序1 引っ越し
二月二十七日
「うーん、長かった」
私は、ようやく止まったタクシーから降りて背伸びをする。そばにお母様が居たら「はしたない」と言われるだろうが、それでも許して欲しい。なにせ札幌から何時間タクシーに揺られてここまで来たと思っているのか。酷く腰も肩も凝ってしまった。
「
後ろのトランクを開けながら運転してくれていた人が声をかけてくれる
「大丈夫ですよ。少し歩きたい気分なんです。むしろ昔我が家の運転手だったとはいえ、こんなところまで送ってくれてありがとうございます」
「いえいえ、御当主様には返しきれぬ恩がございます。最後にここまでお送りすることができて良かったです」
「それでもです。どんなに声をかけてもこんな山奥まで行けないというタクシーばかりで困っていましたから」
運転手の佐藤さん。この人には何度もお世話になったがまさかこんな形で再開するとは思ってもいなかった。あっちこっち行くのにいつも車を出してくれて連れまわしたものだ。
「それじゃあ帰りは気を付けてね」
「お嬢様……どうか穏やかにお過ごしください」
さてと、スマホのナビにそって進まないと。
「あ、晩御飯買うの忘れてた」
スマホの時計を見るとすでに八時手前だ。今からこの荷物をもって橋向こうの再開発された市街までは歩けないし。
ため息を一つ吐いて再度ナビに沿って進む。
しかし、本当に人の姿が見えない。立派な
家が並んでおりちょっとした庭が立ちそうなほどだ。昔は土地で有力な人々が住んでいたんだろうか。ほとんどの家の屋根には雪が積もり、玄関扉も半分以上の雪が積もって人の出入りした様子がない。
というか歩道も雪まみれで歩けそうにない。多少は人が住んではいるのだろう。車道だけは除雪が入っていた。
しかたがない車道側を歩くか。どうせ車も通らないだろう。
「こんなところから学校かよわなきゃいけないのか」
そうかんがえると酷く億劫になる。体力はつきそうだが。
「さて、いきますか」
気合を入れザクザクと雪を踏みしめながら歩き始める。
何度か交差点で曲がりながら数十分ほど歩くとポロンポロンとナビが目的地に着いたという知らせを出してくれる。
「ここか」
父方の叔母からこの住所に家を買ったから引っ越しなさい。と一方的に言われた時は、どんなあばら家かと思ったが、いたって変哲もない二階建ての家だった。なんなら門と塀、そして小さな庭がある。
お父様と叔母の仲は大変よろしくなかった。実は家の中は鼠やアリに浸食されてたり、実は死んだ人がいる事故物件と呼ばれる建物かもしれない。
だが、入り口まで除雪がされているのはびっくりした。誰がしてくれたんだろう。
貰っていたカギで玄関扉を開けて中に入る。中は真っ暗で足元すらよく見えなかった。スマホのライトをつけて足元を照らすと一枚の紙が落ちていた。
拾って読んでみるとそれは置手紙だった。
電気灯油水道の契約はすんでいます。あなたの口座から引き落とされるようにしました。家具類はご自身で買って用意してください。最後に一人での学生生活は大変かもしれませんが頑張ってください 安田
なるほど。お父様の姉が社長をしている会社の秘書の安田さんが住めるように準備してくれたのか。
中を見て回るのは明日に。ひとまずテーブルと布団とベッドに冷蔵庫の注文だけして、ストーブのある部屋で寝よう。
雪の上を歩くというのは想像以上に体力を使うらしい。車での移動で疲れもあったのだろう。
玄関から再度扉を開けて廊下に入る。
玄関以上に寒く、手足の指が冷たくなりすぎて辛くなってきた。
廊下を左に進み扉を開けると、ストーブのある部屋だった。広さから見ても居間だろう。
ストーブのスイッチを入れ、ブランケットを床に敷く。あとは少し着込めば寝る分には大丈夫……だと思う。
「……寝よう」
なんだか一気に眠くなる。
あぁ、今日も疲れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます