第7話 両親呼び出しと内定通知(ただし社畜)
新九郎の父親の西村勘九郎正利は、息子そっくりの真ん丸い小さな目をしている。少し異なるのは鼻は低いこととシワが多いこと。なんだかペットショップにいるトカゲっぽい。
それとは対照的に母親のお
とても新九郎のような大きな息子がいるとは思えないほど
さて、そんな二人はさっそく新九郎にお小言だ。
「あかんえ、新九郎。美濃に帰っとったんやったら、ちゃあんとうちに顔を出しなはれ」
「せやで、お母はんなぁ、えろう気ぃ揉んどったんやで」
「お父はんも、新九郎はまだ帰らへんのかって毎日言うとりましたえ」
「そんなことあるかい」
「照れんでもよろしおますやろ」
なんのかんの言っても、新九郎の両親は久方ぶりの息子との再会に喜びを隠そうともしない。
「勘九郎、お涼姉さん。よく来てくれた。丁度新作の絵も持ってきたので受け取っておくれ」
「まあまあ。サブロウはん、いつもおおきにぃ」
「楽しみどすな。帰ってから眺めさせて貰いましょか。ほんまおおきに」
「お役に立てて何よりだ。また好きなのを注文しておくれ。菱川師宣でも西川祐信でも葛飾北斎でも喜多川歌麿でも歌川国芳でも竹久夢二でも池△遼一でも赤◯健でも。俺も模写の練習ができて楽しいから」
「おおきに。遠慮のう、そうさせてもらいます。では、池△遼一で」
「写実的だから、ちと時間がかかるが姉さんもかまわないな」
「へえ。よろしゅうお頼み申します」
「ちょっと待って下さい!さっきから、どうしてサブロウさまが
「後で説明するから、ちょっと待て。息子殿は武者修行でしっかりと武芸を身に付けて戻ってきたようだな。あれなら戦でも、そう簡単に死ぬこたぁないと思うぞ」
サブロウは二人にむかって何食わぬ顔で新九郎を持ち上げる。
「まあまあ、そうどすか。ほんま、おおきにぃ。これでうちもひと安心どす」
「なんでも備中守さまにも
勘九郎は新九郎の頭を
「いや、こちらこそ見事な槍術をうちの倅どもに教えて頂いたのだ。礼を申す」
「「「もったいなきお言葉にございます」」」
両親と新九郎は揃って稲葉備中守に頭を下げた。
「勘九郎、お涼姉さん。近い将来、新九郎は俺のところで働かせるから、使いものになるようみっちり仕込んでくれないか」
「お二人って、父上はともかく母上も仕事を?」
「せやで。去年からサブロウはんのお店、桔梗屋を若
「いやあ、本物の京女のお涼姉さんと山崎屋さんのお陰で、『京の山崎屋で売られている大人気の新しい品どすえー』と嘘偽りなく言えるから箔がついてなあ。はははは、笑いが止まらぬぞ。看板娘のお涼姉さん、さまさまだ」
「こないな大年増捕まえて看板娘だなんて、そないな
「いやいや、姉さん。まだまだ看板娘で行けるって。俺と並んでも姉と弟にしか見えん。だから桔梗屋じゃ俺は若女将の弟、発明家の
「かないまへんなぁ。せやけど、サブロウはんたちの発明したもん、ホンマに便利なもんばかりやから、売れるんどすえ」
「そう言われるとうれしいな」
「せやで。サブロウさま、組立式の
とは勘九郎。
「おい、俺、土岐サブロウが考案したってのはくれぐれも内密にな。発明したのはあくまでも若女将の弟の理平だぞ」
「もちろん、わかっとりますがな」
「引き出し付きの箪笥なんか、なんで今までなかったのか俺には逆に不思議でならん。もっと複雑な武器はあるのにな。人間ってのは業が深いねえ」
「ホンマにそうどすなあ」
「幸い俺の領地の
「も、もしかして、今、ノサダさまとおっしゃいましたか?」
