第12話 ヨシノ、全力疾走!
「ほう。
ヨシノが準備させたモノをみて宗哲がつぶやいた。五間(約九メートル)はある長い縄の先に水を入れて栓をした小ぶりなひょうたんを結えてある。
「良いんじゃないかな」
サブロウが嬉しそうな顔でヨシノを見ている。
ヨシノはその縄のひょうたんに近いところを持って投げ縄のように振り回し始めた。
「うん、いい感じ」
ヨシノは持ち手を緩めて少しずつ縄を伸ばし、ひょうたんの描く円が大きく広がっていく。
「さあ、準備できました。わたしと金兵衛さんはこれで、段蔵師匠を倒します!」
「よござんす。お嬢さまかかってきなせえ!」
段蔵も三間(約五.五メートル)はある物干し竿のような竹の棒をかまえて相対する。
「ヨシノさん金兵衛さん組は、ひょうたんで打倒段蔵さんを宣言しました。さあ、お兄さんたちの
「「俺たちは死んではおらんぞ!」」
稲葉兄弟が文句を言うが、なんとなく司会役になっているチカは場を盛り上げる。
「さあ、ひょうたんで段蔵さんの竹馬巨人兵を倒せるでしょうか!それでは実験始め!」
「えいっ!」
ヨシノは遠心力に乗せたひょうたんを段蔵の頭めがけて投げつける。
「おっと!」
ヨシノよりも高い位置に段蔵がいる分だけひょうたんも若干失速した。段蔵は竹の棒を縦にして余裕でひょうたんの直撃を防ぐ。
「おおっと、ヨシノさんの攻撃はあっさり防がれてしまったあ!」
「甘うござんす」
「段蔵師匠に当たらなくても、棒に絡めて崩せるかと思ったんだけどなあ。もう一度!」
「いくらでもかかってきなせえ」
段蔵は余裕
ヨシノは前にもまして大きく速くひょうたんがついた縄を振り回して、段蔵の竹馬巨人兵に向かって投げつける!
「おおっと!ヨシノさんが狙った本命は竹馬の脚だあ!」
ひょうたんに続く縄が竹馬の脚に当たると勢いのままにひょうたんが竹馬の脚をグルグル回った。当然、縄は竹馬の脚に絡みつく。うまい具合にひょうたんが縄に絡まりロックされる。
「金兵衛さん、今です!思いっ切り引っぱってください!」
「あいよ!そおれ!ふんっ!」
竹馬の脚に絡んだ長縄を金兵衛が力強く引っ張る。
「さあ、金兵衛さんが縄を引っ張って竹馬を崩せるか!」
だが意外に段蔵のバランスがよくなかなか崩れない。
「しぶといなぁ、こん畜生!ふんぬ!」
金兵衛が顔を真っ赤にしてさらに力を入れて引っぱる。
「それなら、こうしやしょう」
今度は段蔵はその力に逆らわなかった。巧妙にバランスをとりながら棒をかまえてのっしのっしと金兵衛に迫る!
「げげっ?ヨシノ嬢ちゃん次はどうする?」
「金兵衛さん、打たれないように棒の間合いを外したまま逃げ回って!」
「マジかよ!逃げるだけかよ!」
「はやく、はやく!」
「アンタ、しっかり!」
「ああ、もう!くそったれ!」
金兵衛はかなり大きく間合いをとって段蔵から全力疾走でドタドタ逃げ回る。
「金兵衛さん、逃げの一手だ。はたしてこのまま逃げ切れるか!」
一方向にぐるぐると左回りに逃げ回っているうちに、縄が竹馬の両脚に絡み出した。その分だけ段々と竹馬と金兵衛の距離が短くなっていく。
「げげっ。しまった」
金兵衛は完全に段蔵の棒の間合いに入ってしまっている。段蔵が掛け声とともに金兵衛目がけて棒を振りおろす!
「チャーーシューーメーーン!」
「わああああああああ!なあんちゃってな」
金兵衛は縄を片足で踏むと手に巻いて掴んだ縄を高く差し上げてその縄を使って、竹の棒を受け止める。
縄が竹棒をボヨンと弾き返すのを金兵衛はさっと手を伸ばしてそのまま自分の脇の下に抱え込み、身体を丸めて抑え込んだ。
「よおし、行け!お嬢ちゃん!」
「はい!サブロウさまはわたしを受け止めてください!カズマさん、段蔵師匠がケガしないように受け止めて!ヨシノ行きま〜す!」
金兵衛の後ろからヨシノが走ってくる。身体を丸めた金兵衛を馬跳びのように開脚で飛び越えた!
そのまま、段蔵の竹棒の上にすとっと着地する。
「「「ええ⁉︎」」」
「「「「おおおおおおおお」」」」」
そこからヨシノは当たり前のようにその棒の上をタッタッタと走る!走る!全力疾走で駆け上がる!
「いったい何者なのだ!サブロウ殿の嫁は!」
箱根権現の修験者である宗哲が目を丸くして叫ぶ。
「すごいね、ヨシノさん」
サブロウの弟の大須三郎治頼も目を見張る。
「身が軽くて強力な技も多いから『阿修羅モモンガ』なんてあだ名もあったわね」
カバーに入らないチカが二人に説明する。
「なんだそりゃ!」「面白いね(笑)」
「段蔵師匠、覚悟ぉ!」
棒の上、段蔵の至近距離まで到達すると、ヨシノは走った勢いのまま踏み込むようなキックを段蔵の顔面に放つ。
さすがにこれをまともに受けるわけにはいかないと、両腕をクロスさせた十文字受けでこれをガッチリ受け止めようとする。
とん。
軽すぎる感触だ。続けてすぐに反対の足の蹴りも段蔵の顔面目がけて迫る。こっちが本命なのか!十文字受けで待ち受ける。
たん。
こちらの蹴りもたいへん軽い感触だ。ヨシノがニコッと微笑んで、そのまま揃えた両脚を伸ばして、優雅に後方にジャンプして宙返りしながら頭を下に逆さになって落ちていく。
「サブロウさま!」
「応!」
その真下で待ちかまえていたサブロウがヨシノをうまく胸に抱えるように受け止めたが、ふにゃあっと押しつぶされて仰向けでひっくり返った。
プロレス技でいうムーンサルトプレスが決まった形だ。メキシコのプロレス、ルチャリブレ風に言うならペチョ・コン・ペチョ(pecho con pecho)。こっちは胸と胸という意味だ。
「ありがとう、サブロウさま。大丈夫?ケガしなかった?」
「大丈夫。空から降ってくる女の子を受け止めるのには慣れているから。でも、ヨシノ。この技は着地でヒザを痛めるから、できるだけ使うなよ」
「はあい。サブロウさま、そろそろ放してください。くすぐったいし、ちょっと恥ずかしいです」
柔道でいう上四方固めのようにヨシノがサブロウを押さえ込んでいる。ただし、下になっているサブロウの方がヨシノの背中に手を回して離そうとしないのだ。
「もうちょっとだけ、このままでいさせろ。くんくん。ヨシノの匂いだあ」
そう言いつつサブロウがヨシノの腹のあたりで顔をぐりぐりとする。
「きゃあああ!」
思わずヨシノがサブロウの肋骨に肘打ちを入れる!
