第2話 話を聞いて
放課後になり、待ち合わせをしていた喫茶店で翠たちが談笑していると——
「お待たせ!」
「お? 来たみたいだぜ」
明るい声と共に喫茶店の扉がカランと鳴った。
翠が目を向けると、翠に気付いた少女が肩で息をしながら手を振ってこちらに歩いてきた。
「いやぁ、一回出たんだけど忘れ物してたのに気づいちゃってさあ……戻ったら少し遅れちゃった」
「大丈夫だよ」
「おう、気にすんな」
「ありがと」
額にうっすらとかいた汗をぬぐいながら笑う少女——星野 蓮華。
店内の照明でキラキラと光る金髪をまっすぐ背中まで伸ばし、モデルでもやっていけるのではないかと思う程のスタイルに整った相貌。
そんな少女が人懐っこい笑顔を携えて恭平の席を越えると。
「ごめん高宮君、反対に移ってもらっていい?」
「えっ?」
座っていた翠に向かって両手を合わせた。
星野からのいきなりのお願いに、翠は目をぱちくりさせる。
なんで俺?
そんな疑問が浮かぶが、すぐに気づく。
「あ、ごめん……そうだよな。ごめん気付かなくて」
たしかに女子が付き合ってもいない男の隣に座るのは気まずいよな……
翠はすぐに立ち上がり恭平の隣に座りなおす。
すると、星野は申し訳なさそうに微苦笑。
「ごめんね。遅れてきたのにこんなこと言っちゃって」
「いや、気にしなくていいよ」
「そう? ありがとう。いやぁ、急いできたから汗かいちゃった」
星野は座りながら制服の襟元をパタパタと仰ぐ。
そんな彼女の仕草に翠は目を背けるが、当の本人は全く気にせずに席に座ると。
「いやー、いきなり佐藤君が来るからびっくりしちゃったよ。でも私を呼んでくれたってことは一緒に動画に出てくれるってことでいいのかな?」
ニコニコと笑顔で尋ねる星野。
翠はその人懐っこい笑みに少しドキリとするが、それを悟られない様に一度息を吐いて。
「いや、隣のアホが話くらい聞けってうるさいから分かったって言ったら」
隣に座っている悪友を横目でチラリ。
「いや、アホって酷——」
「いきなりこいつが話をしに行っちゃってさ、星野には悪いけどとりあえず話だけ聞かせてもらうだけかな」
「いや——」
「あっ、そういうことだったんだ。まあ、興味があるってだけでもうれしいかな」
嬉しそうに星野が微笑む。
すると、タイミング良く彼女が頼んでいたコーヒーがやってきて、彼女はグラスを受け取るとそのまま一口飲んだ。
「だから——」
「それじゃあ、とりあえずこの前話したことについて詳しく話そうかな」
カップを置いた星野が話を続けようとした次の瞬間。
「だーかーらー、話聞けって!!!」
ついに耐え切れなくなった恭平が大声を上げて立ち上がった。
彼は隣に座る翠を睨みつけて。
「無視するなんて酷いじゃねえかよ! 俺はお前の為に話付けてきたんだぜ?」
「はいはい、ありがとうありがとう」
「軽いなオイ!」
「はははっ、ごめんね」
星野は笑いながらチラッと翠を見ると。
「高宮君が無視してたから合わせた方が良いのかなって」
「………………ハァ、もういいよ……」
彼女の笑顔が効いたのか、恭平は何とも言えない顔をしながら椅子に座って。
「なんつーか、お前ら裏で繋がってるとかないよな? ずいぶん息ピッタリじゃねぇかよ……」
「そんなことあるわけないだろ。この前の雨の時以来話してねぇよ」
「そうかぁ? じゃあ何で二人そろって俺を無視すんだよ」
「それは……お前が分かりやすいからじゃないか?」
「オイ、気持ち悪いくらいの笑顔向けんな……」
「ふふ、あははははっ!」
「「え」」
突然笑い出した星野に二人は目を瞬かせる。
そんな二人のことをお構いなしに笑い続ける彼女に、二人が何も言えなくなっていると。
「ははは……ふふ、ふぅ……」
笑っていた星野は目の端に溜まった雫を払うと微笑んで。
「ごめんね突然。でも、二人とも仲いいんだね」
「え……」
「いや、嫌そうな顔すんなよ」
「ふふふっ、そういうとこだよ。私にはそこまで何でも言える人いないなぁ」
「……小っちゃいころからの腐れ縁なだけだよ」
翠は気恥ずかしくなってそっぽを向く。
しかし、その様子を恭平は見逃さず翠の背中を叩くと。
「何照れてんだよ、恥ずいだろ」
「うっせ……」
翠は恭平を睨みつける。
しかし、彼は反省するそぶりも見せずへらへら笑っているだけで。
(覚えてろよ……)
そんな悪友にいつか仕返しすることを誓った翠は、ニコニコとやり取りを見守っていた星野へ向き直す。
「もうこの話は止めよう……星野、話を聞かせてもらっていいか?」
「ふふふっ、了解。じゃあ説明するね」
星野は再びグラスに口をつけてから説明を始める。
「これはあまり言いふらして欲しくないんだけど……Ytubeの『Suiren』って知ってる?」
「たしか結構デカい会社だったよね?」
『Suiren』いえばYtubeを見ていれば一度は聞いたことある事務所だ。所属している人の動画がホームに出てくるのはザラだし、チャンネル登録数百万人越えのチャンネルも結構あると聞いたことがある。
星野がここで『Suiren』の名前を出すということは——
「え、もしかして?」
「うん、実は私『Suiren』に所属してるの……『レン』って名前でやってるんだけど——」
「ああっ! まじで!?」
「え? 知ってるの?」
突然大声を上げた恭平。
翠が顔を向けると、彼は一度頷くとポケットからスマホを取り出して。
「お前知らねぇのかよ! 最近人気出てきてるYtuberだぞ! この間かわいい娘見つけたって動画見せただろ!」
そう言ってスマホを見せた。
すると、見せられた画面にはきれいな金髪を後ろに束ねた少女が映っていて。
(ん? 金髪……?)
