第13話 伊勢長綱の災難

《伊勢長綱視点》


 俺の名は長綱ちょうこう。父は伊豆国を治める戦国大名、伊勢宗瑞そうずいだ。俺は特別に父に目をかけられていた。


 だが、末っ子であり相続で問題を起こすといけないということで幼いころより寺に出されて修行していた。それが、修験道と広大な寺領で知られる箱根権現だった。ここでの修行で俺はさまざまな術を身につけた。その一つが隠形の術だ。


 そんな俺に、相模国三崎城を攻略中の父より、助けを求められた。敵側に人外の巨人が現れたため、怯えた兵士たちの士気が下がっている。だから験力で折伏できないかというのだ。


 俺は三浦荒次郎を名乗るその巨人が我が伊勢軍を相手に暴れるさまを見に行った。


「父上、あれは人外の者ではなくただのカラクリでございます」


「なんだ、やはりそうか。ならば、お前はあ奴をなんとかできるか?」


「無論ですとも!隠形の術で身を隠しながら背後から忍び寄り、脚を切るなりして倒して見せましょうぞ!」


「頼もしい。では三浦荒次郎はお前に任せる!」


「ははっ!」




 俺は用心のために鎧を着込んだ上に修験道の道着をまとった。そして隠形の術で姿を隠して三浦荒次郎に近づいて隙を窺っていた。そのときだ。


 我が伊勢軍に陣借りしていた見慣れぬ一団がザザッと三浦荒次郎を遠巻きに取り囲んだ。


「攻撃準備!」


 何をする気だ!


 やたらとゆったりとした黒い服を着たその五十人ほどの集団は歳の頃十四、五の若い武将が率いていた。


「投石!」


 印字打ちか。陣借りの連中が三浦荒次郎目がけて投石を開始した!おい、ここには俺もいるのだぞ!といってもアイツらに俺は見えない。石つぶてがビュンビュン飛んできて巻きぞえで俺にも当たりはじめた。


(痛い、痛い、痛い、くそ痛い!)


 声に出さずに必死で耐える。


「山椒玉!」


 革を使った奇妙な道具から丸い球が発射されて三浦荒次郎の顔のあたりで弾ける!


「ううっ目が、目が〜!」


 中身は灰と山椒の粉の目潰しか!荒次郎が目を覆って苦しむ。俺も降りかかってきた灰や山椒が目に入り、目がしみるし涙が止まらない。くそっ。


「小さい葛籠つづら!」


 遠目でもわかるいかつい体格の男が長い竹の棒の先にフタのついた葛籠を引っ掛けて荒次郎の顔に突きつける。荒次郎がめったやたらに振り回した棒がその葛籠を叩き落とした。落ちてフタが開いた葛籠から現れたのは・・・・・・


「ぐわっ!蜂かあっ!」


 荒次郎が叫ぶ。あの連中蜂の巣を葛籠の中に入れてやがった!何十匹もの蜂が荒次郎に襲いかかる!とばっちりで蜂の何匹かは近くにいた俺をも襲う!


(痛い、痛い!痛え!こん畜生!)


「カズマ、流星錘!」


「押忍!」


 カズマと呼ばれた男がかなり遠い間合いで重りのついた縄をぐるんぐるんと振り回す。加速がついたところで大きく弧を描くように横から投げつけた!


 重りごと縄が荒次郎の脚に絡みつく!


ぐえっ!


 糞ったれ!俺の首ごと荒次郎の脚に絡みつきやがった。動けば首が絞まる!身動きもとれん!おおっ、荒次郎の脚ってこれはただの竹じゃないか!


「よいしょ、こらしょ、どっこいしょ」


 その縄がぐんと引っ張られるが荒次郎はまだ倒れないで耐えている。


「カズマ!お稲荷さんにご挨拶だ」


 若い武将が悪い顔でニヤリと笑う。なんのことだ?


「押忍!」


 カズマと呼ばれた厳つい男が長い竹竿で荒次郎の股間の急所をしたから無遠慮に突き上げる!


「のおおおおおおおおおおお!」


 荒次郎が吠える。自慢の武器の金砕棒も手放して股間を抑え前屈みになる。さすがに身体も大きくぐらつく。


「カズマ、もう楽にしてやれ」


「押忍!」


 カズマは先ほどの長い竹竿を荒次郎の両脚の間にねじ込んだかと思うと、竹竿を持ったままぐいんと弧を描くように走る。


「たーおれるぞーーー!」


だーーーん!


「ぐえっ!」


 荒次郎をひねり倒しやがった!俺は荒次郎の脚の下敷きだ。荒次郎は打ちどころが悪いのか伸びてしまったようだ。なんとかここから逃がれないと。


「縄を馬の鞍に結んでっと。それじゃあ、ハナホオジロー行ってこーい!」


ブヒヒヒヒヒヒーン!


