序15 地獄1

 職員室で丸投げされたあと、畑山さんとは別れて私は、朝に訪れた部室へとやって来ていた。

 鍵を開けて中に入り、ロッカーの前に行く。

 改めてロッカーを細かく見る。


 いたって変哲のない金属製ロッカーで、傷や錆は見当たらないものの、どことなく威圧感というか重みのような物を感じる。この威圧感や重みが魔術としての格と言うのだろうか。


 スーツ一着作るので大変ならば、これはそれ以上に大変なのだろう。


 鍵穴に鍵を入れ、ゆっくり回す。


 ガチャン


 ロックの解ける音が室内に響く。


 確か、必要なのは「魔力運動教本 Ⅰ」と「初級魔術教本 赤の章」の二冊だ。

 さて、手を入れて掴む動作をすれば引っ張り出せるのだったか。


 ロッカーの扉をゆっくり開ける。

 普通ならそこには多少の奥行きがあり、荷物が見えるのだろう。だが、中はただ暗闇が広がっているだけで奥が見渡せない。

 まるでそこだけ底の見えない穴があるかのように。


 恐る恐る手を入れる。

 ある程度の所まで手を入れると自分の手が消えた。

 水に手を入れる感覚が一番近いだろうか、何もないはずなのに、どこか動かしにくい。



 魔力運動教本Ⅰ……魔力運動教本Ⅰ……

 強くタイトルを思いその手で掴むように動かす。

 数度繰り返していると、その手に物を掴む感覚があった。

 入れてた手を引き戻すと、そこには日本語で魔力運動教本 Ⅰと書かれたそこそこ厚い本が握っていた。


 こ、これを読むのか。

 読書の趣味はないから中々大変そうだ。

 そうだった。もう一冊あるんだ。


 再度手をロッカーの中に入れて、もう一つのタイトルを思い浮かべようとした。

 しかし、今度はタイトルを思い浮かべる前に手が物にあたる感覚がした。


 なんだろう。


 その何かをつかんで引っ張り出す。

 それは一冊の薄い本だった。

 薄いが豪華な金の装丁が施されている立派な本。

 タイトルは英語か。掠れていて読みにくい。……無垢なる少女へ送る記憶の写本、とでも訳せば良いのだろうか。


 ひらりと一枚めくってみる。

 また英語で何か文が書かれていた。


 君が五つの門をくぐり塔へと至ることを期待してこれを送る


 その瞬間、私の目の前の景色は燃える街へと変わった。


 何メートルあるのだろうか。緑の炎か高く、高く巻き上がり、目の前の建物や道路を燃やし尽くしている。


 次に意識に入って来たのは人の声だった。

 人の怒号。

 人の鳴き声。

 人の叫び。

 人の笑い。


 まるで全員お酒で酔っぱらった父や親戚のような様子であった。

 しかし、どれもただの酔っぱらいではない。


 人が泣きながら地面を殴り怒鳴り散らしている。

 人が自分で腕に包丁を突き立てながら泣き叫んでいる。

 人が呻き声を上げながら人の腕を食べている。

 人が空に手を伸ばしながら笑い声をあげている。

 最後に臭いが私の脳を焼きつくす。

 腐った卵と肉が焦げたような強い臭い。


 私はこの景色を、この声を、この臭いを、全て、全て聞いている。

 嫌だ。思い出したくない!!

「あぁ、あぁぁ!!」

 頭に手を当てて、髪をかきむしりながら、下を向く。

 けれど、そんな思いとは裏腹に、ここがどこなのか思い出してしまった。

 あぁ、そうか。ここは……神奈川県関内駅前。

 神奈川炎上でもっとも凄惨で残酷な光景が広がっていた場所であり、当時、私が病院を抜け出してやって来た街だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る