序19 太陽の見せる夢1

 光が収まり目を開けると、家が目の前にあった。

 三階建てで、藍色の屋根に白い壁。植物を象った模様のある鉄製の門。車庫には有名なモデルの黒い車。


 そこは私が小学生の頃まで住んでいた鹿児島にある家だった。


 心臓の鼓動が一気に早くなる。

 呼吸が荒くなり、その場に膝をついてしまった。

 ……なるほど。私を試すのにこの場所ほど相応しい所はないだろう。

 ここには家族との暖かい思い出もあれば、記憶から消し去りたい記憶も両方ある。


 怖い怖い怖い怖い怖い

 恐怖で荒くなった呼吸を、ゆっくり、ゆっくりと整える。


 そして、暫くしてなんとか発作は収まった。

 やってくれる。いきなり人のトラウマ第一号をえぐってきた。


 なんとか立ち上がって歩き、門から先へ進み、家の中に入る。


 中に入ると麦茶を入れたお盆を持った四十代の女性がこちらを見て驚いた顔をしていた。

「おかえりなさいませお嬢様」

「……ただいま。優衣ゆいさん」

 そう。忘れもしない、家政婦で私のお世話係だった人だ。

 確か、この町に家庭を持つ人だったから、神奈川へ引っ越す時に暇を出したのだ。

「酷い汗。この麦茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

 そう言いながら差し出された麦茶を受けとる。

 冷たい麦茶は熱くなった体に気持ち良く、とても、とても美味しかった。


「さて、どうすれば脱出できるのか」

 自分の自室に戻ってベッドに腰掛けながら考える。

 あの騎士は、夢に囚われず夢から戻ってこれれば私の勝ちと言っていた。

 要はこの空間から脱出すれば良いのだ。どこかに出口があるはずだ。

 まぁ、その出口に心当たりがないのが問題だが。

 ……街を地道に歩き回るしかないか。


 ――――――手始めに、商店街へとやって来た。

 ここに行けば当時は欲しいものがだいたい手に入ったものだ。

 駄菓子に、駄菓子に、そして駄菓子。

 ……そう言えばこの商店街には駄菓子屋に寄った記憶しかないな。

 それ以外の欲しいものは全部、優衣さんが買ってきてくれたんだった。

「いらっしゃい!いらっしゃい!大根が安いよ!」

「今日はお肉が10パーオフだ!お買い得だよ!」

 お店の人が客を呼び込むために声を張り上げている。

 そこかしこに人が溢れ、賑わっていた。

 一つ。おかしな事をあげるならば、


 全員が腐った匂いを放つ皮膚が緑の人間、と言うことだけだ。


 うーん、いつからここはB級ホラー映画の中になったんだ。


 一瞬立ち眩みに襲われたが、唇を強く噛んで痛みで覚醒する。


 緑の人々をかき分け進むと、道の先には、公園が広がっていた。

 ここも懐かしい場所だ。よく親友の彼女と遊んだっけか。

「あーちゃん!やっぱり遊びに来てくれたんだね!」


 そう言いながらブランコから降りてこっちへ走ってきた子供がいた。

 ……あぁ、本当に懐かしい。

「みーちゃん……」

 彼女は所沢ところざわ 美月みつき

 私の親友だった子だ。

 キレイに手入れがされたショートカットの黒髪と誰からも好かれる可愛い笑顔。

 よく家まで来ては、私を連れ出して、あの商店街で駄菓子を買ったり、公園で遊んだものだ。


「今日はなにして遊ぶ?鬼ごっこ?かくれんぼ?」

 無邪気にそんなことを話しかけて来る。

 何も知らないのだろう。そんなことはわかっている。

 それでも私は力一杯叫ぶ。

「ふざけないで!遊ぶつもりなんてない!!この売女!!!」

 私は思いっきり叫んだ。

 みーちゃんは目を丸くして呆然としている。

 それもそうだ。当時の私ならこんな大声出すことはなかった。

「え……どうしたのあーちゃん、怖いよ……何か私悪いことした?」

「ええ!したわよ。あなたのお兄さんと一緒にね!」

「……もしかしてお兄ちゃんがしてくれるの事?あーちゃんに話したっけ?」

「えぇ。そうよ!その事よ」

 あぁ、思い出すだけでおぞましい。


 あれは梅雨があける少し前の蒸し暑い日だった――――――

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