 ムチを入れられた鼻白で頬白の馬が駆け出した。縄がピンと張る。馬は荒次郎を引きずって走る。俺ごとだ!俺も引きずられる!いかん!引きずられてケツも痛いが、首がどんどん絞まる!縄をつかんで首に食い込むのを必死で抑える。死んでしまう!もはや隠形どころじゃない!このままじゃ死ぬ!死むー!


 俺は恥も外聞もなくありったけの声をあげて叫んだ!


「たーーすけーーてーーくれーー!」


「先生、ハナホオジローが引きずってる荒次郎の脚のトコロにもう一人、弁慶みたいな格好したのが見えるんやけど」


「げげっ!誰か巻き込んじまったのか。まずいぞ、小次郎殿、止めてきてくれ!」


「へい、ただいま」


 黒服の一人が馬を駈り、俺たちを引きずる鼻白の馬に追いついてなだめて止めてくれた。助かった。黒服の連中が集まってくる。


「おい、アンタしっかりしろ、大丈夫か?」


「お、お陰で、助かった!もうちょっとで死ぬかと思ったが、全身の打ち身と蜂刺され少々とケツを擦りむいただけだ。礼を言う」


「巻き添えにして悪かったな。擦り傷もバカにしちゃいけない。手当てさせてもらうぞ。俺たちは陣借りしている風魔党の者だ。ところで、お主は何者で、あんなところでナニしていたんだい?」


「俺は伊勢長綱ちょうこう。三浦荒次郎を狙って奴の近くに潜んでいたのだ」


「ほほう、隠形の術か。すごいな」


「そんなことより、この人北条幻庵じゃないですかセンセ」


「師匠、これはチャンスですよ。幻庵宗哲といえば北条早雲の息子ですよ!」


 北条幻庵?幻庵宗哲?北条早雲?こいつらはナニを言っておるのだ?


「そいつはラッキー。では宗哲殿。大名の御曹司同士で仲良くしようじゃないか!」


「え?いや、アンタさっき風魔党だと言ったじゃないか?ただの国人の郎党じゃないのか⁉︎」


「俺たち三人は風魔党の助っ人だよ。本当は美濃の人間だ」


「美濃の大名の御曹司ってアンタ、いや貴殿たちはまさか美濃土岐家の者か!」


「いかにも、大当たりだ。知らざあ言って聞かせやしょう!あるときは旅の絵師・洞文。またあるときは風魔の助っ人青蛇あおへび。しかして、その実体はぁ、土岐サブロウ頼芸よりのりたぁ、俺のことだぁ!ほらこれ見て見て、ちゃんと桔梗の紋所入りの印籠を持っているでしょ!この紋所が目に入らぬか!」


 土岐サブロウ頼芸と名乗った男は得意げに懐から桔梗の家紋の印籠を取り出してかざして見せた。


「はあ?」


 なぜそんなに嬉しそうに印籠を見せるのか意味がわからない。そもそもなぜ美濃土岐家の御曹司が相模の戦場にいるのだ⁉︎


青蛇あおへびってセンセ、ボク初めて聞いたんやけど」


「忍びネームだ。五人集めて潜入戦隊強生連蛇スネイクレンジャーでも作ろうかなと」


「師匠がリーダーやるんだったら赤蛇じゃないんですか?」


 サブロウ殿の隣の少女が疑問を挟む。うん?土岐家は年端もいかぬ少女も戦わせるのか?


「そうしたら、レッドスネェ〜ク、カモォ〜ン!ができないからヤダ!」


「やりたいのは戦隊モノじゃなくって東京コミックショウなんかい!」


すぱーん!


 厳つい男が大きな白い扇でサブロウ殿の後頭部を思い切りはたく。いいのか⁉︎相手は仮にも美濃国守護土岐家の御曹司じゃないのか⁉︎


「カズマ、ナイス突っ込み!」


 土岐サブロウ殿とカズマと呼ばれた男がお互いに親指を立てて満足そうに微笑んでいる。先ほどの少女は両手を広げてやれやれとかぶりをふっている。


 この者たちの言うこともやることも全く理解できん!誰か俺にわかるように説明してくれ!


