第2話 最近の悩み




 いつものように翠が投稿された動画をチェックしていた時の事——


『じゃっ! ばいばーい!』


『ば、ばいばいー……』


 翠の持つスマホの画面では二人の少女が手を振っていた。

 正確には一人は少女ではないけど、それは置いておくことにして。


「うーん……」


 翠は自室で一人唸る。

 理由は、動画のコメントを見ていて違和感を感じたから。


「何なんだろ……?」


 コメントには別に誹謗中傷などのマイナスとなる言葉はない。

 星野のチャンネルから来てくれた人たちはすでに常連になっているし、新規でチャンネル登録してくれた人もいる。


 それなのに翠が感じた違和感。

 その原因は現時点では分からない。けれど——


「俺ももう『Suiren』の一員なんだし、少しは役に立たないと」


 関わった以上はちゃんとしたい。

 翠はその一心で違和感の原因について頭を悩ませていく。


 そして、まだ少ない動画の見直しをはじめて。


「あれ?」


 閃くように頭に何かがよぎった。


 画面には『スイ』としての原点となる初めての動画が流れている。

 翠はそこに書かれているコメントを見て。


「一番初めの動画が一番盛り上がってる?」


 説明は難しいけれど翠の目にはそう見えた。


「でも何で……?」


 翠は眉をひそめてスマホを凝視する。


 違和感の正体は分かった。

 けれど、その違和感の原因が分からない。


 動画が終わったところで翠はスマホを置き、腕を組んで再び唸り始める。


 何が原因なんだろう?


 必死に頭を回転させてみるけれど、全く原因は分からない。


「今聞ける人もいないしなぁ……」


 家族には女装して動画に出てるなんて言えるわけないし、恭平はアルバイト。

 頼みの綱である星野も、今の時間は編集や自身の動画撮影を行っているかもしれない。


(今は自分で考えないと……)


 けれど翠には全くいい考えが浮かばなくて……


 結局、翠は胸にモヤモヤを抱えたままその日は眠ることになった。






 そして翌日、学校近くの喫茶店で。


「コメントに盛り上がりが欠ける原因ね……」


「頼む……昨日ずっと考えてたんだけど全く原因がわからなくてさ」


 翠はスマホを見ながら面倒くさそうに寄りかかる恭平に手を合わせた。


 昨日から考えているものの全く原因が分からない上に、そのヒントも見いだせていない翠の表情は真剣そのものだ。

 しかし、恭平は自身のスマホを見続けていて。


「ホント頼むよ……俺じゃ全然分からなくて……」


 必死に懇願する翠。

 すると、ようやく翠の想いが届いたのか恭平は視線をスマホから翠に移すと。


「星野には聞かなかったのかよ? あいつの方が良く分かってるんじゃねぇの?」


「それは……」


 言葉に詰まる。


 恭平の言っていることは正論だ。

 動画に対しては当たり前だけど恭平よりも星野の方が詳しい。だから、翠の悩んでいる原因についても知っているかもしれない。


 それは翠自身も分かっている。

 分かっているけど……


「おい、どうなんだよ?」


 何も発さない翠の様子に恭平の眉が怪訝そうに歪む。

 すると、翠は気まずそうに視線を横にスライドさせて。


「き、聞いてない……」


「はぁ!? なんでだよ! こういうのは星野の方が詳しいだろ?」


「だって……」


 翠は恭平と目を合わせないまま。


「星野は自分の動画撮影とか、編集とかあるし……迷惑かけるかなって……」


 ぼそぼそと理由を話し始める。

 その理由に恭平は目をぱちくりとさせるが、次第に呆れたように翠を半眼で見つめて。


「つまり、俺には迷惑かけていいと?」


「い、いや、そういうわけじゃ……」


「じゃあどういうわけだよ? 俺だって予定くらいあるんだぜ」


「う……」


 細められた恭平の視線に翠が声を詰まらせる。。

 そんな状態で一秒、二秒と時間が経ち、翠の額から汗が伝ったところで。


「はははっ! 冗談だよ!」


「へ……?」


 恭平が楽し気に笑い出した。

 そんな彼に翠は目を瞬かせるが、当の本にはそんなこと気にすることもなく。


「そんなことで俺が怒るわけないだろ? 俺とお前の仲じゃないかよ!」


「…………」


 つまり揶揄からかっただけ……


 翠はふるふると震えだす。

 しかし、恭平はそんな翠の様子に気付くことなく笑いながら。


「焦っただろ? こうしたらお前は焦るかなって思ったんだよな。やっぱりお前を揶揄からかうとおもしろ、い?」


 言葉の最後を詰まらせた恭平。

 ようやく翠から発せられる威圧感に気付いたようだ。


「お、おい翠……そ、そんな——」


「おい……」


 細められる眼光。

 信じられないほど低い声で翠は恭平を震え上がらせる。


 しかし、今回ばかりは翠にとって分が悪かった。


「ま、まて! げ、原因が知りたいんだろ? 止めないと教えてやんねえぞ!」


「う……」


 慌てて恭平がまくし立てたところで、立ち上がろうとしていた翠はピタリと動きを止めた。


 そして悩む。


 頼んでいるのは自分の方なのに怒るのはどうなのだろうか?


「わかったよ……」


 答えを出した翠がカップに口をつければ、恭平が安心したように息を吐く。


 しかし、このままでは済まさない。

 そのために翠は恭平を睨みつけると。


「じゃあ教えてくれ。適当なこと言ったら承知しないからな」


「わかったわかった」


 自身の有利を悟ったのか、先程までが嘘みたいに軽い様子で手をひらひらと揺らす恭平。

 続いて恭平は腕を組んで椅子に寄りかかるとニヤリと口角を上げた。


「そうだなぁ……ただ、その前に」


 テーブルの端にあるメニューをチラリ。


「そういや美穂から聞いたんだけど……ここ最近新しいパフェ出したらしいんだよなぁー」


(こいつぅ……)


 しらじらしい態度で言ってのける恭平を翠は恨めしげに睨みつけた。


 一度許しただけでここまでつけ上がるとは……


 いっそのこと帰ってしまいたいが、ここで帰ってしまっては恭平の意見を聞くことが出来ない。

 翠は「帰る!」という言葉を必死に飲みこむと、顔を笑みに変えて。


「いつか覚えてろよ♪」


「いや本心出てんぞ……」


「うるせぇ♪」


「いや……」


「早く言え……♪」

 

 ニッコリと。

 謎に圧力のある笑みを向け続ける翠に。

 

「はぁ……わかったって」


 恭平は負けたと言わんばかりにガシガシと頭をかく。


「少しからかっただけじゃねぇか……」


 小声でつぶやく恭平。

 しかし、いまだに怖い笑みを張り付けている翠の表情を窺うと、すぐに渇いた笑み浮かべて。


「ははは……何でもねぇよ?」


「…………」


「はぁ……」


 翠の早くしろと言わんばかりの眼光。

 それに敗北したのか、さすがにもうふざけている場合じゃないと判断したのか、恭平はコーヒーを飲み干してから。


「じゃあ、こっからは真面目に話すぞ? さっきも見てて思ったんだけど——」


「見てたのかよ……」


 話途中で言葉を漏らす翠。

 そんな翠に恭平は呆れたように眉を上げて。


「あ? 当たり前だろ、じゃなかったらわざわざお前を無視なんてしねぇっての」


 再びスマホに目を向けた。


 頼み込む翠を無視して何を見ていたのかと思っていたら、どうやらすでに動画を見直してくれていたようだ。


(素直に感謝はしないけど……)


 感謝すると調子に乗るからしたくない。

 そんな何ともいえない顔をする翠をよそに、恭平はスマホから翠へ視線を戻すと。


「まあ俺が思うにだけどよ、最近のお前はなんかわざとらしいんだよなぁ……なんつーか女子っぽくしてるっていうか、なんか意識してるっていうか」


「…………」


「個人的な感想だけどよ? 初めの動画の方が自然体だったと思うぜ……何か思い当ったりしねえか?」


 恭平はスマホを置くとまっすぐに翠を見据えた。


 全然気付かなかった……


 たしかにそうかもしれない。

 まだ動画に出始めて少ししか経っていないけど、最初の動画以外はどうするか一生懸命考えていた気がする。

 それに対して、初めての動画撮影では言われたことに答えることに一生懸命になっていた。


 モヤモヤとしていたものがストンと胸に落ちる。


 だけど——


「どうすればいいんだ……?」


 今度は別の問題が発生してしまった。

 自然体と言われてもどうすればいいのか分からないのだ。


 頭を抱える翠。

 しかし、そんな翠を見ていた恭平はケロッとした顔で。


「そんなの慣れるしかないだろ」


「へ……?」


「だって女装してることに慣れてねえから意識するんだろ? だったら慣れればいいだけじゃねぇか」


「それは……そうかもしれないけど……」


 嫌な予感がする……


 恭平の笑みに悪寒が走った翠は足元に置かれたカバンに目を向けるが。


「なに帰ろうとしてんだよ」


「くっ……」


 翠の行動を察知していた恭平はすでに翠のバックを足で手繰り寄せていて。


「俺に何をさせる気だよ……?」


「そんなの簡単だよぉ……」


 憎らしげに告げる翠に恭平の笑みが深くなる。

 そして、翠に今日一番の悪寒が走ったところで。


「今度の休み一緒に遊ぼうぜ?」


「へっ?」


「女装して」


「んえ……?」


 変な声が出た。

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