序10 気絶
「うぅん……ここは……」
目が覚めると知らない白い天井だった。なんだか酷く悪い夢を見ていた気がする。
気分は最悪だ。いったいここはどこなのだろう。
横を見ると白衣を来た四十代くらいのおばあさんが仰向けで倒れており、足の方には椅子に座りながらベッドに上半身だけ突っ伏している東雲先生がいた。
「たいへん!人を呼ばなきゃ!」
慌てて靴を履いて大きな扉を開けると、どうやらどこかの廊下らしい。
正面の壁には「保健室たより」や手の洗い方といった情報掲示板が作られているのが目に入った。ということは、ここは車盾学園の校舎の中だろうか。右へ少し進み曲がり角を曲がる、と「職員室」と書かれたプレートがぶら下げられていた。中からは物音がする。どうやら誰かがいるらしい。
「失礼します」と言って中に入ると、いくつもの机が固まるように分けられており、それぞれの机の集まりの上には一年A組、一年B組、という札が吊り下げられている。どうやら学年ごとにまとまっているようだ。
そして、少し先の窓際には唯一木製で誰よりも広い机があり、そこには人が座って書類整理していた。
「おや、まだ生徒玄関は開けてないんだが、どこから入ったんだい?」
紺色のスーツとネクタイをしっかり締めたおじいちゃんが話しかけてくる。おそらくここの教師だろう。
「勝手に入ったことは申し訳ありません。それより!少し手を貸してもらってもいいですか。部屋で人が倒れていて」
「なんですって?」
おじいちゃん先生の顔が固くなる。どうやら疑われてはいないらしい。
おじいちゃん先生はすぐに立ち上がり、早歩きでこちらへ向かってきてくれた。
出てきた際に、扉を開けっ放しにした部屋は「保健室」とプレートが下げられていた。
保健室へ戻ると何も状況は変わっていなかった。
「雪平先生!?東雲先生も……いったい何があったんですか」
「私がそこのベッドから起き上がるとこの状態で……とにかく誰か呼ばなきゃと思いまして」
おじいちゃん先生はすぐに二人の脈と呼吸を確認すると安心したように「よかった」と呟いた。
「大丈夫。二人とも気を失っているだけのようです。目立った外傷もないので直に目を覚ますでしょう」
「それならよかったです」
二人が無事で良かった。
「ひとまず雪平先生を起こしましょう。そしたら事情が聴けるかもしれません」
おじいちゃん先生はそういうと、名前を呼びかけながら体を揺すります。
二、三度そうすると「うぅ」と唸りながら雪平先生とよばれた白衣の女性が体を起こしました。
「……山田学年主任。来ていらしたんですか」
「えぇ。少し前に来たんですよ。それより!どうしたんですか普段ならちゃんとベッドの上で寝ているじゃないですか。生徒を不安にさせないようにと普段からお伝えしてるのに」
「いやぁ……急にふらりと立ち眩みがきてしまいまして。アハハハ!」
この先生笑いながら言ってる。笑いごとじゃないのに。
「アハハハ!じゃないんですよ。生徒のお手本となるように行動してくださいとあれほど……」
「あー!あー!わかりました。気を付けます。それより秋奈ちゃん。どこか痛かったりしない?」
「私ですか?」
「そう。まず先にあなたがここへ東雲先生に運ばれて来たのよ。触診するんで山田学年主任は出てってください」
そういうとまだ山田主任は言い足りないのだろう。しぶしぶといった感じで保健室を後にした。
扉が閉まって離れていくのを確認した雪平先生は自身のデスクに突っ伏した。
「あぁ……誤算すぎる。そんなことってあるのね」
「……どういう意味でしょうか」
尋ねると雪平先生は体を起こしこちらへ向き直る。
「今はまだいいわ。それよりあなたPTSD持ってるのは自覚してる?」
あぁ、そういうことか。どうやらまた発作を起こしてしまったらしい.
「はい。前にいた町で病院の先生から聞いています」
「あなたは東雲の知り合いと出会って三年前の『再体験』……フラッシュバックしたようね。……薬手帳もってる?一応記録しておきたいわ」
「はい。と言っても今は家です」
「後で送るからその時に見せてちょうだい」
その後雪平先生は「少し休ませて」と言い、黒い鞄から缶コーヒーを取り出した。
「東雲先生は起こさなくて良いんですか」
私が訪ねるとどうでもいいのだろう。顔も向けずに答える。
「良いのよ。どうせチャイムが鳴れば起きるわ」
一体あの時何が起きたのだろうか。雪平先生なら知っているかもしれない。
「雪平先生、私は一体誰を見てしまったのでしょうか」
雪平先生は少し考えるそぶりを見せる。
「……そうね、あなたが見たのはジョニー・ベルファストっていう近くの教会の偉い人よ。去年から北海道地区の教区長をしているの」
そうだ。なんとなく思い出した。すごく背が高くてゴツイ外人の男性。ジョニー教区長。それがあの小さな小屋に入って来たんだ。その姿を見て私は……
「また顔が青ざめているわ。それ以上思い出さない方が良いかもね。」
雪平先生が肩に手を当てて引き止めた。
「す、すいません。その……私が謝っていたとお伝えしてもらってもよろしいでしょうか」
「わかったわ。伝えておきます。今はさっき寝てた隣のベッドで横になりなさい」
やさしい声色で雪平先生はベッドの
「わかりました」と返事をしてベッドに潜り込む。
部屋は暖かいのだが、清潔なシーツと掛け布団は少し冷たく、今はそれが心地良かった。
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