく知っている人物だったからだ。
(なんで気が付かなかったんだろう……)
今思えば、聞き覚えのある声のような気がしていた。
(…………
自分によく似た黒髪に、自分より男性らしくもそれでいて整った顔つき。
高宮
翠を連れ出してくれたのは、学校の制服を着た自分の弟だった。
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