俺が女装して動画を撮ることになった理由……

第1話 事の発端は





 ある高校の教室で。


「うーん……」


 高校一年生の少年——高宮 翠は眉をひそめて唸っていた。

 睨みつける先には、これまでの貯蓄や使った額などをびっしりと書き連ねたメモアプリ


「何となくは分かってたけど……ハァ……」


 思ったより貯まらない……

 少しずつは貯まっているものの、なかなか思うようにいかない金額に翠は無意識に息を吐く。


 そんな時だった。


「お前朝からなんて顔してんだよ」


「ん? ああ、恭介か……おはよう……」 


 不意に頭上から声が。

 翠が顔を上げると、そこには呆れた様子で翠を見る悪友——佐藤 恭平の姿が。


 恭平はニヤリと口角を上げると翠の頭を見下ろして。


「おう、おはよう。で? なんで朝から辛気臭い顔してんだ? ボッサボサの髪と相まってスゲェ怖えよ?」


 朝から人の髪型を貶しつつ大げさに怖がって見せる。

 しかし、翠はそんな彼の悪口を無視してスマホへ視線を戻すと。


「いやぁ……思ったより貯金が貯まんなくてさぁ……」


「どれどれ」


 何気なく言ったその言葉。

 恭平は身を乗り出す翠のスマホを覗き見る。


「おい、覗くなよっ!」


 翠が抗議するもすでに遅く、恭平は翠のスマホを凝視して。


「おっ、まあまあ貯まってんじゃん。俺なんか貯金ゼロだぜ」


「いや、見るなって……」


 なんで人様の家の家計事情を覗き見るのか?

 翠は覗き見ている悪友を押しのけて。


「……お前は遊びまわってるからだろ?」


「いやそうなんだけどさぁ……」


 翠が睨みつければ、恭平は気まずそうに頭を掻いて。


「今のバイトも辞めちゃったしなぁ……次探さないといけないんだよな」


「はぁ!? お前また辞めたのかよ……いい加減ちゃんとしないと大人になって困るぞ?」


「いや分かってんだけどさぁ……なーんか合わなくてさぁ」


 誤魔化すように頭をかく恭平。

 翠はそんな悪友にため息をつくと。


「お前これで何回目だよ」


「……六回」


 ぼそりと呟く恭平。


 このやり取りも何回目だろうか?

 もう何度目したやり取りに、怒るどころか呆れるしかない訳で。


「まったく……あっ、始めに言っとくけど貸さないからな?」


「そんなの分かってるよ。さすがに金貯めてるお前から借りるほど落ちぶれちゃいねーよ」


「でも、他の奴から借りたりしてんだろ……お前の彼女から言われたぞ? まだ先月借したお金帰ってきてないから回収してくれって」


「ははは……大丈夫だって、ちゃんと返すよ……?」


「お前……いい加減にしないとこれからの付き合い方も考えるしかなくなるぞ」


「え……」


 胡散臭い笑顔を張り付けたまま恭平の顔が固まる。

 翠はそんな恭平を半眼で睨みつけて。


「試験前に勉強も教えないし、金がない時に晩飯を作ってやんないし、漫画も小説も貸さないし、彼女にお前の部屋に隠してあるエ——」


「分かったすぐ返す! だからこの話は止めにしよう」


 慌てて言葉を遮る恭平。

 彼の声に周囲の視線が集まると。


(いいこと思いついた)


