第8話 前々世の過去の記憶、前世の未来の記憶
「林四郎二郎さまをお連れしやした」
段蔵が、サブロウの
「稲葉備中守殿、そして
サブロウの傅役の林四郎二郎が頭を下げた。小太りで白髪混じりの髪に豊かな口髭。目の下にたるみと若干の
「いや、こちらこそ願ったり叶ったりです」
「本来なら私が先触れになるところ、まさか先触れが足止めされて、サブロウさまご自身が先に着いてしまうとは、申し訳ござらん」
「だから、最初から先触れは要らないと言ったぞ。実力を試す立ち合いで遠慮されたら実力がわからないじゃないか」
「忘れ物を届けるからそれまで動くな!だなんて言っておいて、先触れを追い越すなんて、あんまりですぞ!」
「良いではないか。もう済んだことだ。改めて言うぞ。俺はヨシノを嫁に貰いにきた。これは変更不可だ」
サブロウが真面目くさって宣言する。
「先ほど父上が、稲葉家が将来生き残れるかどうか、わたしと彦次郎兄上と彦三郎兄上が
ヨシノは臆せず面と向かってサブロウに訊ねた。
「おい、ヨシノ。少しは控えんか」
兄の稲葉彦太郎がヨシノをたしなめる。
「かまわん。備中守と彦太郎はわかっておるが、肝心のヨシノも、彦次郎や彦三郎もなにも知らんから無理もない」
サブロウが話を続ける。
「新九郎たちが引き上げたから、やっと本当のことが話せる。ヨシノも彦次郎、彦三郎もよく聞け。先ほど夢枕に弁天さまが立って御告げでヨシノのことを知ったと言ったな。アレは半分ウソだ」
「「「半分ウソとはどういうことですか⁉︎」」」
三人はおちょくられたのかと気色ばむ。
「俺たちは弁天さまのお導きで五百年ほど後の世、つまりは未来から、世直しのためにこの美濃にやってきた未来人だ」
「「「はあああああ?」」」
「未来からやって来てこの時代の土岐頼芸、瀬田千歌、山本数馬と融合した。未来の記憶もこの三人の記憶もそれぞれ持っておる。そして見かけは一人でも二人の人間が融合しているからさまざまな能力も常人の二倍になっている」
「「「いやいやいや、なんの冗談を」」」
「ヨシノさま、冗談ではないのです」
林四郎二郎
「そう。冗談ではない。さらに、俺たちは前世の記憶も残っている。五百年後の世界を生きるその前の人生、つまり前世では、今と同じく土岐頼芸、瀬田千歌、山本数馬として生きていた。つまりは・・・・・・」
「「「つまり?」」」
「俺たちは美濃の、それどころか日ノ本や
「「「なんですと!」」」
「サブロウさまは近衛さまの長庶子の出生の日付けもピタリと当てましたし、恵那郡苗木に砂錫の鉱床があることも、亜炭という燃える石の鉱床が
稲葉備中守が言い、彦太郎と林四郎二郎がうなずいた。
「まあ、俺たちにはわかっていたことだからな」
「「じゃあ、先ほどの立ち合いの強さも」」
彦次郎、彦三郎が気がついた。
「悪いわね。未来の技と倍の力の持ち主相手じゃ勝つのは難しいよー」
「まあ、彦次郎さんも彦三郎さんもけして弱くはないっちゅうことで」
チカとカズマが苦笑する。
「「いいえ、良い目標ができました。いっそう精進して追いつき追い越して見せましょうぞ!」」
「うわあ、嫌になるほど前向きね」
「コイツらただの脳筋や、脳筋」
そう言いつつもチカもカズマも嬉しそうだ。
「身内以外に、未来から来ただなんて言う気はないよ。俺たちの能力を怪しむ者がいたら弁天さまのご加護の『天眼通』と『神通力』ってことでかまわん。おんなじことだ。便利なことばだよな、『天眼通』と『神通力』って」
サブロウは笑ってから軽く咳払いをして居住いを正す。
「話を戻すが、その歴史じゃ今年永正14年(1517年)の師走の末ごろから始まる土岐家のお家騒動により美濃は荒れる」
「「「ええっ!」」」
