序16 地獄2

 どれくらい頭を抱えて、じっとしていたのだろうか

 気づけば、景色はあの地獄から元の部室へと戻っており、日は完全に落ちていて辺りは暗かった。


 しかし、今も呼吸は荒く、鼻にはあの臭いがかすかに残っているし、背中は汗でべっしょりと濡れている。悪寒は留まるところを知らず、その場に座り込んでいて、腰が抜けていた。


 今のは夢?

 だとしたらセンスのかけらもない最悪の光景だ。忘れていたかった事を無理やり……そう言えば握っていた本はどこ?


 辺りを見回すがどこにもあの古めかしい装丁の本は見当たらない。

 魔術の教本……というわけではないのだろう。あの本が魔術道具というところか。

 魔術の世界は知らない事ばかりですね。


 私は二、三回ほど深呼吸をしたあと、ポケットのスマホを取り出して、到着した夜に登録しておいた職員室の番号を押さして電話をかける。

 ……よく見るともう十九時だ。ここに来てから三時間はたっている。

 すぐに繋がり女性の声が聞こえてきた。

「はい。車盾学園職員室です」

「こんにちは。一年の天宮です。東雲先生はいらっしゃいますか」

「わかりました。少々お待ちください」

 そう言うと、保留にしたのか音楽が流れ始める。

 数分後、東雲先生が電話にでた。

「はい。東雲です。天宮、ずいぶん遅いがトラブルか?」

「すいませんその通りです。本を取りだそうと思ったのですが、色々あって腰が抜けて動けなくなりました。助けてください」

「……どうしてそうなったかは後で聞くとして、今からそちらへ向かうので、じっとしててください」

「わかりました」


 ……数分後、東雲先生が勢いよく扉を開けて中に入って来た。部室の明かりをつけてこちらを見つける。

 真剣な眼差しで、私の手首で脈をとったり額に手を当てて熱を測ったりしてくる。

 ……なんだか恥ずかしい。そこまで大げさではないのに。

「酷い顔だ……若干熱もある。先に保健室か」

 どうやら見た目は相当悪いらしい。

 そう言われると、ストーブの火も入ってないから部室は冷えきっているし、汗が冷えて体全体が寒い。

 確かにこのままでは病人一直線だ。


「ほら、早く捕まりなさい」

 俯いていた顔を上げると、東雲先生が背中をこちらに向けてしゃがんでいた。

「……え?」

「え?、じゃない。背負って運びます。捕まって」

「あ……はい」


 肩から首へ。腕を回して体重をかける

「……!?」

 体重をかけた瞬間、驚いたように、その体を震わせた。いったいどうしたのだろうか。

 あぁ、重かったのか。


「重かったですよね。すいません」

「……そんなことはありません。その、人を背負ったのは久しぶりだったので位置を直したかっただけです」

 そう言いながら、東雲先生は膝裏に指を入れて強引に持ち上げる。

「きゃ!?」


 そのあとはお互い無言だった。

 私の体調がだんだん悪くなり、しゃべる元気がなくなった。


 保健室についた頃には体に力が入らなくなっていた。


「誰ですか!?以前もノックをしてから入ってとあれほど」

「急患ですよ。ベッドと着替えの服だしてください」

「それを速く言いなさい」

 中には雪平先生がいた。

 こちらを見たあと、テキパキと準備を整える。

 ベッドの上にゆっくりと体が下ろされる。

 起き上がってはいられるが、熱で頭がふわふわとする。

「それじゃあ、私はこれから見回りなので後の事はお願いします」

「良いですよ。早く行きなさい」

 なるほど。どうりで、やたら急いでいると思った。放課後畑山さんと話していた見回りには東雲先生も出るらしい。

 足早に東雲先生は保健室から出て行った。


 くらり、と一瞬景色がぼやける。

 どうやら私は限界らしい。

 本格的に熱が上がり、呼吸が荒く、苦しくなる。


 着替えたあと、私はそのままベッドの中で眠りにつくのだった。

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