第7話 着せ替え人形の気持ちが分かったかもしれない……




「お待たせ!」

 

 大量の服を抱えた蓮華が戻ってくると、翠はまだ椅子に座っていた。


 両手に抱えた服の山。

 その山を見た翠の頬が若干引きつっていたのは見ないことにして、蓮華はその山を翠の隣の椅子に置く。

 そして、すぐに山のようにある服のセットから一つ選んで。


「じゃあ、これからお願い」


 笑顔で翠の前に差し出した。

 

 翠は差し出された服を見て何度か瞬き。

 そして数秒。

 スンと翠の目が虚ろに変わる。


「…………分かった……」


 緩慢とした動きで服を受け取り、試着室に入っていく翠。

 そこから翠が着せ替え人形となる時間が始まった。


「…………」


 まずはダークブラウンのニットワンピースにグレーのカーディガン。そして、足元には黒のブーツ。


「…………」


 次はスタイリッシュにレザージャケットとデニムパンツ。足元はデニムに合わせてスニーカーを。


「…………」


 そのまた次は白のブラウスにレザーパンツ。もちろんブーツ。


「…………」


 さらに、そのまた次はグレーのレディーススーツ。大人っぽい魅力が良い感じ。


「…………?」


 レースやフリルをふんだんにあしらったドレス。クールな印象のメイクに合わせるために色は黒で。

 メイクを変えてピンクを着せてみたかった……


「…………??」


 もういっそ原点に帰ろう。

 白のYシャツにデニムパンツ。

 ただし、Yシャツのサイズを大きくして、デニムパンツは抜きで。


(なんかエロい……)


 着せ替えショーの途中、我に返った蓮華は翠を見つめながら「ふむ」と考えた。


 なんでここまで迷走しちゃったんだろう?


 いや、原因は分かっている。


 渡された服を翠は死んだ目をしながらだけど淡々と着替えてくれたのだ。

 それで調子に乗ってしまったのがいけなかったのだろう。

 どんどんヒートアップしていくうちに、いつの間にかファッションではなくコスプレのようになっていた。


 ……そろそろまずいかも。


 冷静になった蓮華は最初に翠が着ていた服へ目を向ける。

 すると、視界の端を人影が通り抜けた。

 蓮華はすぐにその人影を目で追う。


 人影の正体は恭平だった。

 彼は一直線に試着室に立っている翠の元へ歩いていく。


(ん? 何か持って——)


 蓮華は恭平の右手に何かが握られていることに気付いた。

 彼が翠に手渡そうとしているもの。


 それは全体的に濃い青色をした水はけの良さそうな生地で、部分的に白いところがある——


(もしかしてスクみ——)


 何かの正体に気付いた蓮華がすぐに止めようと動き出す。

 しかし、蓮華が止める前にそれは翠の手に渡る。


(さすがにそれは!?)

 

 今の翠は判断力の落ちている状態だ。

 このまま来てしまったらまずいことになる。

 蓮華は翠が着替えるのを止めようと一歩踏み出した。

 次の瞬間。


「次はこれ? ……って、こんなの着れるかぁっ!!」


「ぶふぁっ!?」


 正気に戻った翠の叫び声。

 その声と共に青い衣装が恭平の顔面に炸裂した。

 あまりの勢いに恭平が背中から倒れこむ。


「もう着替えるから!」


 直後、ピシャリとカーテンの奥に翠が消えた。


 シンと静まり返った試着室の前。

 残されたのは顔面にスク水が被さったまま倒れている恭平と。


「あははは……」


 渇いた笑みを浮かべた蓮華だった。




 *   *   *




「着せ替え人形の気持ちが分かった気がする……」


「あはは……ごめんね」


 怒り心頭の翠を必死になだめて落ち着かせた後。

 近くの喫茶店に入った蓮華たちは、いまだに文句を言っている翠のご機嫌取りをしていた。


「そんなこと怒んなって……コーヒーとケーキを奢っただろ?」


「いや、奢ってくれたの星野だし」


「いやぁ、星野様には感謝していますよ! ほんとありがとうございます!」


「あははは……」


 蓮華を拝む恭平とそれを睨みつける翠。

 蓮華はそんな二人に苦笑いするしか出来ない。


「まあでも、練習にはなったんじゃないかな? 最後の方はふざけちゃったけど、最初の方は似合ってたよ?」


 最後の方はともかく、初めの方に着てもらったものはかなり良かった。

 それは選んだ蓮華としても満足している。


(これで衣裳のレパートリーも増えたし)


 最後の方の服は無理だったけど、最初の方に着てもらった服は購入した。

 それらは今、恭平の足元に置いてある。

 お金がなくて奢れない恭平が機嫌を取るために荷物持ちを買って出たという形だ。


「それな! 髪変えるだけでかなり印象が変わるもんだよなぁ……服装が変わるともう別人にしか見えなかったし」


「おい、お前は話変えんなよ」


「大丈夫だよ、私は気にしてないから」


 いまだに視線を鋭くしている翠に蓮華は気にしていないと微笑みかける。

 実際に大した出費ではないし、それよりも——


(佐藤君にはこれからやってもらうこともあるし……)


 これから行う計画の成功の方が重要だ。


 たぶん彼もそれが分かっているからの行動だと思うし、蓮華としてもそうしてもらった方がありがたい。


 ……最近の動画のコメントが最初よりも盛り上がっていない。


 それは、コメントの数からして違っていた。

 批評や酷評はない。

 しかし、コメントにある言葉を見ていれば蓮華には何となくわかる。

 もっとも分かりやすかったのがコメントの数だ。

 最初の動画に比べて、他の動画は最初の動画の半分以下になっていた。


 このままいけば視聴者が離れてしまうこともあり得る。

 だから本当は蓮華から翠へ提案する予定だったのだ。

 しかし、予想外なことに翠自身がそれに気づき、翠が相談した恭平経由で蓮華に話が回ってきた。


 ……思ってたより上手く進んでいる。


 思わず笑みがこぼれそうになりなるけど、それを我慢。


(まずはを渡せるように機嫌を取らないと)


 を持っているのは恭平だ。

 だから蓮華は恭平のフォローも忘れない。


「こうやって佐藤君も荷物持ちをしてくれてるし」


「まあ、星野がいいならいいけど……」


 恭平を見ながら蓮華が笑うと、翠は複雑そうにしながらコーヒーを一口。


「でも、もうやめてくれよな? 今の格好はまだ仕事の内だと思うからいいけど、着せ替え人形になるのはさすがにキツイ」


「あははは……途中から楽しくなってきちゃって」


 哀愁漂う翠の視線に蓮華は気まずそうに視線を逸らす。


(まずい……話を逸らさないと)


 翠の雰囲気がまた暗くなってしまった。

 蓮華はどうにか機嫌を取ろうと考えを巡らす。

 すると、翠の隣に座っている恭平から助け舟が。


「でもお前、そのせいなのか分かんねえけど、今かなり自然に喋れてるぞ」


「へ?」


 恭平の言葉にキョトンと呆気に取られる翠。


 そのせいか、翠から暗い雰囲気が消えた。

 蓮華はこの好機を逃さない様に話に乗る。


「確かにそうかも! 実際にカメラの前にならないと分からないけど、前より良くなってると思うよ!」


「そ、そう?」


「おう! これならいい線いくんじゃねぇか?」


「そっか……」

 

 蓮華たちの言葉が通じてくれたのか、翠は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。


(今だ!)


 翠が嬉しそうにした今がチャンス。

 そう判断した蓮華は恭平にアイコンタクト。

 すると、恭平は微かに頷きポケットから三枚のチケットを取り出した。


「だからよ……せっかくだからもっと人がいるところで大丈夫か試してみねぇか?」


「えっ?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る