画面と目の前の少女を見比べる。
顔の印象は違うけど、何となく似ているような……?
「えっ、本物?」
「あははは……一応……」
翠に問いかけられた本人は気恥ずかしそうに頬をかく。
「でも最近数字が伸び悩んでてさ……そこで雨に濡れた高宮君を見かけて……これだ! って思って声をかけたの」
「…………」
つまり、髪がボサボサになっていない翠を見てスカウトしたというわけだ。
星野の話を聞いた翠は腕を組む。
「……理由はなんとなくわかった。複雑だけど……複雑だけど……」
全く嬉しくない理由だった……
なんと見えない顔をする翠。
しかし、そんな翠の心境を考えない恭平は翠に覆いかぶさるように肩を組んで。
「なんだよ! 受けようぜ! 人気のYtuberなら結構稼いでんだろ? お前金に困ってるんだからよ」
「おい、人聞きの悪いこと言うなよ」
別に貯金が思ったより貯まらないだけで、金欠に喘いでいるわけではない。
翠は肩に重みを与えてくる恭平を押し返して反論しようとするが。
「そうなの? なら一緒にやろうよ!」
乗り気になった星野がテーブルから身を乗り出す。
「高宮君のアルバイト代がどのくらいかは分からないけど多少はお金になると思うよ? それに毎日撮影するわけでもないから、シフトが入っていない時だけでも……ダメかな?」
上目づかいで見つめてくる星野。
翠はそんな彼女と目を合わせない様に視線を彷徨わせて。
「で、でも俺パソコン使えないし……」
「編集とかは他の人に頼んでるから大丈夫!」
「星野がそう言ってんだからやってみればいいじゃねぇか」
「でも俺、そんなうまいこと話せないし……」
「そこは私がリードするから大丈夫!」
「ほら、星野もこう言ってんぞ……」
どんどん逃げ場を失っていく。
どうする!?
どうにか断る理由を探る翠だが、押しの強い二人に気押されてなかなかいい考えが浮かばない。
そんな時に——
「なんでお前そんなにやりたくないんだ?」
「え……?」
恭平の問いに翠は固まる。
何も答えられないでいる翠に、恭平は問い詰めるように翠を見据えると。
「え? じゃなくてよ……お前が苦手なパソコンは他の人がやってくれる。別にバイトの時間を削れとも言われていないし、それどころかバイトのシフトが入ってない時でいいって言ってんじゃねぇか」
恭平はうんうんと何度も顔を縦に振る星野を一度見て。
「しかも、それで金額は分かんねぇけど稼ぐことは出来んだろ? いい条件じゃねぇか」
「……まあ、そうかもしれないけど……」
「だったら試してみるくらいいいじゃねぇか。どうしても合わなければ辞めればいいんだし、とりあえず一回やってみろよ」
とても真剣な表情で話す恭平。
翠もそこまで言われたなら断るのも悪い気がしてきて。
「ま、まあ……そこまで言うなら一回くらいは……」
「チョロ(ボソッ)」
「えっ? 結構チョロい? (ボソッ)」
「ん? なんか言った?」
「「何も言ってない(ねえ)よ?」」
二人そろって首を横に振る。
そんな二人に翠が怪訝そうな目を向けると、不意に星野が無言で立ち上がってガシッと翠の腕をつかんだ。
「え?」
「ありがとう佐藤君。お代は私が持つけどそのまま行きたいからこれで払ってもらっていい? お釣りはいいから」
「毎度」
「え?」
状況を飲みこめない翠が右往左往していると。
「承諾ももらったし、高宮君今日アルバイト無いって聞いてるし、これから『Suiren』に行こ!」
「え……?」
翠は意味の分からないまま座っている悪友に目を向ける。
すると、恭平は笑うのをこらえながら手を振っていて。
「お、お前……」
「よしっ! じゃあ佐藤君また明日!」
「お、おい!」
翠の手を引いて星野が歩き出す。
意外と力の強い星野に手を引かれながら翠は悪友を睨みつけて。
「お前、覚えてろよぉぉっ!!!」
作者の挨拶——
少しでも「面白そうだな」とか「頑張れ」と思った方がいましたらフォローや★、感想などをいただけたら幸いです。
又、こうした方が良いなどのアドバイスをいただけると嬉しいです。
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