 悪友がちゃんとお金を返す妙案を思いつく。

 翠はニヤリと笑みを浮かべて。


「今度お前の彼女から同じ話聞いたら、お前の性癖クラス全員に教えるから♪」


「……はい、気を付けます…………」


 ガックシと肩を落とす恭平の姿にクラス全員が笑った。






「まったく……勘弁してくれよ」


 教室の笑い声が落ち着くと、恭平が疲れ切った顔で頬杖をつく。

 そんな耳まで赤くした悪友を翠は真面目な顔で見据えて。


「身から出た錆って言葉……知ってるか?」


「おい、追い打ちかけんな……」


「うっさい、お前が招いた種だろ? つーかお前の席はそこじゃないだろ。早く自分の席に戻れよ」


「おいおい、幼馴染に対してそりゃないぜ……」


 恭平は机の上に頭をのせる。


「元はと言えばお前がため息ついてたから声かけたんだぜ? そんな優しい幼馴染になんか言うことないのかよ?」


「無い」


「即答っ!?」


 ガバッと体を起き上がらせる恭平。

 そんな彼に翠は声を出して笑うと。


「はははっ、悪かったって……ありがとな」


「初めからそう言えっての……まあいいや、金が足んないんならあれに挑戦してみりゃあいいじゃん」


 恭平は身を乗り出すと小声で話し始める。


「この前声かけられたって言ってただろ? えっと、あれ……動画撮影手伝ってくれだったっけ?」


「ああ、あれか……でもなぁ……」


 翠はイスの寄りかかりながら先日のことを思い出す。

 たまたま登校中に雨に降られてしまい、濡れ鼠になってしまった時のことだ。


『えっ? もしかして高宮君? やば……!?』


 学校についたとたん、すぐ横から聞こえてきた声に翠が顔を向けると、そこには隣のクラスの星野がいた。

 明るく誰とでも分け隔てなく接する彼女とは少しではあったが会話したこともある。

 しかし、別にそんな親しいわけではない。

 翠が何と答えるか悩んでいると、彼女は翠に詰め寄ってこう言ったのだ。


『私と一緒にYtubeで動画出さない?』と。


 その時はもちろん断ったのだが、彼女は『気が変わったら言ってね』と告げて去っていった。

 恭平には相談していたのだが、そのことを覚えていたみたいだ。


「いつもへラヘラしてるのにそう言うことは覚えてるよな」


「まあな」


 皮肉を言ったつもりだったのだが、当の本人は自慢げに頷く。

 そんな恭平の態度に翠は息を吐き出して。


「俺、注目されるの嫌いなんだよなぁ……お前だって知ってるだろ?」


「でもよぉ、結構人気出れば今のお前のバイト代は越えられるかもしれないだろ? 星野は事務所に所属してるらしいって噂もあるし、手助けしてもらえるならいい線行くんじゃね?」


「そんなこと俺に言われても分かんねぇよ……」


 Ytubeと言えば有名な動画サイトだ。

 もちろん翠自身暇つぶしに動画を見ることもあるし、条件を満たせば広告収入を得られたりすることくらいは知っている。


 しかし、逆にそれしか知らないとも言えるのだ。


「広告収入で生活してる人もいるらしいけどそんなの上にいる少数だろ? 高校生がやったって意味ないって」


「そうかぁ? やってみないと分からなくね?」


「いや、分かるだろ……そもそも動画投稿なんてある程度パソコンが使えないとやれないだろ? それなら俺には無理だって……機械音痴だし」


 翠は苦笑いしながら首を横に振る。


「俺は地道にアルバイトするよ」


「えー、そんなすぐに諦めることでもないだろ。話だけ聞いてればいいじゃねえか」


「話聞いてどうすんだよ」


「いい仕事紹介してもらうとか」


「なんで高校生に仕事紹介してもらうんだよ……」


 それなら余程今のアルバイトを地道に頑張った方がいい。

 しかし、目の前の悪友は納得がいかないようで。


「いいじゃねぇか、試しに話を聞いてみるくらい」


「本音は?」


「お前が動画出てるとこ見て笑いたいのと、俺も何かあやかれないかなって」


「死ねっ!」


「はっ、当たるかよ」


 右腕をフルスイング。

 しかし、その一撃は空を切って。


「俺に当てたかったならもうちょい鍛えるんだな。そんなヒョロヒョロじゃ当たんねぇよ」


「…………」


「おー怖っ」


「…………」


 大げさに怖がる恭平。

 翠はスッと机から辞書を取り出すと彼に据わった目を向けて。


「お前……いい加減にしろよ?」


「嘘! 冗談だよ! だからその右手に握った辞書を降ろそう? なっ」


「…………もうすんなよ」


 そろそろ本気で制裁を考えた方がいいかもしれない……


 ため息をついた翠が辞書をしまう。

 すると、後退っていた恭平がホッと胸を撫で下ろした。


「ふぅ、あぶねー……朝から大怪我するとこだった」


「…………」


 再び大げさに汗をぬぐう仕草をする恭平。

 そんな彼を翠が睨みつけると、彼はフゥと息を吐き出して。


「まあ、真面目な話……話は聞いてみた方が良いと俺は思うぞ。別に気に入らなきゃその時断ればいいじゃねぇか。せっかくのチャンスなんだからよ」


「チャンスってなんだよ……」


「そんなの分かんねえよ。でも話くらい聞いてみてもいいじゃねぇか? 別に減るもんでもないんだからよ」


「そんな適当な……」


 そもそも動画に出たいなんか言っていない。

 しかし、幼馴染の言うこともまったく無下にできない訳で。


「はぁ……分かったよ。話を聞けばいいんだろ」


「……チョロ(ボソッ)」


「なんか言ったか?」


「いんや、なにも」


 いきなり口笛を吹き始める恭平。


 いい加減疲れてきた……

 肩を落とした翠は悪友の席を指さすと。


「とりあえず席戻れよ。そろそろ授業は始まるぞ」


「おう!」


 ニコリと笑みを浮かべて恭平が自身の席に戻っていく。

 翠はそんな彼の後姿を見届けながら。


「はぁ……朝から疲れた……」


 何度目かも分からないため息をついた。






 そして一時限目が終わると——


「話付けてきたぞ! 放課後に近くの喫茶店だってさ」


「早えよ……」


 想像を超えた親友の行動力に翠は机に突っ伏した。






 作者の挨拶——


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