第3話 連れてかれたところは
星野に手を引かれるままに連れてかれておよそ三十分ほど。
「でか……」
目の前にそびえ立つビルを見上げて翠はポツリと呟いた。
そして、そのまま隣にいる星野へ視線を動かして。
「え? ここ入るの?」
「うん、そうだよ」
「…………そうですか」
信じたくないけれど、目的地はここであっているらしい。
翠は哀愁の漂う表情で再び目の前のビルを見上げる。
しかし、星野とっては何ともないことのようで。
「じゃあ、入ろっか」
彼女はスタスタと入口に向かって歩いて行ってしまう。
そんな彼女に翠が呆気に取られていると、彼女は入り口前で振り返って。
「ほら早く」
そう言い残して、そのままビルに入っていってしまった。
「…………」
大通りの真ん中でポツンと取り残された翠。
もう翠には腹を決めて追いかけるしかなくて。
「…………」
気が重いまま、翠はビルの入り口へ歩いていった。
中に入ると、すぐのところで星野は翠を待ってくれていた。
合流してエントランスを抜ければ、高い天井に煌びやかな照明。そして、受付と思われるカウンターや何人もの警備員が翠を出迎える。
「……初めてこんなところに入ったよ」
「はははっ、気持ちは分かるよ。私も初めて来たときはおんなじ感じだったし」
尻込みしている翠の様子に星野は楽しげに笑う。
そして彼女は受付へ向かっていくと何やら手続きを始めて。
「はいっ、これを首からかけてね」
「あ、はい」
翠に社員証を手渡した。
翠はおずおずと渡された社員証を首にかける。
この後はどうするんだろう?
翠はキョロキョロと視線を彷徨わせるが、目的地が分からない。
「次は——」
「次はエレベーターだね」
どうするの?
そう翠が問いかけようとすると、その声にかぶせるように星野がエレベーターを指さした。
「…………はい」
言われた通りにしよう……
半ば諦めの気持ちで、翠は前を歩く星野について行くことにした。
* * *
「ここだよ」
「えっ? 嘘でしょ……?」
どうしてこうなったのか?
エレベーターでビルの中層へ上がった翠はポツリと言葉をこぼす。
星野の後ろについてたどり着いた扉。
そこには社長室と書かれているプレートが掛けられていた。
(え? 俺、ここの社長と会うの?)
思わず星野を見る。
しかし、目が合った彼女は翠が何を言いたいのか分かっていないようで、首をかしげるだけで。
(そんな約束した覚えないんだけど……)
とはいえ、翠にとっても納得できるものではない。
あくまで翠が約束したのは動画に出ることであり、こんなビルに居を構える社長と会うことではないのだ。
(ここはキッパリ断らないと!)
そう心に決め、翠は毅然とした顔を隣に向けて。
「あの、星——」
「高宮君は少し待ってて! 話してくるから!」
「あっ……」
翠が声をかけるも空しく……
すでに星野はパタンという音と共に扉の向こうに消えてしまっていた。
「え? まじでぇ……」
一人残された廊下に若干涙声になった声がこだまする。
どうしよう。
言葉を失って固まること数分。
「えっ、俺マジでこんなデカいビルに会社がある社長と会うの? なんで? 何か悪いことした?」
しかし、いまさら何を言っても何かが変わることは無いわけで。
翠は折れかけた心のままに自問自答を繰り返し、泣き言を言い始めると。
「もうやだぁ……」
ついにはその場にうずくまってしまった。
ビルの廊下の真ん中でうずくまる一人の少年という何とも言えない雰囲気が漂う。
そしてさらに数分経つと。
「お待たせ!」
ようやくガチャリと音を立てて星野が顔を覗かせた。
しかし、彼女には翠が見えていないようでキョロキョロと視線を右に左に。
「あれ?」
それでも翠が見つからず、彼女が不思議そうに首をかしげたところで。
「なぁ、ほんとに社長に会うの?」
翠が声をかけると、星野の視線がスーっと下にスライドしていく。
そして、ついに涙目で廊下の真ん中にうずくまっている翠の姿を捉えると。
「か、かわいい……(ボソッ)」
「え?」
「いや、何でもないよ。大丈夫だよそんな怖がらなくて、いい人だから」
星野はニコリと安心させるように笑みを向ける。
笑みを向けられた翠は少し安心して。
「わ、わかったぁ……」
立ち上がって深呼吸。
それを一回、二回と繰り返せば折れかけた心も大分復活してきて。
「よし、もう大丈夫!」
パンと音を立てて両の頬を叩く。
微かに星野が笑う声が聞こえるけれど、それは気にしないことにして。
翠は扉を見据える。
すると、星野は扉を開いてくれていて。
「ありがとう」
翠は短くそう告げると、扉の向こうへ歩いていった。
作者の挨拶——
ネタが古いとか言わないで……(泣)
少しでも「面白そうだな」とか「頑張れ」と思った方がいましたらフォローや★、感想などをいただけたら幸いです。
又、こうした方が良いなどのアドバイスをいただけると嬉しいです。
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