11話、意外と使う秘薬
サニーが私の家に来てから、一年半。
この頃になると普通に歩ける様になり、部屋を縦横無尽に歩き回っている。だからこそ目が離せない。新薬、新たなる魔法の開発をする隙すら与えてくれない程に。
歩ける様になったものの、サニーはまだ、これをしたらどの様な結果を招くかなど、まったく知らないでいる。
故に、壁へ一直線に向かっては体当たり。足元を見ていないせいで、盛大に転んではテーブルの足に頭を強打。あっという間に傷だらけになっていく。
この前もそうだ。転んだ拍子に
開いた傷は数時間後に跡を残さず完治したが、ここまで活発に動き回られると、また傷を負ってしまうのではと身構えてしまう。
そして、一日に一回以上も傷を負うせいで、秘薬の消費量がすごい事になってきた。これは、僅かな傷でも私が秘薬を使ってしまうせいなのだが。
サニーの顔や体に、傷跡を残すのだけは避けたい。その傷跡を残したまま、サニーが成長したとしよう。十歳にもなれば、全身は痣だらけ。見るも無残な姿になる。
一応、サニーも女だ。傷跡が絶えない体なぞ、本人も望まないだろう。私がそこまでサニーを育てているのも、怪しい所であるが。
「ままっ、ままっ」
「だから私はお前の母親ではないと、何度言えば分かるんだ?」
「ままっ、ぶうーん、ぶうーん」
輪郭の整った口を尖らせて、青い瞳を微笑ませながら指図してくるサニー。『ぶうーん』とは、名の無い風魔法で体を宙に浮かせ、飛び回らせろと言う意味だ。
赤ん坊の頃から頻繁にやってきたせいか、今のサニーも、これが大のお気に入りである。毎日お願いしてくるし、私もそれに応えてしまっている。
「またか。三十分だけだぞ」
「ぶうぅーん。きゃっきゃっ」
体を宙に浮かせた途端、サニーは両手を広げてはしゃぎ出す。赤ん坊の頃から数えると、既に百回以上飛ばしているが、一向に飽きる気配を見せない。
太陽の様に眩しく笑っているサニーを見ていると、私は今後サニーをどうしていきたいのか、答えを出せないままでいる自分に言い聞かせ始める。
私がただ、二つ目の罪悪感に囚われたくないが為に拾ったまでの捨て子。最初は育てるつもりなんて、微塵もなかった。すぐに死ぬか、いつかは捨ててやろうとさえ思っていた。
しかし私は数ヶ月前、風邪で死にかけたサニーをまた助けてしまった。しかもアルビスに指摘されるまで、焦っている気持ちに気が付かないまま。
だからこそ、秘薬を大量に作ってしまったのかもしれない。無意識の内に、サニーの為を想って。私はもう既に、無い心の中でサニーを育てる決意でもしているのだろうか?
すなわちそれは、私がサニーの母親になる事を意味してしまう。血の繋がりがなく、赤の他人であり、縁も
拾ったばかりの私だったら、馬鹿げていると一蹴するに違いない。だが、今の私は違う。
少なからずの迷いがある。サニーを育てるかどうかではなく、母親になるかどうかと。
もう、私の手でサニーを捨てる事はまず無い。魔物や獣の餌にするかもそう。ヴェルインを最後に、二度としなくなるだろう。
ヴェルインに『特別な感情は持ってないし、愛着がある訳でもない』と言い放ってしまったが、たぶんあれは嘘だ。
心の奥底かどこかで、サニーに対する特別な何かが芽生えているはず。
もし芽生えていなければ、風邪をひいた時も無視していただろうし、傷を負う度に秘薬も使わない。
ただひたすらに、生傷を負っていくサニーの姿を静観しているに違いない。絶対にそうだ。
この八十年間、私は大切な彼を生き返らせる為に、ずっと四苦八苦してきた。なのに対し、サニーと出会ってからものの一年半で、この変わり様。
八十年間もがむしゃらに過ごしてきたのだ。今の私には、休息が必要なのかもしれない。これは、全てに行き詰っている私の甘えなのだろうが。
決して大切な彼を忘れた訳ではない。しかし、八十年もの年月を費したのにも関わらず、彼を生き返らせる為の新薬や魔法を生み出せていないのも事実。
少し、周りに視野を広げた方がいいのかもしれない。もしかしたらそこに、見逃していた何かがあるかもしれないし。ほんの少しだけ、休んでしまおうか。
「ままっ、だっこ、だっこ」
「む」
空中で体をじたばたとさせ、新たなるわがままを言うサニー。私はすぐに指招きでサニーを近づけ、太ももの上に乗せる。するとサニーは、私の胸元で頬ずりをし出した。
「まーまっ、ままっ」
一年前の私は、サニーに触るのを極力避けていた。相手をするのが面倒臭く、一秒でも長く新薬、新たなる魔法の開発をしていたいが為に。それと、単純に疲れるという理由も少々。
だが、少しだけ吹っ切れてしまえば、なんて事はない。それらの理由は途端に曖昧になっていく。これでハッキリした。今までの私は、周りがまったく見えていなかった。
煮えくり果てているであろう頭を休ませ、気持ちを落ち着かせよう。サニーの母親になるかどうかは、また別問題であるが。
「サニー、夕食は何が食べたい?」
「ふわふわっ、ぷにぷにっ」
「……昨日食べた魚のすり身か?」
大袈裟に
一年前はまだ赤ん坊で、『あー』と『うー』しか言わなかったから、意思疎通が取れるだけでもかなりの進歩だ。物事が円滑に進む。
夕食も決まったので、昨日余った魚の身を使おう。魔法で氷漬けにしておいたから、鮮度に問題はないはず。昨日と味付けを変えれば、サニーは喜ぶだろうか?
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