第11話 いや、おかしくない?
蓮華は今、何とも言えない気持ちになっていた。
翠が女装していても自然体でいられるようにするため、大勢の人の前に出ることで女装している事に慣れること。
それが元々の蓮華の目的だ。
本来、文化祭に一緒に行くことになるのは想定してなかったのだ。
しかし、翠を女装させ、なおかつ外出させるために恭平を頼ったところ、彼から文化祭の情報を得ることができた。
そのうえ、彼には文化祭のチケットを手に入れる当てがあり、面白そうという理由で翠を女装させることに賛成だったのも幸運だったといえる。
そこから鈴原さんと連絡を取ることになり、チケットを用意できたと連絡を貰って、最終的に翠と二人で文化祭をまわることが出来るという状況になったわけだ。
予定以上の成果だといえるし、これ以上求めるのはいけないような気もする。
しかし、これ以上を求めたいのが乙女心といえるわけで……
一緒に出店を回って。
一緒にクラスでごとに違う催しを楽しんで。
些細なことを二人並んで笑い合う。
蓮華としてはそういうことがしたかったのだ。
なのに——
「一緒に文化祭回らない?」
目の前に立ちふさがる男子の二人組。
その二人のせいで、蓮華の理想には早くも暗雲が立ち込めていた。
「い、いや、俺たちは二人で回るんで……」
二人の誘いを苦い笑みを浮かべながら断っている翠。
ちなみに、これで三組目だ。
これほど明らかな誘いは初めてだけど、すでに二組から声をかけられている。
最初は顔を赤く染めた少年三人組だった。
身長が蓮華たちをと同じくらいだったから中学生だろう。
彼らは顔を真っ赤に染めながら「ここにはどう行けばいいんですか?」と場所を
二組目は同級生。
蓮華とも翠ともクラスは違うけど、学校で見かけたことがある。
場所を
蓮華も最初は翠を助けないといけないと思っていた。
しかし、相手が中学生だと分かったせいなのか、彼は中学生の持っていたパンフレットを見せてもらうと丁寧に場所への道のりの説明をはじめたのだ。
どうやら年下相手ならそんなに緊張しないらしい。
そして、蓮華がホッとしたのもつかの間、すぐに二組目がやって来ると、翠は中学生で多少慣れたのか、同級生にも丁寧に説明を始めてしまった。
……声をかけても丁寧に相手をしてくれる。
そう思われてしまったのだろう。
その結果が今の状況というわけだ。
「そう言わずにさあ、一緒に回った方が楽しくない?」
「そう言われても……」
グイグイ来る二人組に、翠は助けを求めるように蓮華を見た。
さすがに年上相手は分が悪いのか、翠の顔には余裕が無い。
「…………」
ただ、蓮華は何か言葉を発する気になれなかった。
蓮華は目の前の二人組の目を見る。
(やっぱり……)
蓮華は自身の容姿が優れている方だという自覚がある。
そのため、視線には敏感な方だ。
顔を見る視線、胸元を見る視線、足を見る視線。いろいろな視線に気づいてきた。
だから、今回もじろじろ見られると思っていたけれど、今回に限ってはあまり見られない。
では、彼らの視線はどこに集中しているのか?
「あっちの方で結構うまい焼きそばとか売ってたんだよ。一緒に行かない?」
こちらに話しかけてくる二人の視線の動きを追う。
すると、彼らの視線はもう露骨に翠に囚われていた。
(……いや、おかしくない?)
相手からしてみれば女子二人組。
とりあえず女子に焼きそばを薦めるというちょっとズレた考えは置いといて、露骨に一人に視線を集中させるのは逆に失礼なのではないだろうか?
「いや、そのぉ……」
蓮華が視線を追っている間にも迫られていた翠は、何度も二人組と蓮華とで視線を往復させる。
翠はその仕草が逆にギャップとして視線を集中させる要因になっているのに気付いていないのだ。
(この人たちに高宮君が男だって言ったらどうなるかな?)
少し悪い考えが頭に浮かぶ。
(逆に変な性癖を目覚めさせるかも……やめやめ! 考えるの止めよう)
脳内に意図せずして思い浮かぶ映像を蓮華は頭の中で否定する。
……これ以上考えてしまったらヤバそうだ。
目を閉じ、フゥと息を吐き出すのと共に頭に浮かんだ邪な考えを頭から追い出す。
そうして翠に目を向ければ、彼の眉はすでにハの字になって蓮華を凝視していた。
どうやら少し放置しすぎてしまったらしい。
とはいえ、キッパリと断れない翠にも原因はあると思うが。
(まあ、このまま付きまとわれても困るし……)
少し考える。
たぶん普通に断るだけではあの二人は食い下がって来るだろう。
せっかく翠と二人きりでまわれる機会なのだ。そんなことで時間を取られたくはない。
(よし! 決めた!)
蓮華はバックの中を漁り、中に入っていた水の入っているペットボトルを取り出す。
そして、そのペットボトルの蓋を開けたところで。
「あっ!?」
ペットボトルを足元に落とした。
「へっ?」
翠から気の抜けた声が漏れる。
その間にもペットボトルはゆっくりと回転しながら地面へと近づいていき、やがて地面にぶつかるとその中身を吐き出した。
まき散らされる液体。
それは、容赦なく二人組の足元を濡らす。
「「うおっ!」」
足を濡らす水に驚いて二人組の視線が落ちる。
その隙を見逃さず蓮華はすぐにペットボトルを拾い上げると。
「いくよっ!」
「ちょっ?」
突然のことに呆けている翠の手を掴んで走り出した。
「「ちょっと!?」」
二人組の声を無視して走り続ける。
人ごみに紛れるように人の多い隙間を潜り抜け、時に曲がり、時にまっすぐに走り抜けてたどり着いたのは人の少ない建物の前。
蓮華は建物を確認することもなく入口へ向かっていく。
入口にたどり着くと、お化けの仮装をした少女が立っていた。
握っている翠の手が少しばかり硬直した気がするけれど、気にせず少女に声をかけて建物の中へ。
建物の中は照明が点いていないうえ、窓もカーテンで隠しているのかとても薄暗い。
一瞬、入ってはいけないところなのかと疑いもしたけれど、入り口に人が立っていたのでそれもないだろう。
(お化け屋敷かな?)
蓮華は中の様子からこの建物の出し物にあたりをつける。
勢いで入ってしまったけれど、ここならあの二人組も追いかけてこないだろう。
そう判断した蓮華はようやく翠の手を放した。
「ふぅ……これで大丈夫!」
「…………」
走ったせいで崩れてしまった前髪を直して翠へ笑いかけるが、当の翠は押し黙ったまま辺りを落ち着きなく見回している。
そして、最終的にはその視線は入口に向かって固定された。
しかし、入口はすでに閉ざされている。
それでも翠の視線は入り口に固定されたままだ。
(ああ……そういうこと)
翠の様子を不思議に思っていた蓮華はここでようやく気付いた。
翠の体が僅かだが、確実に震えている。
つまり、そういうことだろう。
とはいえ、入ってしまった以上は出口を目指さないといけない。
入り口から外へ声をかけてみれば出られるかもしれないけれど、目の前に撮り高がある以上、蓮華としてはさせたくないという思いもあるが。
「とりあえず、このままいるわけにもいかないから進まない?」
蓮華は震える翠に気が付いてない振りをすることにした。。
(高いカメラ持ってきてよかった……)
カメラには暗いところでも取れるような機能がある。
蓮華は密かに笑みを深めるとカメラをしっかりと握りしめた。
(高宮君の可愛い反応が見れるかもしれないし……)
……こっち方が本音なのは内緒だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます