第5話 まさかの参戦
「おーい、もうそろそろこっち来いよ」
「やだ」
呆れた顔で見下ろす恭平。
そんな彼にドックカフェの床に座っている翠は素っ気なく即答した。
道中に
だけど、やめてくれと言ったのにもかかわらず、あそこまで追い打ちをかける必要は無いのではないか。
「そもそもお前が連れてきたんだろ? だったらこのままでもいいだろ」
翠は上目遣いで恭平を睨みつける。
翠にとっては最大限の威圧。
しかし、恭平にはあまり効果が無いようで、彼は頬杖をつくと再び翠を見下ろした。
「お前さ……そんな状態で言ってもなんの凄味もないぞ?」
「う……」
翠は恭平の言葉に言葉を詰まらせた。
そして、気まずそうに視線を下に降ろしていく。
ドックカフェの床に正座している翠の膝の上。
そこにはスヤスヤと眠っている子犬たち。
さらには小型犬たちが元気そうに今も翠を見上げている。
続いて翠が周りを見れば、周囲には大中小さまざまな犬たちが翠に集まって来ており、さながら母親に群がる子犬たちのような絵になっていた。
恭平はそんな翠を見下ろしたまま。
「今のお前が言うと可愛いって感想しか浮かんでこないんだけど……」
「う、うるさい……!」
翠は恥ずかしそうにそっぽを向く。
その際少し膝を動かしてしまったのか、眠っていた子犬が身じろぎする。
そんな子犬の様子に翠はすぐさま表情を砕けさせると。
「ごめんなー、少しうるさかったよなー」
満面の笑みで子犬を撫でた。
翠に撫でられた子犬はすぐにひと欠伸。
そして、そのまま頭を降ろして目を閉じた。
それを見て翠の顔がさらに緩むが、すぐにハッとなって不機嫌顔に変わる。
「なにニヤニヤしてんだよ……?」
「別にー」
恭平は翠から視線を逸らすと店内の上の方へ目を向けた。
そんな恭平の様子に、翠は眉をひそめて彼の視線を追う。
恭平の視線の先、そこには時計が掛けられていた。
「時計なんて見てどうしたんだよ?」
翠は視線を恭平に戻す。
次の予定でもあったのだろうか?
しかし、恭平からは何も言われていない。
翠が不思議に思っていると、恭平はけろりとした顔で。
「ん? そろそろかなって思ってさ」
「は? 何が——」
そろそろなんだよ?
そう翠が言おうとした時だった。
「こんにちはっ!」
カランという音と共に響く明るい声。
翠がその声につられて扉の方へ目を向ける。
そこには——
「いやー、結構遅くなっちゃった! ごめんね?」
私服姿の星野が立っていた。
少し明るめなベージュのコートに黒のニット。そして黒と対照的な薄い色合いのスカート。
そんな彼女が翠を見て少し申し訳なさそうに微笑んでいる。
「えっ? なんで?」
茫然とする翠。
なんでここに星野が?
今日は星野と会う約束なんてしていないし、そもそもここは恭平に連れてきてもらった場所だ。
翠がここにいるなんて分かる人間がいるはずが——
「……っ!?」
翠がここで気付く。
(いや、いる……!)
そう、翠のいる場所を知っている人間が一人だけいるのだ。
あとは疑惑から確証にするだけ……
翠はゆっくりと歩いてきている星野に疑惑の眼差しで一言。
「誰に聞いたの?」
ピタリと、星野の足が止まった。
翠が彼女の顔をうかがうと、彼女は視線を彷徨わせている。
「え、えっと……」
そして気まずそうに苦笑い。
だが、翠は見逃さなかった。
星野が視線を彷徨わせている間にチラリと恭平へ視線を向けていたことに。
これで疑惑から確信に変わった。
翠はすぐさま恭平を睨みつける。
「やっぱりお前か……?」
「はははっ! ばれちまったかぁ」
「お前……」
まったく悪びれない恭平に翠は目を細める。
すると、何かを感じ取ったのか翠に集まっていた犬たちが離れていってしまう。
「あっ……」
悲しげな声を漏らす翠。
しかし、犬たちがとどまってくれることはなく、残ったのは翠の膝の上で眠り続けている子犬一匹になってしまった。
翠は切なげに一匹だけ残った子犬を見つめる。
しばらくの間様子を見てみたけれど、この子犬だけは起きそうにない。
翠はホッと胸を撫で下ろして子犬を一度だけ撫でる。
そしてクスリと小さく笑うと、顔を上げて恭平と星野の方へ。
「……で? なんで星野を呼んだんだよ?」
いつ連絡したのかは知らないけど、星野を呼んだのなら何か理由があるはず。
頬を膨らませながら少しだけ低い声を出す翠。
しかし、そんな翠の問いを答えたのは恭平ではなく星野だった。
「えっとね、実は少し前から高宮君の悩みは佐藤君から聞いてたんだ。それでさっき電話貰ったからちょうどいい機会かなって思って来たんだけど……」
そう言って星野は恭平の方を見た。
それを追うように翠の視線が恭平に移動する。
もちろん笑顔で。
「で? 恭平から何か言うことは?」
「いや、目が笑ってないですけど……」
「言うことは?」
有無を言わさない翠。
そんな翠に星野が苦笑いしている中、恭平は流れるような動作で床に膝をつくと。
「どうもすいませんでしたー!」
華麗に土下座をした。
「「…………」」
床に頭を擦り付ける恭平の姿に、さすがに星野だけでなく翠も言葉を失う。
そのまましんと静まりかえって数秒。
「……もういいから頭上げろよ」
先に折れたのは翠だった。
さすがにここまで謝られたのならしょうがない。
翠は腕を組んでため息。
そして恭平が頭を上げたところで。
「これからはちゃんと言ってくれよ?」
翠は優し気に苦笑した。
そんな翠に恭平は何度もうなずく。
「ほら、膝ついてないで座れよ」
「……おう」
ホッとした顔で恭平が立ち上がる。
そして翠に背を向けたところで。
「…………チョロ(ボソッ)」
「ん? 何か言ったか?」
「いんや、なんも言ってねぇよ?」
「そっか」
何か聞こえたような気がしたけれど、空耳だったらしい。
翠は恭平が椅子に座るのを見届けると、いまだに膝の上で眠り続けている子犬を抱き上げた。
名残惜しいけど、いつまでもこうしてはいられない……
翠は子犬を店員さんに預けると、二人が座っているテーブルに向かった。
そして恭平の隣に腰を下ろす。
「星野が来た理由は分かったけど……やっぱり星野も慣れてないのが原因だと思ってるのか?」
「うーん……まあ、そうだね。たしかにぎこちないとは思ってるかな」
「ほら! やっぱり合ってんじゃん!」
「恭平うるさい」
「ひでぇ!」
このまま好き放題しゃべらせると話が進まない。
翠は大げさに傷ついた素振りをする恭平を睨みつける。
「頼むから黙っててくれ」
「はい……」
うなだれる恭平。
翠はそんな彼を見て「良し」と頷くと、星野の方へ向き直った。
「星野はどうしたらいいと思う? 好きでこんな格好してるわけじゃないけど、やる以上はちゃんとしたい」
仕方なく引き受けた側面はあるけれど、すでに翠は『Suiren』の一員だ。
それなら出来ることはやっておきたい。
真剣な眼差しで星野を見つめる翠。
そんな翠に対して、星野の答えは。
「そうだなぁ……なら、もう少し女の子っぽい格好してみない?」
「……………………」
恭平いわく、この世の終わりのような表情をしていたらしい……
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