「サブロウさま。この三浦荒次郎、本人ではござんせん。影武者の、出口五郎左衛門でござんす」


 俺を助けた小次郎という男がまだ伸びている荒次郎の顔を見てサブロウ殿に報告する。


「出口五郎左衛門?おおっ『北条五代記』を書いた三浦浄心のご先祖か。ついてるな。コイツも宗哲さんと一緒に手当てしてやれ」


「押忍!」


「小次郎さん、巨人は倒した。もう頃合いだから、城に潜んでる連中の出番だ。派手に火をつけちまいな。今なら戦意もガタ落ちだ。城だってすぐに落とせるぞ」


「へい。では、そのように」


「ところでてつさん!」


「哲さん・・・・・・て俺のことか?」


「哲さんでダメならてっつぁん!俺のことはサブロウと呼び捨てでいいよ。サブちゃんだとなんだか逆に偉いヒトみたいだからサブロウで」


「お、おう」


「傷の手当てしたら親父殿と兄上殿に会わせておくれよ。いいだろう?」


「うむ。わかった」


 生命の恩人だ。断る訳にもいくまい。そしてこの者たち、俺の直感では父上たちとも話が合いそうな気がする!


「小次郎殿、小太郎殿を呼んできておくれ。さあ、皆で伊勢宗瑞殿と伊勢氏綱殿にお会いするぞ!」


「応!」


 *   *   *   *   *


「はい、カット!哲つぁんの回想終了だ。いやあ哲つぁん、大活躍だ。出番も見せ場もたっぷりだったな。うらやましいぜ」


「え?もう終わりなのか?俺ってボロボロになっただけじゃないか!」


「いくら哲つぁんでもこれ以上は危険だ」


「危険?」


「そうだ。さっきから回想で出番が全くなかったヨシノがものすごい顔でこっちをにらんでいる」


「サブロウの嫁がなんだって?ひ、ひいいいいいいいっ!」


 宗哲が振り返るとヨシノがヒロインが見せてはいけない顔で宗哲を睨みつけながらなにかをブツブツ唱えている。


「ヒロインはわたしなのに出番がないだなんて。ヒロインはわたしなのに出番がないだなんて。ヒロインはわたしなのに出番がないだなんて。ヒロインはわたしなのに出番がないだなんて。ヒロインはわたしなのに出番がないだなんて。ヒロインはわたしなのに出番がないだなんて。ヒロインはわたしなのに出番がないだなんて。ヒロインはわたしなのに出番がないだなんて。ヒロインはわたしなのに出番がないだなんて。ヒロインはわたしなのに出番がないだなんて。ヒロインは・・・・・・」


「あわわわわわわわ、お、俺はどうすれば良いのだ!」


「言ったろう?哲つぁん。まだやるかい?」


「いや、出番はもう充分だ!もう結構だ!」


「だってさ。ヨシノ。お前もあまり怖い顔をするんじゃない」


「え?どうかしましたか?やだなあ、サブロウさま。わたし、なにもしてませんよ!」


 元通りの愛らしい美少女の顔でヨシノが答える。小首を傾けているようすが、いかにもあざとい。


「そうかい?じゃあ、このまま、いつも通りの三人称・神の視点で続けるよ。話の都合上どうしても避けられないから、北条はんのお話にもう少し我慢して付き合ってくれ。我が愛、我がヒロイン殿」


「はい、サブロウさま」


 ヨシノが明るく答える。


「なんなんだ、この夫婦!無茶苦茶怖いんだが」


「哲つぁん、慣れや!慣れんとアカン!」


「大丈夫よ。哲さんならきっとできるわ!」


「じゃあ、続き。五秒前!四、三、二、一、はいスタート!」





 *   *   *   *   *


 小田原城の謁見の間の上座には当主の伊勢宗瑞と嫡男の伊勢氏綱が並んで座っている。長綱は尻を擦りむいて座るのが辛い状況なのでこの場にはいない。


「アッハッハッハッハッハ。よくわかった。土岐サブロウ殿。そういう訳でウチの末息子があのようにボロボロの姿だったのか。末息子がずいぶんと世話になったな。それに此度の三崎城攻めの大きな助力。二つ合わせて心より礼を申すぞ」


「「「「「滅相もございません」」」」」


 伊勢宗瑞が言うと下座に並んだサブロウ、カズマ、長綱の傷の手当てをしたチカ、風魔党の風間小太郎、小次郎兄弟がいっせいに頭を下げた。


「なにか褒美を取らせようと思うが、その方たちの望みはなんじゃ?遠慮なく言うてみるがよい」


「では、恐れながらまずはこれをご覧ください」


 そういうとサブロウは何枚かの紙を懐から出して広げた。なにやら絵や文字が書かれているが、上座からでは遠すぎてあまり見えない。


「氏綱。見て参れ」


「ははっ!」


 父の宗瑞に言われて、当主の氏綱が上座から下りてサブロウの前までやって来る。


 目の前にあるそれらの紙に描かれたモノを見た氏綱は血相を変えて脇差を抜き、その刃をサブロウの首筋に突きつけた!


「貴様!これは一体どういうことだ!返答次第では貴様の素っ首だけでなく、ここにいる者全ての命はないものと思え!」





つづく

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