「驚くのはまだ早い。そんなのはまだ序の口だ。次の元号は大永になる。そして今から八年後の大永5年8月2日(註:ユリウス暦1525年8月20日)、石津郡牧田に侵略してきた北近江の
「・・・・・・父上も、兄上たちも、弟の彦五郎まで、みんな死ぬだなんて・・・・・・そんな」
ヨシノは愕然とする。
「俺たちが知る歴史ではそうだった」
「「サブロウさま。未来の歴史では、稲葉家は、ヨシノはいかがなるのでしょうか?」」
彦次郎と彦三郎が訊ねた。
「稲葉家は、生き残った末子の彦六が跡を継ぐ。深芳野は守護である俺の側室となっておる」
「「そうですか、それはよかった」」
「だが、稲葉家が衰退して俺の権力基盤が弱くなったところをついて、翌大永6年俺の腹心が兄上の方に寝返るぞと脅してきた。奴は、俺に人質を求めた。その人質に要求されたのは当時身籠っていた深芳野だ」
「「なんと非道な!」」
「それで、サブロウさまは身重のわたしとその子を人質に差し出したのですか?」
ヨシノが真っ直ぐな視線でサブロウを問いただす。
「そうだ。だが、我が身可愛さではない。深芳野とお腹の子の生命を守るためだ。もしそうしなければ、奴は兄上に寝返る際に、俺だけではなく、俺の跡取りを身籠っているかもしれない深芳野も殺すと言った。俺たちを殺して兄上の元に走るよりも、俺を生かして操る方がより確実でうまみがあるが、奴自身はどっちでもかまわんとぬかしおった」
サブロウは淡々とヨシノにむかって答える。
沈黙がしばらく続いた。
「奴は俺の近習の数馬にも同じことを仕掛けおった。数馬の子を身籠った千歌をさらいおった。土壇場で俺が裏切らないか監視させる目的でだな。数馬も奴の言いなりになるしかなかった。俺たちにはもう自分の身も家族の身も守る術は残されていなかった」
カズマとチカが真剣な顔でうなずいた。
長い長い沈黙があった。
「それで、その腹心とやらはいったい誰なのですか?」
「斎藤山城守利政。またの名を斎藤道三という。美濃のマムシとして悪名を日ノ本にとどろかせ、戦国の三悪人の一人として悪評を後世にまで残す男だ」
「知らない名前ですね」
「そりゃあそうだ。今はまだその名を名乗っておらん」
「今の名はなんというのですか」
「西村新九郎
彦次郎と彦三郎が血相を変えて立ち上がった。
「「まさか、あの新九郎殿が!」」
「落ち着け」
「しかし、そのようなことをしでかす輩など危険すぎます!」
「そうですとも!今のうちに息の音を止めてしまった方が、後腐れなく・・・・・・」
彦次郎と彦三郎が言い募る。
「たわけ!落ち着けと言っておろうが!」
サブロウが怒声を浴びせて一喝する。
「新九郎を殺してもどうにもならんぞ。新九郎を操り狂わせて極悪の道に引き摺り込んだ奴がいる。奴は人の心と欲を操り踊らせ破滅させて喜ぶ妖怪じみた邪悪の権化だ。今、新九郎を殺したところで、別の者が代わりに美濃のマムシに仕立て上げられるだけだ」
彦次郎も彦三郎も口をつぐみ腰をおろした。
「では、新九郎殿をいかがなさるおつもりですか」
「俺たちは西村新九郎をけしてマムシにさせん!悪人にもならせん!あの斎藤道三の人生も晩年はそれは無残なモノだった」
「サブロウさまは、本当はあの新九郎親子が好きなのですね」
「ちっ。ばれたか。ああ、前々世でも若い頃はアイツやアイツの父親も本当にいい奴だった」
「しかし、この先変わってしまうと」
「いかにも。例の妖怪ジジイは新九郎親子を自分の養子に迎えた。今思うに新九郎親子が変わってしまったのはそれからだ。
「なんと恐ろしい」
「ああ、実に恐ろしい。操られたのは西村親子だけではない。歴代の守護や守護代と小守護代もそうだ」
