序2 お腹は鳴り止まず
――――――二月二十八日 午前四時三〇分
「……?」
ふと何か音が聞こえた気がした。車でも通っただろうか。それとも眠りが浅かったのだろうか。床で直接寝たためか体中が痛い。
私は少し重い体を動かし、枕元に置いていたスマホで時間を確認すると、普段なら寝てる時間に目が覚めてしまった。
グゥ。とお腹が訴えるように大きく鳴った。
そういえば昨日はご飯を食べていなかった。うぅ、空腹が辛い。
シャワーを浴びるため風呂場を探しに廊下へ出る。
廊下の扉を片っ端から開けていくと、ようやく洗面台のある部屋を見つけた。胸元まである曇り一つない鏡が私の疲れた顔を映し出す。
「あはは、参ったな」
こんな調子で二キロ近い道を歩けるかな。いやでもお腹空いたし。
しかし、面倒だ。
立ち尽くしていてもどうしようもない。
私は服を脱いで、浴室へと入った。
寝ていた部屋に戻って持ってきた赤いキャリーケースを開いて服を取り出す。
白いセーターに厚い生地を使ったズボン。生地の間に綿を入れた厚手の赤いロングコート、厚手の靴下を手早く着て外へと出る。
冷たい空気が鼻に当たる。やはり寒さは関東の比ではないですね。
当然、太陽が昇る前で空はまだ暗い。幸い家の前には街灯があるので安全に道まではでられる。
誰かが門の前を横切る。
「おや、見ない顔ですね」
一瞬体が硬直する。それは張りのある男性の声だった。
帽子を目深に被り、ネックウォーマーで鼻より下を隠していて、顔は良くわからない。
怪しい。こんな時間に何をしているんだ。
「……おはようございます」
「はい。おはようございます。私はここから二件ほど町よりの家に住んでいる三条といいます。ここは何かと不便なので困ったらいつでも頼ってくださいね」
「……ありがとうございます。それでしたら、食べ物を売っている場所はこの辺にありますか」
「そうですねぇ、飲み物の自販機ならポストやバス停のある通りにありますが、あいにく食べ物は新市街、上有市の方じゃないと、ないですね。それに時間が早すぎる。どこのお店も開いてないでしょう」
それでは。と彼……三条さんは立ち去ろうとするが、数歩進んだところで再びこちらに体を向けた。
「あぁ、でもホシミ公園なら食べ物があるかもしれません」
「ホシミ公園ですか?」
「えぇ。星を見ると書いて、星見公園。たまに柳生さんっていう変人がキッチンカーで店を開いているんですよ」
なんと。そんな変人がいるのか。キッチンカーは人の多い所にしかいないと思っていた。いや、実際そんなところでお店を開くメリットがない気がする。
私が、本当なのか嘘なのか、少し考えている間に三条さんはいなくなっていた。
ザクザクと歩く音が離れていく。
「行くだけ行ってみるかな」
スマホで調べると、確かに星見公園が地図に表記されていた。ただし山の中にだ。どうやら町へ向かう道の途中に公園へと続く道があるようだ。
「こ、これもご飯のため、ご飯のため」
よぉし……頑張れ!私!
お腹の音を何度も聞きながら歩き星見公園を目指す。
昨日来た道を辿っていくと、ようやく星見公園へと案内する看板を見つけた。
幸運なことに道路には除雪が入っていて道を歩くのには困らなかった。
しばらく公園へと向かっていると、ザッザッザと山の方から音が聞こえて来る。
「ぐへぇ」
誰かがすごい勢いで転がりながら、山から飛び出してきた。
人なの?裸??うわ!裸の男だ!!
