第11話 絶対に嫌で、絶対に必要なこと




 陥落してうなだれる翠の隣で——


「さて、話もまとまったし今度は動画撮影について話そっか」


「…………」


 パンッと手を叩いた星野が明るい声を出す。

 しかし、翠は頭を上げることができなくて。


「もー! なんでうじうじしてんの! 動画撮影した時は私を手伝ってくれるって言ったじゃん!」


「いや、それは蓮華が悪いんじゃ……」


 うなだれる翠の背中を揺する星野。

 彼女の父親は、そんな娘の行動に何とも言えない顔をして口を挟む。

 だが、彼の言葉では彼女は止まらない。


「お父さんは黙ってて!」


 ギロリと——


 星野は社長であるはずの人を睨みつける。


「私本当に嬉しかったんだよ? 私を手伝いたいって言ってくれて」


 星野が再び翠へ目を向ければ、ここでピクリと翠が反応。

 それを見逃さなかった星野は目を潤ませて。


「たしかに女装させたのは悪かったって思ってる。それは……ごめんなさい……でも、こうなった以上は高宮君に頑張ってもらうしかないの……」


「いや、それもれ——」


「だから! 少し頑張ってみない? 高宮君が女装しているのが広まるわけじゃないし、ここにはわざと広める人もいないから」


「い——」


「それに私たちを見てくれた人たちのコメントも見たでしょ? 皆私たちを必要としてくれる。だから少しだけ……少しだけ私と頑張ってみよ?」


「…………」


 沈黙。

 その沈黙に星野は眉を歪ませるが。


「…………」


 ゆっくりと、翠は顔を上げて。


「……わかった」


「ほんと?」


「うん……」


 本音を言えば断りたい。

 それでも、一度した約束を反故にしたくない。

 だから——


「や——」


 やるよ——そう翠が口にしようとした瞬間。


「ありがとぉぉぉぉぉっっ!!!」


 翠の視界が真っ黒に染まった。


「……っ!?」


「よかったぁ……ほんとに断られたらどうしようかって怖かったんだよ!」


「蓮華ぇ!?」


「受けてくれて本当に嬉しい! これから二人で頑張ろう!」


「————、————!!」


(息がっ!? それに……!!!???)


 顔面に感じる柔らかさと匂いに頭が真っ白になった翠が暴れるが、ガッチリとホールドされた頭は外れることがなく。

 それどころか星野はガタッと腰を上げる父親を気にも留めずに腕の力をさらに強める。

 すると、翠を押しつぶす圧力はさらに強まって。


「—————!?」


 完全に息が出来なくなった。

 それでパニックになった翠は体を暴れさせ。


「————っ!!!」


 その腕を振り上げた。


「「……っ!?」」


 密着している状態で腕を下から振り上げる。

 そして今、翠を抱きしめている星野は学校に制服だ。

 そしてもちろん、二人の通っている高校の女子の制服はスカートで。


「…………?」


 ハラリ——


 不意に下半身に感じる風。

 翠を抱きしめたままの星野は、ゆっくりとその視線を下に降ろすと。


「—————っ!!!!????」


 即座に翠から離れた彼女は自身のスカートを抑える。


「はぁ、はぁ……」


 ようやく解放された翠はやっとできた呼吸に息を整えると。


「ほ、星野……?」


「……………高宮君……」


「…………」


 キッと赤面した星野が翠を睨みつけるが、翠には何のことか分からない。

 しかし、彼女からは言いようのない圧を感じて。


「ごめんなさい」


 翠はすぐに頭を下げた。


「…………」


 それでも何も言わない星野に翠は頭を上げられない。

 沈黙が部屋を支配し、翠の額から汗が伝う。


(うう……なんか星野が怖いんだけど……)


 自分は何をしてしまったのか?


 抱きしめられたせいで赤くなった顔はすでに恐怖で青に変わりつつある。

 そんな中、翠がチラリと様子を窺うと。




「ハァ……もういいから顔を上げて」


 星野はため息をつきながら困ったように微笑んでいた。


 ゆっくりと顔を上げる。

 すると彼女は笑みが、再び圧を感じさせる怖い笑みに変わって。


「とりあえず許してあげるから、この後ちゃんと付き合ってね」


「は、はい」


「よし! じゃあさっそく行こっか?」


「えっ?」


 いきなり立ち上がって扉へ向かう星野。

 彼女は扉の前で振り返って。


「ほら! 行こう!」


「ちょっ!?」


 パタン……

 翠が何かを言う前に扉が閉まる。


「…………」


 唖然とする翠。

 しかし、すぐに我を取り戻すと。


「すいません社長!」


 ソファに座ったままの社長にぺこりと頭を下げてから部屋を飛び出した。


「待ってって!」


「あっ、来たね」

 

 飛び出すと、星野は扉の横に寄りかかっていた。

 翠を見た彼女はニコリと口角を上げると、廊下の先を指さして。


「ほら、こっちだよ」


「いや、説明してくれって」


「それは後で説明するから」


 そのままスタスタと歩いていく星野。

 翠はそんな彼女について行き、エレベーターに乗って下の階へ。

 そして少し歩くと。


「ここだよ」


 連れていかれたのは何も書かれていない扉の前。


「ここって何の部屋なの?」


「それはいいから、ほら入って入って~」


「あ、うん……」


 翠は怪訝な目を向けながらも扉を開く。

 当然部屋の中は薄暗く、明かりをつけてもらおうと翠が振り向こうとすると。


「うわっ!?」


 突然背中を押されて部屋の中に押し込まれた。


「そんな押さなくたって……」


「…………」


 部屋の扉が閉まり、部屋が真っ暗になったところで明かりが点く。

 部屋にはTVで偶に見る芸能人の楽屋のような、机に一面の鏡が備えられていた。


(なんだっけ?)


 何のために使う物だったか?

 翠が記憶をたどると。


「……っ!?」


 脳内に嫌な予感が走る。

 そんな翠が振り返ろうとしたところで。


 ガチャリ……


「はっ……?」


 何やら不穏な音が響く。

 翠が振り返ったところには、満面の笑みを浮かべた星野がいて。


「な、なんのつもりでしょうか……?」


「うーん、なんだろうねぇ?」


 ニコニコとしながらその距離を詰める星野。

 翠はジリジリと後退りながら距離を離そうと足掻く。

 しかし、部屋はそんな大きくはなく。


「……!?」


 背中に感じる固い感触。


 追い詰めたのを確信した星野は翠のすぐ横の引き出しを開ける。

 そこには様々な化粧道具が入っていて。


「ちょうどそこが私の引き出しなんだ」


「ひっ……」


「付き合ってくれるって約束したよね?」


 星野は次々と道具を取り出していくと。


「毎回私が高宮君にメイクするわけにはいかないからね。今日はこの間高宮君にしたメイクを覚えてもらうよ」


「や、やめ……」


「大丈夫怖くないから」


「い、嫌だ……」


「私が立派な女にしてあげる」


「……助けて……たす…………」


「さあ観念して!」


「—————————っ!!!!」


 翠は声にならない絶叫を上げた。






 そして一時間後——



「よし! 完璧!!」


 満足げに額をぬぐう星野の前で。


「しくしく……」


 綺麗な女の子になった翠が座り込んですすり泣いていた。






 作者の挨拶——


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