令嬢異能大戦 ~婚約破棄された悪役令嬢は、王子を爆殺して幸せをつかむ!~

瘴気領域@漫画化決定!

決戦!爆弾魔令嬢編

 王国貴族学校の卒業記念パーティ。事件は、そのとき起こった。

 銀髪碧眼の眉目秀麗たる王子イログールイが、婚約者であるメリスを指差して告げたのだ。


「公爵令嬢メリスよ、貴様との婚約を破棄する! ネトリーにしてきた悪逆非道の数々、知らぬとは言わせないぞ!」

「うふふ、わたくしとの婚約を破棄したいとおっしゃるの? そして、そこの平民女に乗り換えると」


 細い顎に手を添えて微笑むメリスの視線の先には、イログールイの斜め後ろに立って外套の端を指先でつまみ震えている女がいた。

 茶色の髪にそばかすの残る顔、いかにもどこにでもいそうな平民女こそがネトリーだった。


「平民だからなんだというのだ! 身分はともかく、ネトリーの心は貴様なんかよりもずっと気高く美しい!」

「計算高い、の間違いではなくって? 殿下だけでなく、何人もの殿方と仲が良いご様子でしてよ」

「な、なんという暴言……! もはや顔も見たくない! さっさとこの場から消えろ!」

「うふふ、仮にも元婚約者に対してずいぶん冷たくなさるのね」


 メリスは妖艶な笑みを浮かべ、見事な金髪縦ロールを揺らしながらイログールイに近づいていく。

 しなやかな手を伸ばし、王子の首筋を指先でそっとなぞった。


「な、なんだそれは」

「お別れの挨拶ですわ」

「そんなものは不要だ! 早く消えろ!」

「ええ、ごきげんよう。ただ、消えるのは殿下ですが」


 ちゅどーん!

 轟音! 閃光!

 王子の身体から吹き飛ばされる首!

 イログールイの生首が鮮血を撒き散らかしながら床に転がる!

 血まみれの銀髪の首が、かすれた声で尋ねた。


「な、なんだこれは……?」

「わたくしの令嬢異能スキル、<芸術は爆発だオカモトイズム>ですわ」

「令嬢異能……?」

「ああ、殿方は知らないことでしたわね。真の令嬢に目覚めたものだけが持つ、神より授かりし特別な力ですの」

「わ、わけがわからない……ぐふっ」


 王子の生首は吐血し、ついにその命を終えた。

 それを満足気に見届けたあと、メリスは呆然と立ち尽くしているネトリーに視線を向ける。 


「次は薄汚い泥棒猫ちゃんの番かしら?」

「そ、そんな、イログールイ様が……私のお姫様ライフの夢が……」

「ネトリー嬢、下がっておられよ! ここはそれがしが相手を致す!」

「あら、東方の王子様が遊びダンスの相手をしてくださるの?」

「面妖な術を使う魔女め……! よかろう、遊びたいなら付き合ってやる。ただし、命がけの真剣でだ!」

「うふふ、それは楽しみだわ」


 メリスとネトリーの間に割って入ったのは、長身痩躯の男だった。長い黒髪を背中でひとつにまとめ、ゆったりとした異国の装束を身にまとっている。

 その名はオキタ! 東方の小国の王子であり、剣術修行のために貴族学校に留学中の剣豪でもある。


 オキタは腰に下げた曲刀をすらりと抜き放つ。

 片刃の剣は青みがかった光を放ち、しっとりと濡れているようにも見えた。


「あら、とても美しい剣ね。わたくしのコレクションに加えたいくらい」

「くれてやる謂れなどない。だが、この妖刀ムラサメの血錆の仲間になら加えてやろう」

「うふふ、そんな美しい剣を錆びさせてはいけないわ」

戯言ざれごとはそこまでだ!」


 ッ!

 剣閃が走る! 雷光の速度で振るわれたきっさきがメリスの喉元に突きつけられた。


「大人しくお縄につくのであれば命だけは見逃してやろう。降伏しろ」

「うふふ、間近で見ると本当に美しい剣ね。本当にもったいないわ」

「両手を上げてひざまずけ。怪しい動きをすれば命はない」

「いけませんわ。淑女しゅくじょにそんなみっともない格好をさせては」

「命は要らぬと理解した!」


 ちゅどーん!

 轟音! 閃光!

 オキタの身体から吹き飛ばされる首!

 否! 首から下がまるごと吹き飛ばされている!!

 床に転がったオキタの生首が、血泡を吹きながら声を絞り出す。


「ま、魔女め……いったい何をした……」

「やっぱり素敵なお品でしたのね。王子の首飾りなんかより、ずっと大きな爆発が起きましたの」

「どういうことだ……?」

「察しの悪い殿方は女性に嫌われますわよ」

「わ、わけがわからん……ぐふっ」


 瞑目!

 オキタの生首もまた、メリスの令嬢異能の秘密には気がつけぬまま命を落とした。


「くっ、くそ、何をされているのかわからないのでは迂闊うかつに近づけないぞ」


 剣を構え、額に脂汗を浮かべているのは聖騎士長の息子パラディヌスである。

 その技量はオキタと肩を並べ、学園はおろか大陸でも1、2を争う実力だが、正体不明の攻撃を前にして攻めあぐねていた。


「パラディヌスさん! メリス様……いえ、メリスの令嬢異能の正体がわかりました!」

「おお、すごいぞネトリー! 早く教えてくれ! って、なんだその本は?」

「これは私の令嬢異能です! そんなことより全裸になってください!」

「ぜ、全裸!?」

「<芸術は爆発だオカモトイズム>は触れた美術品を爆発させる能力なんです!」

「な、なんてでたらめな!」


 ネトリーの助言を聞いた男たちは一斉に服を脱ぎ全裸になる。


「まあ、淑女の前で裸になるなんて、紳士としてふさわしくないんじゃないかしら」

「き、貴様があやしい術を使うせいじゃないか!」

「それにしても、やはりネトリーも令嬢異能に目覚めていたのね。平民が貴族学校に入学できるなんて、おかしいと思っていましたの」

「ネトリーは学業の優秀さと人格が認められて特別に入学したんだ! おかしな術で不正をしたはずが――」

「わたくしはネトリーに話しかけてますの。邪魔をしないでくださる?」


 ちゅどーん!

 轟音! 閃光!

 パラディヌスの身体から吹き飛ばされる首!

 無惨にも床に転がる生首!


「ば、馬鹿な……美術品は身につけていないぞ……いや、触れられてすら……」

「だから、邪魔をしないでくださるかしら?」


 ちゅどーん!

 轟音! 閃光!

 パラディヌスの生首が爆散する!


「その本、『令嬢異能大戦ネトリー・ネトッタ解体新書~エンディング全ルートからバグ技まで徹底解説!チートコード付き~』というのがあなたの令嬢異能ですのね?」

「そ、そうよ! この本があれば悪役令嬢ラスボスのあんたでも、弱点も攻略法もぜんぶわかっちゃうんだから!」

「うふふ、さしずめ現世を遊戯ゲームに見立てて、必勝法を予言する令嬢異能といったところかしら」


 IQ300を超すメリスの頭脳が、ネトリーの令嬢異能の本質を瞬時にして看破する。


「さすがは『かしこさ:99』だけはあるわね。でも、あんたに勝ち筋がないこともわかったでしょ?」

「うふふ、そうかしら? 攻略法が存在することと、それが実行できることは別でしてよ?」

「当然実行できるわよ! 令嬢異能<清純派娼婦への献身逆ハーレム>発動!」


 ネトリーの目がかっと見開き、瑪瑙めのう色の光を発する!

 すると、舞踏会場にいた貴族令息、使用人、衛兵たちの目から感情が消えた。


「<清純派娼婦への献身逆ハーレム>の効果は一度でも寝た男の精神支配! 100人を超える一斉攻撃に耐えられるものなら耐えてみせなさい!」

「うふふ、この数の男たちとしとねを共にするなんて、発情期のゴブリンも真っ青ですわね」

「どこまで余裕ぶっていられるかしらね。さあ、かかれ、私の愛の奴隷たち!」

「「「うぉぉぉおおお!!!!」」」


 全裸の男たちがメリスに向かって殺到する!

