序11 説教と説得

「んっ……」

 今、自分は何をしているのか。

 そうだ、隣のベッドで横になっていたら寝てしまったんだ。

 腕を見ると点滴がされていた。

 驚いた。ここは病院なのだろうか。

 体を起こして見回すと、眠る前と何も変わらない保健室で、夕暮れの太陽が部屋全体をうっすら赤く染めていた。

 そして、ファイルがいくつも置かれた机の前に白衣の背中が見える。

「雪平先生」

「あら。おはよう天宮さん。ゆっくり寝れた?」


 座ったまま、こちらを振り返りながら雪平先生が優しく声をかけてくれる。

「ありがとうございます。寝れました」

「それは良かったわ」

「先生こそ大丈夫だったんですか?」

「えぇ、なんともないわ。それも含めて今から東雲先生呼ぶからちょっと待ってて」

 私が訪ねると、先生はニコニコして優しく答えてくれる。


 机の上にある電話を手に取り東雲先生へと電話をかける。

 暫くすると、「お、元気そうだね。良かったよ」と言いながら東雲先生がドアを開けて入ってきた。

 東雲先生はその足で、手頃な椅子を引き寄せて、私のいるベッドの横に座る。

 それを確認してから雪平先生は重たそうに口を開いた。


「さて、まずは東雲先生」

「はい」

「一言だけ言わさせていただきます。仕事をしてください。届いていた家庭調書を保険医に回さないのは何事ですか」

「それは、徹夜で……いえ、そうですね。申し訳ありません」

 雪平先生はそのつぎに私の方へその怖い顔を向ける。

 はて、なにか悪い事をしただろうか。

「あなたもですよ天宮さん。しっかりと食事を取りなさい。よくもそんな体で無茶な運動をしましたね」

「あ~、その……すいません」

 そうだった。昨日の夜から何も食べていなかった。きっと驚きを通り越して、呆れるほど顔色も良くなかったのだろう。


「保険医の私としての話は以上です」と言って雪平先生は一度話を切った。

「魔術士としての私から助言です。天宮秋奈さん、私の弟子になりませんか」


 え?魔術士の弟子?

 隣の東雲先生も驚いているようで、こちらに目をこちらに向けている。

「私がですか?」

「そうよ。あなたには才能があるわ」

「どうして、そんな事がわかるのですか」


 そう聞くと、雪平先生は白衣のポケットから、小さな正方形の紙を取り出した。

 その紙は先ほどの夕焼けに良く似た茜色をしている。

 それを見た東雲先生は驚きのあまりか完全に硬直していた。

 口をあけたまま固まっているので、すごい間抜けな顔だ。

 面白くて、笑い声を出しかけてしまった。


「これはね、魔術士としての 素質を図る魔術具の一つでね、血を垂らして、その色と広がり方を見て判断するものよ」

「それでどのような結果なのですか」

「そうね、とても素晴らしい素質を持っているのは確かだわ。私や東雲先生以上かもしれない」 


 なんと、そんなに凄かったのか。

 なんとなく自身の手の平を見つめる。

 魔術。お菓子のポケットや火を飛ばしたりする意味わからない能力。そんなものが私の中に眠っている。

「……実感がありません」

「それはそうでしょうね。まだ魔術士になる儀式もしてないから、魔力その物は感じる事はできないでしょう」

 顔を上げて雪平先生を見る。

 思ったよりずっと怖い顔をしていた。

「断ったら?」

「そうね、不本意だけどそこの東雲先生をオススメするわ。腕前だけは一流ですから」

「いえ、そもそも魔術士になるのをです。なりたくありません」

 嫌に決まっている。こんなわけのわからない事に巻き込まれたくなんかない。

 突然、ビュッと雪平先生の、手が動いたのだけ見えた。

 気づくとその手には医療用のメスが握られており、私の鼻先にその刃が突きつけられている。

 背筋がゾクリと震えた。今日はよく冷や汗をかく。

「ひっ!?」

「断ったら?そんなの殺すに決まってるじゃない」

 どうやら思っていたより、私は危険人物扱いらしい。

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