「もしや、先ほどおうかがいした、稲葉家の、父や兄の戦死も・・・・・・」
「もちろん、そいつの仕業だ。お家騒動を陰で煽り、仲違いさせて騒ぎを大きくし、他国をも巻き込んだ挙句、敵に内通して味方を殺させ破滅させる。ただの自分の生存欲と出世欲の権化ならまだ理解しやすい。生き残って出世してはいるものの、我が身がかわいいわけでもない。戦乱と破滅を引き起こすことが楽しみだという救えない歪んだ奴だ」
「「では、サブロウさま。我らが打ち倒すべきはその
彦次郎と彦三郎が訊く。
「そうだ。俺たちはそんな歴史を変えるために、弁天さまとある取引をした。俺たちは妖怪ジジイを倒し、この世界で奴に奪われた人生をやり直し、明るい家庭を築くために未来からやってきたのだ。彦次郎、彦三郎、お前たちの手も是非貸してくれ。俺たちは俺たちだけでなく、稲葉家も西村家も、そして美濃の民にも幸せになってもらいたいのだ」
「「喜んでお仕えさせていただきます」」
熱い決意を込めて、稲葉兄弟が応えた。
「
「はい」
「俺たちはこの世界に来てから二年、妖怪ジジイを倒すための、あらゆる策を張り巡らして来た。ようやくお前を安全に俺の手元に迎え入れる体勢も整った。ヨシノ、俺のもとに来い!」
「はい、稲葉家のため、そしてわたし自身のために、そうさせていただきます」
ヨシノも静かに頭を下げた。
「大事なことだから、少し早いが、いま伝えることにする。うすうす気づいているだろうが、ヨシノ、お前の力は普通の女児のものではない。お前も俺たちと同じで、弁天さまのお導きで未来から来てこの世界の深芳野と融合した未来人だからだ」
「ええっ⁉︎でも、わたしには前世の未来の記憶などありませんが!」
思わずヨシノは叫ぶ。
「諸般の事情で弁天さまがセーフティロック、つまり安全のため制限をかけているからな。でも、ほんの少しずつ制限もゆるんできている。予定通りだ。ヨシノの記憶や能力の全てが解放される日も近い」
「そんなことをいきなり言われても信じられません!」
ヨシノはうろたえている。
「お前の名前は深芳野のはずだが、なぜお前も周りもヨシノだと認識している?なぜ、たった一度見ただけのドロップキックをあそこまで鮮やかに使いこなせる?」
「ええっ?それは・・・・?」
ヨシノは言葉がつづかない。
「そして、どうしてお前はいま、涙を流している?」
ヨシノは自分が涙を流していたことに、いまの今まで気がついていなかった。
サブロウは立ち上がりすっとヨシノに近寄り抱きしめる。
「まだ全部思い出さなくても、俺の言ったことを理解してくれればそれで良いんだ。こう見えて俺はお前が思っている以上に長い間お前のことを待ち続けてきたんだ。待つのには慣れているからな。この二年もずっと必死で我慢してきたんだ!こうしてヨシノと会えて、ことばを交わして一緒にいられるだけでいまは充分だ」
「は、はい」
「ヨシノ、俺と一緒にきてくれ。一緒にアイツをぶっ倒して、今度こそ明るい家庭を築こう!」
サブロウはヨシノの顔を間近で見つめ小声で
「
「
ヨシノは自然とそう答えてうなずいた。
「よっしゃー!」
サブロウは歓喜の雄叫びを上げて踊り上がった。
「やっぱりヨシノさんだわ」
「うん。ヨシノさんやな」
チカとカズマはうなずきあっている。
「では、妖怪退治の作戦会議だ。奴は油断している。戦いが始まる前に決着をつけてしまうぞ。コイツを倒さないと俺たちの冒険が始まらない。ヨシノ、お前にも手を貸してもらう」
「はいっ!」
「みんな!俺たちの未来を守り、取り戻すぞ!」
「「「「「「「「「応!」」」」」」」」」
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