 何人もが触れることもできず爆殺されていくが、恐怖の色はまったくない。

 まるで人間味を感じないその攻撃は、悪魔の殺人蟻ヘルズアントの群れを彷彿とさせた!


「ふっふっふっ、いつまで保つかしらね。弾切れも近いんじゃないの?」

「あら、心配してくださるの? それならこれをやめさせてくれないかしら。殿方から求められることには慣れていますけれど、こう無作法では興ざめですわ」

「まだ強がりが言えるなんて大したものだわ。あんたの『触れない爆発』のタネは割れてるのよ。身につけている指輪やアクセサリーを爆弾に変えて、それを投げつけてるだけなんでしょ?」

「ご名答ですわ。あなたの令嬢異能<解体新書>の力は本物のようですわね」

「ええ、残弾数だってお見通しだわ。あと2回『触れない爆発』をすれば弾切れよ!」


 ちゅどーん! ちゅどーん!

 まさしく、ネトリーの予言どおりであった!

 遠隔攻撃に徹していたメリスであったが、その攻撃が止み、徐々に間合いが詰められていく。


「はぁ、しかたがありませんわね」

「あーはっはっ! やっと諦めたのね!」

「ええ、諦めましたわ。完璧な淑女として振る舞うのはここまでですの」


 メリスは腰に巻いたコルセットに手をかけると、それを外して床に放り投げる。


「コルセットを外したくらいでどうこうなるとでも――」


 ずっしーん!

 メリスが外したコルセットは、床にめり込み、大地を揺らした!


「わたくしのコルセットは200キログラム。これを外すところまでわたくしを追い詰めたこと、称賛に値しますわ」


 メリスの姿が消える! 否、あまりの速さに目で追えないのだ!

 ちゅどーん! ちゅどーん! ちゅどーん!

 轟音! 閃光! 轟音! 閃光! 轟音! 閃光!

 あちこちで爆発が生じ、針で突いた水風船の如く全裸の男たちが爆散し、鮮血と内臓を撒き散らす!!


「ば、馬鹿な……!? 速くなったのはわかる。でも、どうして爆発が!?」

「うふふ、わたくしの舞闘ダンスは芸術ですのよ」

「!?」


 瞬時にして目の前に現れたメリスの姿に、ネトリーが凍りつく。


「令嬢流舞闘術<死に至る正中線五段突きダンスマカブル>、ご覧に入れますわ」

「ぐわぁぁぁああああ!!」


 ちゅちゅちゅちゅちゅどどどどどーん!!!!!

 すさまじい爆発が生じ、ネトリーの全身は粉微塵に吹き飛んだ!

 音を置き去りにする拳が眉間、人中、喉仏、丹田、股間という人体急所を正確に貫き、あまつさえ爆発したのである!


「ふう、これで一件落着……と言いたいところですが」

「はぁ、はぁ……か、勝手に死んだことにされちゃ困るわよ」


 散乱する血と内臓の山の中から、ネトリーがぬるりと立ち上がる。

 鮮血にまみれ、ぼたぼたと肉片を滴らせる姿はまさしく地獄の悪鬼そのもの!


「また何かの令嬢異能ですのね。これで3つめ。一体いくつの令嬢異能を持っていますの?」

「ふふっ、あんたに答える義理なんかないわよ」

「あら、わたくしはあなたのことが少し気になってきましたのよ? 闘いダンスの合間には歓談を挟むのが普通ではないかしら」


 そういうと、メリスはまだ汚れていないグラスを手に取り、ワインを注いで唇を湿らせる。


 人を食った態度にネトリーは苛立つが、再生したばかりの肉体にはまだ体力が戻っていない。復活に使った令嬢異能<幕切れ間際ラストマンの逆転劇スタンディング>は不死を約束するものではないのだ。復活直後はわずかな無敵時間があるとはいえ、HPは1であるし、連続使用もできない。


 ネトリーは密かに令嬢異能<野の花は手折られてもリジェネレイト再び咲き誇るヒロイン>を発動して回復に努めつつ、メリスの動向を注視する。


「とんだサディストね。そうやって私をいたぶって楽しんでるんでしょ?」

「あら、それは心外ですわ。わたくしにそんな趣味はございませんのよ」

「ふん、どうだか」


 ネトリーはこれみよがしにあたりに視線を巡らす。

 そこは一面、爆散した男たちの血と肉とはらわたが敷き詰められた真紅の空間!


