第8.5話 幕間 その日の夜に




「——っていうことがあったんだ!」


 翠を着せ替え人形にした日の夜。

 打ち合わせに遅れて大目玉を食らった蓮華は、傷ついた心を癒すようにカメラの前で今日あった出来事を話していた。


『羨ましい!』


『いや、一番羨ましいのは一緒にいた男だろ?』 


『スイちゃんの幼馴染でレンちゃんにも会ったって奴か』


『それな! しかも、そいつ彼女いるんだろ? 羨ましい……』


『それ、ただの嫉妬だろwww』


 PCの画面に流れるコメントの数々。

 

 今、蓮華がおこなっているのはライブ配信だ。

 カメラとPCの前でコメントを見ながら会話するだけという簡単なものだが、それでも百人以上の人がこの配信を見てくれている。

 蓮華は順番に流れていくコメントを目で追っては笑みを深めた。


「まあ、でも彼のおかげでスイのいろんな格好が見れたからね! みんなはそんなに責めちゃだめだよ?」


 チケットの事や文化祭の事は言えないため、蓮華は翠の着せ替えをメインに話を進めていく。

 しかし、視聴者の嫉妬は深いようで。


『それが一番羨ましい!』


『見てみたかった!!!』


『というか、スイちゃんにスク水とか犯罪だろwww』


『二人に会うのはムカつくけど、スク水を渡そうとするセンスは良い』


『それなwww』


 羨ましいが七割、恭平を褒めるのが三割といったところか。

 男子の事を話題に出して大丈夫かと心配していたのだが、とりあえずは受け入れられているらしい。

 蓮華は視聴者に気付かれない様に胸を撫で下ろした。


「いやぁ、私も驚いたよ……いきなりスイの元に向かっていったと思ったら手にスク水持ってるんだもん。店の中じゃなかったら通報ものだったよ!」


 今思い出しても吹き出してしまいそうになる。

 翠には悪いとは思うけれど、今日はとても楽しかった。


 中性的で端正な顔つきをしている翠。

 彼は体つきも細く、女性ものの服も難なく着こなせてしまうのだ。

 声も年頃の男子と比べて高めで、女装してしまうと完全に女子にしか見えない。

 そのせいで、選ぶ側も歯止めが効かなくなってしまったが。


「ふふふっ!」


 気付かないうちに声を出して笑ってしまっていた。

 蓮華はそれに気づくと「コホン」と咳払い。


「でもスイもずるいよね? 手も足も細いし、スタイルもいいからいろんな服が似合うし……」


 着せ替え中の翠を思い出して腕組み。


 ……男子であれはずるいと思う。


 スタイルはともかく、スラリと伸びた手足の綺麗さは蓮華以上だ。

 蓮華は彼が男だと分かっているからこんな感想だが、それを知らない視聴者側は——


『それはレンちゃんもじゃ……』


『スイちゃんは胸が……』


『まな板? 壁? いや、絶壁?』


『胸は勝ってる……』


『まな板は止めろwww』


 翠の胸まわりを残念がるコメントが多数見受けられた。

 時折見えるのは女性視聴者だろうか。


(高宮君が男だって知ったらどんな顔するのかな?)


 少し気になってしまうけれど話せるわけもなく、蓮華はコメントを見て愛想笑い。


「あははは、もう少ししたら二人で配信もあるかもしれないから、間違ってもスイの見てるとこでこんなコメントしないでね?」


 必ずといっていいほど翠が見たら動揺する。

 そう考えた蓮華は先んじて釘をさしておく。


『了解であります!』


『一人称が俺なのに胸を気にしてる姿を想像したら興奮した』


『おい……』


『通報したw』


 安心していいのか分からないコメントの数々。

 蓮華は頬をほころばせながらコメントを眺めていく。


 二人のライブ配信を楽しみにしている人や胸のコメントを見た翠の反応を予測している人。様々なコメントが書かれては流れていく中で。


『でも大丈夫? このままいくと何か書かれるんじゃない?』


 おそらくは心配してなのだろうが、少々不穏なコメントが蓮華の目に映った。

 そして、そのコメントが現れてから流れてくるコメントが少しずつ変わっていく。


『確かに心配かも』


『最近は「落ち着け」とかのコメントも多くなってきたしな』


『うーん、頑張ってるのは分かるんだけど』


『それな』


『なんかぎこちないんだよなぁ……』


 批評までとはいかないものの、少しばかり微妙な視聴者の反応。

 蓮華はそれらのコメントに苦い顔をするが、すぐに切り替えて明るい声を出した。


「はい、そこまで! スイは人前に出るの苦手だからまだああだけど、今日はそれの改善のためでもあったんだからすぐに良くなるよ!」


 実際、今日の翠は自然に笑えていた。

 たしかに荒療治ではあったけれど、あの着せ替えショーも意味があったはずだ。

 それに——


「月末にもっと人の多いところに行く約束したからね! そうしたら完璧だよ!」


 月末にまた出かけると約束したのだ。

 そうすれば、翠もかなり慣れてくれるはず。


「みんな期待しててね! 次は撮影してくるから!」


 月末への期待からか、それともこれからの撮影への期待からか。

 蓮華は両手を合わせるとカメラに満面の笑みを向けた。


 次の瞬間——


『期待してる!』


『まってる!』


『レンちゃん女の顔してるwww』


『おいこら』


『メス顔か?』


『百合か!?』


『いいぞもっとやれw』


『興奮したwww』


『ありがとうございます』


 コメントが一気に加速した。


 追うのも一苦労になってきたコメントの数々。

 そんな大量のコメントの中には蓮華としても見逃せない言葉があって。


「メス顔ってなに!? そんな顔してないよ!?」


 バンとテーブルを叩きながら蓮華は抗議の声を上げる。

 しかし、画面上の視聴者は蓮華の言葉を聞き入れてはくれなかった。


『いやいやwww』


『顔赤いよ!』


『照れてるw』


「照れてないっ!!!!」


 声を荒げる蓮華。

 その声は日を跨ぐ直前まで静かな住宅街を賑やかに彩っていた。


 ——我慢の限界に達した母の「うるさい!」が聞こえてくるまで。

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