幸福と計算
牛尾 仁成
幸福と計算
「タナカ君、ワシはついに作りあげたぞ。これで世界は救われるじゃろう」
やりましたね、博士。おめでとうございます。ところで博士、浅学な私では博士のお作りになられた装置のすごさが良くわかりません。どういう効果を私たちにもたらしてくれるのでしょう?
「うむ。こいつを使えばな、この世界から飢えや病気、戦争を無くすことができるようになるのじゃ」
それは素晴らしいです。この装置を使うことによって、そういった結果を引き起こせるわけですね。では、具体的にはどのような機能をこの装置はもっているのでしょうか?
「おうおう、要はのう。この装置はものすごくたくさんの計算を一瞬で終わらせることが出来るのじゃ」
たくさんの計算を一瞬でするのはスーパーコンピューターと同じなのではありませんか。
「今までのスーパーコンピューターとはわけが違うぞい。せいぜいが45京とか2
計算の回数が増えただけなのでは?
「そうじゃ計算の回数が増えただけじゃ」
今のスーパーコンピューターでも社会の様々な問題は解決に至っていません。単純に計算可能回数を増やしただけで、解決するとは思えないのですが。
「何を言うのかねタナカ君。この装置はな、今までのスーパーコンピューターなど比較にならない数の計算を瞬時にこなせる。例えばじゃな、君が朝起きてからこの研究所に来るまでの間に、どのくらいの計算をしているかわかるかね?」
計算ですか? 特に計算らしい計算なんてしていませんが。
「言い方を変えよう。計算というのはつまり、どんな行動が一番適確か、ということじゃ。普通、朝起きたら顔を洗うだろう? それからトイレに行ったり、髭を剃ったり、ごはんを食べたりする。家を出る時には鍵を閉め、最寄り駅から電車に乗って、駅で乗り換え、別の電車に乗って、研究所の最寄り駅で降りる。コンビニによって昼食を買い、研究所の一番空いているエレベーターでこの研究室まで来る。まぁ。毎日こんな感じではないかね?」
よくご存じですね。
「例えばこの行動を今までのスパコンがやったとしよう。スパコンは朝起きるとまず何をするのか計算する。その中で一番適確な行動を選択して実行するわけじゃ。顔を洗おうか、トイレに行こうか、髭を剃ろうか、飯を食べようか。他にもその場でラジオ体操しようとか、外に散歩しにいこうとか、植木鉢を投げ捨てようとか、フライパンでエアギターしてみようとか、色々可能性を考える」
ちょっと待ってください。顔を洗うとかは分かりますけど、植木鉢を投げ捨てるとか、エアギターっていうのはちょっと意味が分かりませんが。
「そこなんじゃ。人間は適確な計算というものを無秩序には行わない。おおまかに『その行動をとる益が少ない』と予想できるものをそもそも計算のまな板には乗せないのじゃ。エアギターだの植木鉢は論外だし、ラジオ体操や散歩はわざわざ朝の時間が少ないなかにやる必要はない。人間の脳みその賢いところは、必要ないものをそもそも認識しないようにできているところじゃ。ところが、コンピューターというのはそもそも何の益が多くて、少ないか、という判断ができない。何の情報も無い中では特にそうじゃ。だから、コンピュータは全部計算してしまう。朝起きた瞬間からできる行動すべてを計算する。その計算の果てに、益の多寡を測って、選択するわけじゃ」
なるほど。コンピューターには無駄な計算を省く能力が無いということですね。それではその計算能力が増えるということは、どういうことを意味するのでそうか?
「現代のスパコンではこの無数とも言える可能性を計算するには計算スピードが遅いのじゃ。だが、この装置はそれを遥かに凌駕しておる。つまり、人間の取り得る行動の全ての計算が事実上可能ということじゃ。何せ、人間の筋肉の動きと関節の可動域とそれらを連携させて、人間が物質上起こし得る全ての行動の計算が可能なのじゃから」
すごいですね、博士。でも、人間は道具を使う生き物です。歯を磨くのには歯ブラシを、文字を書くにはペンなどを使います。そういう道具についての計算は、どうなんでしょうか?
「ははは、そんなものは当たり前にこの装置の中にデータとして入っておるし、これから開発されるものも全て自分で計算できる。何も心配はいらん」
えっと、計算できるというのは?
「言葉どおりじゃよ。人間の全ての行動と、この世にある全ての物質やその構成物のデータを計算できるのだから、これから先人間がどんなものを作り出したり、考え出したりしたとしても、それらは全てこの装置が計算可能な事象なのじゃ。何せ人間はこの世の中にある物事でしか、物を考えることができない生き物だからのう」
たとえばワープとか、タイムトラベルとか空想の出来事はこの世の中にありませんが、そういったことも計算できるというのでしょうか?
「いかにも、その通り。ワープは結局、点から点へと飛ぶ事象。タイムトラベルとは現在の時間から過去や未来の時間へと実存を可能にせしめること。ほれ、点という思考も、時間と言う思考も何もかも既に人間が開発した概念のことじゃ。単純にそれを組み合わせて編み出した、空想という名の既存の概念の練り合わせじゃよ。もっと言うと、この装置は人間の脳細胞一個一個の動き、シナプスを走るインパルスをも計算し尽くせるので、言ってしまえば人間の思考も先読み出来てしまうわけじゃ」
そ、それじゃあ、この先人間が編み出せる可能性についても、この装置は全て計算出来てしまう、ということですか?
「……そうじゃよ。これほどの計算能力を持ち合わせれば、人間の『判断』という能力など使う必要もなく、文字通り『全て』を計算し尽くせる。人の価値基準となる善悪や真善美なども全て計算できるとも。何だったら、人類が生まれてから、誕生してきた全ての人間個体の行いついて、それらがしてきた行為や思考、全てを地球上に散らばるあらゆる物質から逆算して、再現することも可能じゃ。
では、この装置は本当に全ての人間の能力を『計算する』というただ、その一点を持って超越したと言えるのでしょうか。
「そうさな。だから、こいつを使えば飢えも、戦争も、病気も無くなる。この装置に入力すればいいだけじゃ。全ての人々が幸福になるにはどうすればよいか、と計算させればよい」
じゃあ、さっそく計算してみましょう。
「結果が出たぞ。ほう、なるほど。こうすれば、人類は幸福になれるのじゃな。タナカ君、すぐに準備をするぞ」
計算結果:全人類の脳にこの装置を接続すること。
幸福と計算 牛尾 仁成 @hitonariushio
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