「うーん、みなさま痛みを感じる間もなく逝けたと思うのですが」

「こんなに殺して! あんた少しは自分が悪いと思わないの!」

「当然の権利を行使したまでですの」

「正当防衛とでも言いたいの!? だいたい、先に手を出したのは……王子を殺したのはあんたじゃない!」

「ええ、それが何か問題でも?」

「なっ!?」


 まったく悪びれずに小首をかしげるメリスに、ネトリーは絶句する。


「まあ、予定と違っていたのは認めますの」

「よ、予定って? いったいあんたは何を企んでるのよ……」

「もとの予定では王子と結婚し、王位を継がせてから、ゆっくりと権力を握っていくつもりでしたわ」

「王家の傀儡かいらい化を狙ってたの!?」

「はい、いずれは王権そのものも」

「女王様になろうってわけ!?」

「理解が早くて助かりますわ」

「く、狂ってる……」


 メリスの野望のあまりの大きさに、ネトリーは身震いした。

 自分が対峙していた悪役令嬢ラスボスが、ここまでの野心を秘めていたとはまるで気がついていなかったのだ。ネトリーの令嬢異能<解体新書>は強力であるが、発動中は寿命が削れ続けるという代償が必要だ。そのため、バックストーリーなど攻略に絡まない箇所は読み飛ばしていたのである。


「どうしてかしら? 令嬢異能を持たない劣等人種である男が王になり、女はその下に甘んじているなんてよほど不自然ですの。実力ある令嬢が上に立ち、国を統治する。これが本来あるべき姿ですの」

「そ、そんな理由で……」

「あなたにも仲間に加わっていただけたらと思ったのですが、どうやら理解していただけないようですのね」

「当たり前じゃない! 私の夢はあんたとは違う!」

「うふふ、あなたの夢とは何かしら?」


「決まってる! 気が向いたらお菓子を焼いたり、お裁縫をしたり、ピクニックをしたり! たくさんのイケメンに囲まれて、無条件でちやほやされる! たまにイケメン同士で私を取り合って喧嘩が起きるけど、それはスパイス程度で面倒な事態には発展しない! あともちろん仕事はしない! 無責任な立場で一生遊んで暮らしたいだけなのよ! 偉くなっちゃったりしたら、働かなきゃいけなくなるじゃない!」

「うふふ、それは途方もない夢ね」

「あんたこそ、べらぼうにでたらめな夢だ!」

「あら、褒めたつもりだったのに」


 メリスはワインを飲み干し、ネトリーに向かってゆっくりと歩を進める。


「残念ながら、わたくしとあなたの道が交わることはないようですのね」


 メリスが構えを取る。細く長い息を吐き、集中する。

 ネトリーは周辺の空気が氷点下に下がったような錯覚に襲われた。


「さすがは悪役令嬢ラスボス。すごい令嬢力レイジョニックオーラね……」

「墓碑に刻む言葉はそれでよいのかしら? 今度は復活なんてできないよう、魂ごと粉微塵にして差し上げますわ」

「ふふっ、正直あんたを舐めてたわ。それなら私も切り札を使わせてもらう!」


 ネトリーは胸元からペンダントを取り出し、血が出るほどに握りしめた!

 それは禍々しくねじくれた漆黒の逆十字!

 ネトリーの血を吸ったペンダントが不気味にうごめきはじめる!


「魔王様! 私はあなたを選びます!」


 ――ようやく決心がついたか。黒の聖女よ……。


 どこからともなく、低く重々しい声が響き渡った!

 黒くどろどろとした瘴気が辺りに満ち、空間が引き裂け、異形の人影が現れる!