「ぎふっ!痛い!痛いって、ヨシノ!」
サブロウがヨシノを解放して立ち上がる。
「人前で変態行為をするからです!」
ヨシノが顔を真っ赤にして怒っている。
ヨシノとサブロウのじゃれあいを見ていた、もとい墜落したヨシノの安否を確認していた段蔵がふと我にかえった。
「しまった!お嬢さまが
「大当たり〜。米一俵ごっつぁんだあ。そおれ、よっこいしょ!」
ヨシノの蹴りをブロックするため、段蔵は竹棒を手放していた。その竹棒を抱えた金兵衛が、竹馬の脚の間に差し入れて、梃子の要領で捻りたおす。
「へっ、見事にやられやした」
「はあい、そのままコッチに倒れて」
竹馬巨人兵はあっけなく倒されて、段蔵はカズマに無事に受け止められた。
「段蔵さん、お疲れさん!」
「お嬢さま、いえヨシノさまの動きに完全にだまされやした。完敗です」
「ヨシノさんて、ちっこくても身体能力のバケモンですやん。しゃーないですって」
「決着!ヨシノさん、金兵衛さん組の勝利!では、実験成功!で、いいですよね、サブロウさま?」
「うーむ。俺たちのときはここまで派手じゃなかったけどな。流星錘でカズマが竹馬の脚を絡めて、体勢を崩してから棒をもぎとって捻って倒した。それだけだったからな。まさか、棒の上を駆け上がるなんて誰も思いつかんし、思いついても誰もできぬぞ」
「へへへ、でも、わたし正解ですよね」
「ああ、正解だ」
「「「すごいぞおお!ヨシノさまあ!」」」
「「「おおおおおおおおおお!!」」」
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拍手喝采である。
「ありがとう!みんなあ!」
ヨシノが皆に手を振りながら立ち上がる。
「おいおい、みんな俺のことも忘れんじゃあないぞ!俺がトドメをさしたんだぜ」
「わかった、わかった。みんな金兵衛にも拍手だ。約束の米一俵もちゃんとやるから」
「アンタ、よくやったよ!」
「応!」
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「そして巨人兵役の段蔵にも拍手だ」
「へへえ。恐れ入りやす」
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「オマケで尻を押さえて並んでのびていた稲葉兄弟にも拍手だ」
「「うーん。ケツが痛すぎてまだうまく歩けん!」」
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「さてここで、風魔との話に戻るぞ。カズマが実際に
「守護家の御曹司がどこの馬の骨とも知れぬ忍びの頭領と義兄弟になったのですか」
ようやく痛みがおさまってきた彦次郎が聞いて呆れた。
「いや、
「へい」
「それはそうかも知れませんが」
ヨシノはふと
「あ、もしかして、段蔵師匠って
「へえ。お察しの通り。あっしも元は風魔の忍びで小太郎は兄でございやす。あっしの元の名前は
「もちろん風林火山なんていう木刀は持っていないから著作権上の問題はないぞ」
「なんの話でやんすか?ウチの木刀に刻んであった文字はたしか洞・・・・・・」
「みなまで言わんでよろしい。この段蔵は三崎城でも竹馬に乗って大暴れしていたんだ」
「「「なんと!では三浦荒次郎も段蔵さん?」」」
稲葉三兄妹が驚く。
「いえいえ。三浦荒次郎殿ご本人に竹馬はこうやって使って、こう戦うんでございやすと、お手本をお見せしただけでございやす。ただ、そのときに成り行きで伊勢さまの御家来を手にかけやした」
「その件は伊勢家とあとで手打ちにできたが、顔バレ身バレしちゃまずい相手も相模にいるんでな。面倒はいけないんで、小太郎殿と相談して俺んとこに来てもらった。痩せて体型も変わったし、名前も段蔵に変えたから、もうバレないとは思うけどな」
「へえ。サブロウさまはあっしにとっても風魔にとっても恩人でござんす」
「三浦家に対しては風魔からも降伏をすすめてもらったんだけどな。聞き入れてもらえなかった。そこでやむなく俺たちで三浦荒次郎を討つことになった」
サブロウが残念そうに言った。
「本当はなあ。あのときも俺が一人で隠形術で忍びよって荒次郎を討ち取るつもりでいたんだ。ところが、それを全部サブロウにパアにされたんだぞ」
修験者の宗哲が
「あれは不幸な事故だ。至近距離でも隠形の術で姿が見えなかったんだから仕方ないじゃないか哲つぁん!哲つぁんの隠形がうますぎるのが悪い」
「なに言ってやがる!おかげで、こっちはとんだとばっちりだ。石をぶつけられ、目潰しの粉をかけられ、ハチにも刺されまくって、竹馬ごと縄で絡みとられて倒されて下敷きになったと思ったら、馬に引きずり回された。本当に死ぬかと思ったんだぞ!今でもたまに夢に出てくる」
「「「うわああああ、悲惨過ぎる!」」」
「ちゃんと謝ったし手当てもしたぞ。生きているだけで丸儲けじゃないか。まあ、哲つぁんのおかげで伊勢宗瑞殿と会いやすくなったんだから感謝してるよ。おっと長くなったから続きは次回ってことで」
「おい、サブロウちょっと待て!やっと俺の出番が回ってきたのに、せめてもうチョット」
「さて、次回、やっとこさ北条早雲こと伊勢宗瑞殿との会見のお話になります。それでは、皆さままた!会わな、北条は〜ん!」
「俺の出番〜!」
つづく
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