第12話 この日が始まり……
俺が女装して動画を撮ることになってから数日が経った。
その間にはいろいろなことがあったけれど、それを書き記すのはまた今度にしようと思う。
今日は俺が星野の相棒として共に歩き出す日だ。
初めての動画ではいい評価だったけれど、今後はどうなるか分からない。
そんな不安もあるけれど、今は少しだけ興奮している自分がいる。
別に大した趣味は無く、日々のアルバイトと家事をこなす日々……
恭平と遊んだりすることはあったけれど、それも月に何回か。
そんな俺が星野と一緒に動画を撮ることで、彼女のように何か一生懸命に打ち込めるものを見つけることが出来るのだろか?
見つかるかは分からないけれど、とりあえずは彼女を手伝っていきたいとは思う。
それで————————————
「お待たせ!」
不意に掛けられた声に翠が頭を上げれば、目の前にはすでに星野が座っていた。
どうやら撮影準備を終えたようだ。
「いや、こっちこそ全部やらせちゃってごめん」
「いいの、いいの! 高宮君はまだ分からないでしょ? 準備くらいは私がやるからそんな頭を下げないで!」
何でもない様に手を振る星野。
彼女は翠がスマホを持っていることに気付くと。
「あれ? 何か見てたの?」
「いや、ほら……今日から動画を撮影していくだろ? なんとなくそのことを記録していこうと思って」
翠はさりげなくスマホをポケットにしまう。
そして星野の顔を見れば。
「何その顔……?」
「ん? いやー、真面目だなぁって思って」
「そう?」
ニコニコと翠を見つめる彼女の意味ありげな笑み。
なんでそんな顔で見るのか?
翠には全く分からないが、何やら楽しそうだからほっとくことにして。
「まあ、いいや……いちいち反応してたらこっちの体がもたないし」
「えー、それひどくない!?」
「いや、ひどくないでしょ……ここまでどれだけ苦労したか……」
クスクスと笑う星野を翠は半眼で見つめる。
そして思い出すのはここまでの準備でされてきたこと。
ブルっと体を震わせた翠はため息をついて。
「それよりも準備終わったなら打合せしようよ」
「そう言ったって今回は前回の自己紹介動画のリベンジだよ? そんな打合せすることなくない?」
「そんなことないでしょ……だってこれからの動画は星野のチャンネルとは別にするって言ってたし、そうしたら収益をもらえるまで条件があるんだろ? そしたらきちんとやらないと……」
別にもうお金の為だと思ってはいないが、せっかくやる以上はちゃんとやっておきたい。
そう話す翠に星野は椅子に寄りかかると。
「あははは! そんな心配しなくたって大丈夫だって! まあ、高宮君ももう『Suiren』の一員だし心配なのは分かるけど……高宮君は決まった金額貰ってるんだから良くない?」
「いや、良くないだろ……」
一員になった以上、不義理なことはしたくない。
しかし、翠のそんな考えは星野には伝わらないらしい。
「大丈夫だよ、たぶん! 私のチャンネルでもう告知してるし、たぶん皆来てくれるよ?」
「いや、そのたぶんが怖いんだって!」
「えー……」
どうしても打合せしたくない様子の星野。
「逆になんでそんなに打合せしたくないんだよ……」
「えー、だって——」
星野はそっと目を背けて。
「そっちの方が絶対面白いし……(ボソッ)」
「えっ?」
「いや、何でもない!」
「絶対なんか言ったよな!?」
立ち上がって抗議する翠。
しかし、星野は目を合わせることなく。
「……だって面倒くさいし……」
「いや、それはそうかもしれないけど……でも、初めなんだし、ちゃんとやらないと……」
目の前の少女の雰囲気に気まずくなった翠が頭をかきながら腰を下ろすと。
「チョロ……(ボソッ)」
「またぁっ!?」
「あはははははっ!!」
再び立ち上がった翠に、星野は楽しそうに笑う。
「何でもないって! それよりも早く撮ろうよ! 私、今日を楽しみにしてたんだから!」
「え、ちょっと!?」
立ち上がり、足早にカメラに向かう星野。
慌てて翠が制止しようとするが、彼女は聞く耳を持たなくて。
「ほら! カメラ回したよ?」
「はぁっ!?」
「やっぱり視聴者さんは生の反応の方が楽しいんだから、自己紹介くらいで打合せしてたら勿体ないって! そういうのはもっとまじめな企画で!」
駆け足で翠の元へ戻ってきた星野は、その勢いのまま椅子に座ると。
「皆さんこんにちは! レンだよ!」
ニコニコと笑みを浮かべたまま始まりの言葉を告げる。
どうやら本当に楽しみにしていたらしい。
そう思えるほど彼女の笑顔は輝いていて。
「ほらっ……」
不意に肘辺り叩かれる。
そこには翠を見つめる星野が。
「……うん」
翠は息を吐きだすと、次第にその表情を笑みに変える。
それは、初めの時とは違う自然な笑みで。
「スイです」
隣を見れば、頼もしい相棒は嬉しそうに頷く。
そして——
「「今日から二人で動画投稿活動を始めるよ! チャンネル名は『Water lily』! よろしくね!」」
————————————それで。
それで何かを見つけられたなら、たぶん俺はやってよかったと胸を撫で下ろすんだろう。
もし見つけられなかったらどうなるだろうか?
それはわからないけど、きっとこの活動の事はずっと忘れないと思う。
だって彼女の顔は輝いていて……俺はその輝きのおかげでこうして自分のやりたいかもしれないことを、そのきっかけを見つけられたから。
確かに女装させられたことは嫌だったし、今でも複雑だけど……
それでもいつか、それが思い出になった時に俺はたぶん笑えると思う。
その時に、まだ隣で彼女がその顔を輝かせていたなら、そして、俺がその手助けを続けていたのなら。
この活動こそが俺のやりたかったことなのかな?
それなら本当に嬉しい。
このあたりで今日の記録は止めようと思う。
どうか、この記録を星野に見られませんように—————
作者の挨拶——
ここまでお付き合いしてくださった皆様、本当にありがとうございました!!!!
「こんな話が読みたい」「こんな話はどうか?」などの要望がありましたら、参考にしてお話を書きますので、ここの感想か、作者のページにTwitterのリンクがありますので、そこの固定ツイートにリプしていただければ幸いです。
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