第4話 社長と対面……
扉をくぐると、初めに目に着いたのはファイルの詰まった本棚と紙の束が積んであるデスクだった。
次に目に入ったのはデスクの手前に備え付けられたソファ。
そこには一人の男性が腰掛けていて。
「初めましてだね」
少し老いを感じさせながらも、優し気な目と笑顔で翠を迎え入れる男性。
彼は翠から対面に設けられたソファに視線を移して。
「とりあえず座って」
「……分かりました」
よかった……
社長と聞いて厳しそうな人を想像していた翠は、男性の優しげな雰囲気に胸を撫で下ろした。
そして促されるままにソファに腰掛けると、続いて隣に星野が腰掛ける。
「では改めて……『Suiren』社長の星野 剛です。高宮君だったね、娘がお世話になっています」
翠たちが座ったところで深々と頭を下げる男性。
高校生に向かって頭を下げる社長というのも見慣れないものではある。
しかし、それよりも気になることがあって——
「……えっ?」
翠は隣にいる少女を見ると。
「……娘?」
「そう、娘」
「うん、ちょっと待って……」
翠は素直に頷いた星野を手で制すと。
(なんで親紹介されてんのぉぉ!!!)
頭を抱えた。
(俺はなんで大きいビルの一室で知り合いに親紹介されてんの? しかも社長室だよここ!? というか何でこんなことになってんの!?)
目の前の社長が不思議そうに見つめているが、すでに頭の容量が一杯になっている翠にはそれを気にする余裕はなく。
(いや、落ち着け俺。知り合いの所属している事務所の社長が親だっただけじゃないか。落ち着け、落ち着け……)
目を閉じて大きく深呼吸をすれば、部屋に充満している紙の匂いが心を落ち着かせていく。
そうして気持ちを落ち着かせた翠はキリっとした顔を目の前の男性に向けて。
「すいません。こんなところに来たの初めてだったので取り乱しました」
「い、いえ……大丈夫ですよ」
急変した翠の様子に苦笑する社長。
彼は翠が落ち着くのを待っていたようだが、星野はそれを待てないようで。
「お父さん、高宮君も落ち着いたみたいだし話始めようよ」
身を乗り出して告げる星野。
そんな彼女の言葉に社長はため息をついた。
「……蓮華は少し待つことを覚えなさい」
頭を抱えながら深い息を吐く社長。
彼はソファに座りなおすと再び口を開いた。
「申し訳ありませんが、話を始めてもよろしいですか?」
ゆっくりと。
落ち着かせるように丁寧に社長は翠に問いかける。
しかし社長の優しさは翠には届かず、翠は慌ててソファに座りなおして。
「あ、はいっ、お願いします」
ぺこりと会釈。
その様子に目の前の男性は目を瞬かせるが、次第にその表情が微笑みに変わっていき。
「ふぅ、蓮華もこれくらい可愛げがあればなぁ……」
「……お父さん?」
「ん? 何でもないよ……?」
娘からの圧力に社長はスッと視線を逸らすと。
「……話はある程度娘から聞いているかとは思いますが——」
翠に対して様々な説明を始めた。
* * *
(なんで来ちゃったんだろ……)
説明をすべて聞いた後、別室で待機してほしいと頼まれた翠は何をするでもなく天井を眺めていた。
断るつもりで来たはずが、いつの間にか一緒に動画を取ることになっていて。
それどころか今日紹介動画を取るという話になってしまったのだ。
さらに二人の動画の評判が良ければ正式に『Suiren』にスカウトするという話にまで発展してしまっては、もうどうすればいいか分からなくて途方に暮れるしかない。
「はぁ……娘の我が儘だからって報酬は出すって言ってたけど……」
バイトという扱いで掲示された金額は翠が一月で稼ぐアルバイト代を越えていた。
それに目が眩んだとは言いたくないけれど。
「まあ、でも実際問題助かるんだよなぁ……」
スマホを取り出して表示させるのはいつものメモ帳。
弟の為に貯め始めた貯金。
母に心配をかけたくないから言ってはいないが助かることは確かで。
「兄バカと言えばそうかもしれないけど……」
弟の学費にするつもりのお金。
翠はスマホに記載されているその額を眺めながら。
「でも踏ん切りがつかないんだよなぁ……」
恥ずかしいとか、柄じゃないとか、様々なことが頭に浮かんでは翠の気持ちを沈ませる重りとなっていく。
今日は紹介動画を取るだけ。
それも翠が受けないと言えば消される動画だ。
動画を取るという慣れないことに臆病になっていることは自覚しているし、やってみないと分からないということも理解できる。
それでも——
「止め止め! このまま悪いことばっか考えてたら何もできなくなりそう!」
もう動画を撮ると約束してしまったのだ。約束してしまった以上相手に迷惑をかけるわけにはいかない。
首を振って嫌な考えを振り払う。
「どうにか元気を出さないと……」
翠はどうにか元気を出そうと考え始め。
「あ、そういえば」
ふと、恭平が笑いながら教えてくれた方法を思い出した。
扉を開けて周囲を確認。
扉の外には誰も確認できず、安心した翠はそのやり方を思い出しながら。
「えっと、たしか……数字を数えた後に掛け声をかけるんだったかな」
息を吸って……吐いて……
「一、二、三、ダ——」
「お待たせ!」
「あぁぁあぁぁっっ!?」
突然開かれた扉。
それに驚いた翠は変な声を上げながら壁に向かって後退って。
「どうしたの?」
バクバクと激しく鼓動する心臓。
胸を抑える翠に、扉を開けた主である星野は疑問符を浮かべた。
「……?」
どうしたのか分からずに不思議そうに翠を見つめる星野。
翠はどうにか息を整えるとどうにか表情を取り繕って。
「ど、どうしたの?」
引きつった笑顔を向けた。
それは笑顔を向けられた星野にも移って。
「う、うん……準備できたから呼びに来たんだけど……」
「あ、うん。これから撮るの?」
「い、いや、とりあえず準備だね」
「準備?」
自己紹介に準備がいるのだろうか?
翠は怪訝な顔を星野に向ける。
すると、ようやく普通の笑みを取り戻した彼女は思いもよらない言葉を口にした。
「うん、着替えとメイクだよ」
「へっ?」
作者の挨拶——
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