自由になりたいイカロス

西桜はるう

そのスリッパを拾ったのならば

ある日、男は不思議なスリッパを見つけた。

ゴミ捨て場に打ち捨てられていたそのスリッパは、なぜか小さな白い翼が生えていた。


「何だ、これ」


汚れてもいなかったが新品のようにきれいではない。

男は特に貧乏でもないが、裕福でもないのでとりあえず家で使えそうなそのスリッパを持ち帰ることにした。

ゴミ捨て場から物を持ち帰ること自体、なんのためらいもない。


「羽、だよな?これ」


持ち帰ったはいいが、正直スリッパは家にもあった。しかし、羽がついている部分になぜか気になった。


「子供じゃあるめえし、何で羽なんかに」


六畳一間にゴロリと寝ころび、スリッパは部屋の隅に追いやる。ただ、捨てるのは忍びなくリサイクルショップにでも売り飛ばそうかと男は考え始めた。


「せっかくの休みだし、もう一眠りするか……」


日々肉体労働に勤しんでいる男は、体を休めることを優先するため寝息をたてる。

すると、不思議な夢を見た。

まるで天女のように美しい女性が男の目の前に立っており、男に語りかけてきた。


「あなたは羽の生えたスリッパを拾いましたね?それは空を飛べるスリッパです。試しに一度飛んでみなさい。気持ちがいいですよ。鬱々とした気分も晴れると思いますし。しかし、飛びすぎは禁物です。太陽に近づきすぎてはいけませんよ」


女性はそう言って消え、同時に男は目を覚ました。


「今の夢、なんだったんだ?」


疑問に思いつつも、男は隅に捨て置いてあるスリッパを見た。女性が言った通り羽の生えたスリッパだ。


「これ、飛べるのか?」


試しに履いてみると足にぴったりと吸いつくようにフィットした。しかし、飛ぶような感じは受けない。


「ふん、結局ただのゴミかよ」


いっそひと思いに捨ててやる!と脱ごうとしたとき、奇妙な感覚に陥った。なんともいえない浮遊感が体を包むのだ。


「うおっ!浮いてる!」


男の体は浮いていた。それも1センチやそこらではない。完全に体が床から浮いているのだ。


「すげぇ!外に出てみるか!」


手足を水泳のように動かすと、まるで水の中にいるように動くことができた。開いている窓から外に飛び出した男は、家々の屋根を超えて、空の上へ上へとぐんぐんと昇っていく。


「自由だ!俺は自由なんだ!はっはっはっ!」


肉体労働に次ぐ肉体労働、楽にならない暮らし、妻には逃げられ、借金だけ残された。

男はスリッパで飛ぶことで、すべての鬱憤を晴らそうとしていた。


「俺は何もかもから自由になるんだ!!」


人々が指をさし空に舞い上がる男を眺めていると、フッとその姿が消えた。

それは一瞬の出来事だった。

男の体は太陽に近づき過ぎたために、溶けて霧散してしまったのだ。


「おぉ……。なんということじゃ……」


1人の老人がつぶやくように男が霧散した方向を指さして言った。


「まるで「イカロス」じゃ!「イカロスの翼」じゃ!彼はイカロスになったのじゃ!」


男は本当の意味で自由になった。

不幸からも、幸せからも、生からも、死からも。

焦がれていた自由は捨てられていたスリッパから得ることができた。

とてつもない代償を伴って。

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自由になりたいイカロス 西桜はるう @haruu-n-0905

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