 それは、けがらわしくも神々しい姿であった。

 闇よりもくらい漆黒の長髪はすべてを飲み込む暗黒星の如く。

 逆巻く4本の角は天への反逆を示すが如く。

 一分の乱れもない顔立ちは神々の創りたる彫像の如く。

 巨大な蝙蝠こうもりの羽を外套の如く身にまとったその姿は――


 まさしく、神話に伝わる魔王であった!


「黒の聖女よ、返事を待ちかねておったぞ。しかし、なんだこの有り様は? 少し見ぬ間に人間どもの趣向が変わったのか?」

「あの女です! あの女がぜんぶやったんです! あいつをやっつけてください!」

「ほう、人間にしてはなかなかの力を持っているようだ」


 漆黒の魔王は目をすがめ、メリスをじっくりと見る。

 メリスはスカートの両端を指先でつまみ、膝を軽く曲げて一礼する。


「はじめまして、魔王様。でも、初対面の淑女をじろじろと舐めるように見るのは少々不躾ぶしつけかと思いますの」

「ふっふっふっ。この期に及んでまだ強がれるのはさすがだわ。実力差がわからないあなたじゃないわよね! 魔王はオンラインモード限定のレイドボス! 100人の令嬢が束になって勝てるかどうかの強敵よ! 呼び出した以上、この世は魔界になって人類は滅びるけど、あんたに負けるよりずっとマシよ! 逆ハーレムエンドにできなかったのは残念だけど、もう『裏エンディング:奈落の寵姫ダークネスブライド』で我慢してあげるわ!」


 メリスは、少し困ったように首を傾げた。


「たしかに、いまのままではとてもかないそうにありませんわね」

「なんだ、もう諦めるのか? せっかく面白そうな人間だと思ったのだがな。……ふむ、では余は片手で相手をしてやろう。魔法も使わん。どうだ、これならば少しは――」

「でも、諦めてもいませんし、負ける気もさらさらありませんの。手加減も無用ですわ」

「図に乗るな! 下等な人間ごときが!」


 魔王の手から漆黒の光線が発射される!

 黒の奔流はメリスの姿を飲み込み、壁を、床を、すべてを貫き地平線まで大地を削っていく!!

 奔流が止んだとき、通り過ぎたあとにはまさしく何も残されていなかった。


「やったあ! さすがは魔王様!」

「ふむ、少したしなめるつもりが加減を間違えたな。これだから脆弱な人間は――」

「ええ、加減をされすぎたようですわ。お優しいのもけっこうですが、少しくらい乱暴なほうが乙女心には頼もしく映りましてよ?」

「「なっ!?」」


 ネトリーと魔王が揃って驚愕の声を上げる!

 なぜなら、跡形もなく消し飛んだはずのメリスが、まったくの無傷で背後に立っていたからだ!


「ば、馬鹿な!? 地上の生物がいまの一撃に耐えられるはずがない!」

「嘘でしょ!? メリスの令嬢力レイジョニックオーラが跳ね上がってる!? 十万、百万、千万……きゃあっ!」


 魔道具『お嬢様検定スカウター』を使い、咄嗟にメリスの令嬢力を測ったネトリーだったが、あまりに強力な令嬢力を前に計測途中で魔道具が弾け飛んだ!


「た、ただの人間がどうやってこんな力を……」

「ただの人間? いえ、わたくしは公爵令嬢でしてよ?」

「くっ、だがまだ余の力のほうが数段上だ! 次の一撃で塵も残さず滅してくれる!」

「では、はしたがありませんが、わたくしも本気を出しましょう――」


 魔王が両手に魔力を溜めはじめたのと同時に、メリスが呪文を唱えはじめる。

 すなわち、令嬢詠唱ブラックヒストリー

 令嬢異能の真の力を解放するための、神話の時代より伝わりし儀式である!!


 ――我はあらゆる秩序を否定する者。

 ――我はあらゆるくびきを断ちし者。

 ――鎖に繋がれし混沌の獣令嬢たちよ。

 ――もはや扉は解き放たれた。

 ――共に歓喜の牙を剥き、世界を喰らい尽くさん!


【目覚めよ、<運命への反逆者たちモストフリーダム>!】


 メリスの令嬢力がさらに跳ね上がり、暴風を巻き上げる!

 天空には分厚く雲が立ち込め、雷鳴が響き渡る!

 土砂降りの雹雨ひょううが降り注ぎ、大地を穿うがっていく!


「な、な、何なのだこの力は!?」

ではShallお相手をwe願いますわ。Dance?令嬢流舞闘術奥伝<零に至る正中線無限突きビッグクランチ>」

「ぐわぁぁぁああああ!!!!」


 光速を超える無数の拳が魔王の全身に突き刺さる!

 それは因果律を捻じ曲げ、過去、現在、未来、並行世界の魔王という存在そのものを消し飛ばしていく!

 あらゆる空間、時間軸、多次元からまったく同時に襲う無限の連撃に、魔王であったものは素粒子以下にまで粉砕され、1点に向かい圧縮されていく!

 やがて極微小のマイクロブラックホールと化したそれも、メリスの最後の一撃によって消え去った。


「うふふ、ひさびさに少し本気を出してしまいましたの」

「な、なんなのよ、その馬鹿げた力は……?」


 ハンカチで拳を拭っているメリスの横で、ネトリーがへなへなと膝をついた。


「馬鹿げた力? いえ、これは本来令嬢にはみんな備わっている力ですのよ。あれをご覧なさい」

「いったい何を見ろって……はぁ!? 信じられない!?」


 メリスが示した先には、屍山血河と化した舞踏会場の隅で食事と歓談を続けている令嬢たちがいた!

 その一角だけは完璧に清潔が保たれ、血肉どころか埃のひとつも舞っていないのだった!


「どういうことなの……? あんな騒ぎの横でパーティを続けているだなんて、信じられない……」

「わかりませんの?」

「わかるわけないでしょ……!」

「うふふ、では説明して差し上げますわ。彼女たちは、自由を愛し、求めていますの。堅苦しい礼儀作法、息もできなくなるほど締め上げられるコルセット、親に決められ会ったこともない相手とする結婚……すべてが雁字搦めの人生の中で、ほんの束の間の自由が味わえるのが舞踏会。それを守ろうという意思が無意識に令嬢結界シークレットガーデンを生み出し、彼女らを守っていたのですわ」

「そ、そんなことがあるだなんて……」

「そしてわたくしの切り札、<運命への反逆者たちモストフリーダム>は自由を愛し、求める世界中の令嬢たちの力を分けてもらうもの。わたくしたち令嬢の自由を妨げる敵と闘うときには、無限の力を発揮しますの」

「ふふ、ふふふふふ……あーはっはっはっはっ!」


 ネトリーが、突然狂ったように大声で笑い出した。


「<解体新書>の通り攻略していれば無敵の人生だと思っていたけど、あんたの背中には数千、数万の令嬢たちの想いが託されていたのね。しょせん独りぼっちの私に勝ち目なんかなかったんだ……」

「わかってくださいましたのなら、これから共に歩むことも――」

「ふざけないでッ!」


 メリスが差し伸べた白く美しい手を、ネトリーは血まみれた手で弾く。


「あんたの自由はわかった! でも私の夢だって自由なんだ! 今回は負けたけど、いつか絶対イケメンをたらし込んで気ままな逆ハーレムライフを満喫する! そして仕事と責任で老け込んだあんたに、いつまでも若々しい私を見せつけてやるんだ! 令嬢異能<秘密の小径ベイルアウト>!」


 緊急脱出用令嬢異能の効果により、ネトリーの姿が瞬時に掻き消える!


「まあ、まだ令嬢異能を隠していただなんて。これは今後のお付き合いが楽しみなお友だちライバルができたようですの」


 メリスはふふっと忍び笑いをすると、令嬢たちの輪に入って気の済むまで美酒と歓談を楽しんだ。


 それから優雅にして鮮やかに王国の支配権を確立し、その後千年の繁栄を誇る神聖令嬢帝国の礎を築くのだが、それはまた別のお話。


(了)

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