「きゃぁぁぁぁああぁああああああ!!!!」
すぐさま私は腰のポーチからスタンガンを取り出して構える。
「待ってくれ。怪しい人じゃないからそのスタンガンを下げようか」
「嘘です。全裸のおじさんはヘンタイ不審者以外考えられません」
「違う!全部燃えたんだ!信じてくれ!」
しかし本当に不審者に出会ってしまうとは。絶対スタンガンなんか出番なんかないと思っていたのに。ありがとう。お父様。確かに変態はここに居た。
足は速いのだろうか。私は自信がないわけじゃないが、背中のリュックサックが邪魔だ。身長も頭二つ分くらい違うし、背中を見せては追いつかれるかも。
私はスタンガンを構えながらゆっくり後ろに下がる。
「信じられるわけないでしょう。着てた服が燃えたならどうして無傷なんですか!」
「それは……その、治療したんだよ……」
そんなわけあるか。服が全部燃え尽きる程の炎にさらされて、火傷を一つも負わないわけないし、治療もすぐにできるわけがない。
「とにかく、私に近づかないでください」
「わかった。わかったよ!ここは今とても危険なんだ。追ったりしないから今すぐ引き返してくれないか」
それはこっちのセリフだ!あんたが危険なんだからそっちが引き返せ!
「そうですか」
「その声は信じてないな!」
声色で分かるのだろうか。きもい。なんだこいつ。
そこで数秒男と睨み合う。どうやら引き返すつもりはないらしい
数歩後ろに下がりながら。バッと後ろへ向き直り全速力で走ろうとした。
「待て!伏せろ!」
突如先ほどの男の声がした。あまりにも鬼気迫る声で思わずその場にしゃがみ込んでしまう。
すると左からなにか光るものが頭の上を掠めていった。
その光は熱かった。熱い?何が通過した?
「ちっ!まだ追ってきてたのか。隠形は十八番ってか」
男がなにか言っている。誰かいるのだろうか。
それよりも、何かが今頭の上を通ったの?怖い。今すぐ逃げなきゃ。
しかし、私はその場から足が震えて動けなかった。
「あ…あっ…」
なんとか首を動かし左に顔を向ける。けれどそこには太陽の光も良く入らないのか薄暗い闇に包まれ奥までは見通せない。
気のせいだったのだろうか。いやそんなはずはない。たしかに頭を通過した熱は体験したことのある炎特有の熱さだった。
チカッ。チカッ。
森の奥から二度光が瞬いた。その直後火の塊がこちらに向かって飛んでくるではないか。
「ひゃっ!?」
私は慌ててさらに姿勢を低くする。先ほどの男に負けないほど雪と体をくっつける。
男の方を見ると、あの男も近くの木の後ろに隠れて二つの火をやり過ごしていた。
「そこの少女!これから俺が隙を作る!そしたら来た道を引き返すんだ」
男はそう言って、指を噛み切ると雪の上に血を滴らせて動かしている。
なんだろう……図形をかいている?
「山におわす精霊に希い奉る。東雲の血を捧げて願い奉る」
こんどは三度森の奥が光る。また火球が飛んでくる!
しかも先ほどと違って弧を描いて降って来た!!
「我が願いは雪の風。すべてを隠す大雪なり」
男の近くに二発ほど落下し爆発した。火の粉が男に降りかかるが怯む様子はない。
そして、最後の火の塊は私の目の前におちて爆発した。
熱い!熱い!熱い!もう無理限界!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一秒たりともここにはいられない。全神経全細胞が逃げろと警鐘をならしていた。
私は真っ直ぐ走り出す。それと同時に男の言葉も聞こえてきた。
「吹き荒れろ!」
パンッ!とよく響く手と手を打ち合わせる音が聞こえた。その瞬間どこからともなく走るどころか立つのもままならないほどの突風が吹き荒れ近くの雪を舞い上がらせた。
風に煽られてしまいその場に転んでしまう。
いや、これは吹雪だ。さっきまで晴れていたのに突然吹雪になったのだ。
だめだ。もうついていけそうにない。
「こっちだ!」
腕を誰かに引かれ立ちあがらされる。引っ張られるまま私は走り出すのであった。
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