新九郎が恐る恐る訊ねる。
「おう!言ったよ」
「まさかとは思いますか、あのノサダさまでしょうか?和泉守兼定さま?」
「ああ、そうそう。元の
「当たり前でしょうが!美濃国随一の刀匠、和泉守兼定さまに高枝切り鋏なんて、アンタ何作らせてるんですか!」
「良いじゃないか。歳をとったら、人の生命を切りとる刃物じゃなくて人の生活を助ける物を作りたいんだなんて立派な心がけだよ」
「ええっ!まさか、そんな・・・・・・」
「爺さま本人はもう刀匠は引退して兼定の名前も弟子に譲った。だからノサダの爺さまで良いんだよ。爺さまには武器じゃない道具だけを作ってもらってる」
サブロウは勘九郎の方に向き直って言う。
「そうだ、勘九郎。新九郎には商いだけでなく、お前に頼んだ寺社連絡網についても教えてやってくれ」
「かしこまりました。ええか、新九郎。儂もなぁ、サブロウさまに任された仕事で美濃中の寺社と連絡をとりおうとるんや」
「寺社とでございますか?」
「せや。新九郎、美濃の各宗派の寺社の悩み事の拾い上げや定期連絡、そして檀家相手の小口の荷物や手紙の集積と配達。美濃はとんでもなく変わりつつあるで」
「なんと!そんなことに!」
「お父はん、お父はん。そろそろ帰らなサブロウはんたちのお邪魔になるわぁ。ウチらも明日の準備もあるよって。詳しいこと、新九郎に教えるんは、ウチに帰ってからでよろしおますやろ」
「ああ、せやな。そろそろお
「おっと新九郎。一つ頼みがある」
「何でございましょう?」
「今度、井ノ口や川手に新しく
「風呂屋、ですか。某に何かお手伝いできることがございましょうか?」
「大ありだよ、とぼけんじゃない。ほら、さっき見せてくれたあの術だ。今度遊びに行くから教えてくんないか?あれがありゃ女湯にも入り放題の覗き放題!絵師としては是非身に付けておくべき術だと・・・・・・」
「「「「「「サブロウさま!」」」」」
「いや、いくらセンセでもそれは人としてアカンやろ」
「サブロウ師匠、最低!」
「「「なんと破廉恥な!気持ちはわかるが」」」
「馬鹿息子ども!余計なことを申すな!」
「兄上たちまで!新九郎殿、あのようないかがわしい術、絶対にうちの兄上たちや、サブロウさまには教えないでください!」
「い、いかがわしいだなんて。な、なんてことを言うんですか!」
「ほお、いかがわしい術どすか。新九郎はん?」
細いお涼の目がさらにスッと細くなった。
「母上、これは誤解です!」
「別にかましまへんよ。うちぃ帰ってからゆっくりお話させてもらいましょか。久しぶりに家族水入らずどす。積もる話もありまっしゃろ。武者修行言うてどぉこで何をやっとったんか、きっちり聞かせておくんなはれ。ええなぁ」
「ひいいいいっ!」
お涼の目が笑っていない笑顔が堪らなく怖い。まさに氷の微笑。
「ほ、ほな皆さま、えろうお世話になりました。お先に失礼いたします」
新九郎は顔を引き
「お邪魔虫は去った。新九郎め、お涼姉さんに絞られるが良い。うひひひ」
「うわー
「何を言う。これであいつの隠形の術を封じたんだぞ」
「どういうことですか?」
ヨシノが首をかしげる。
「このさき、あいつが隠形の術を使おうとする
「センセやっぱ
うんうんと、皆が一斉にうなずいた。
「ところで、サブロウさま、お二人に渡した絵はいったいなんの絵でございますか?」
稲葉備中守が訊ねた。
「あれか?夫婦円満の秘訣、枕絵だよ」
「「「「な!」」」」
枕絵。春画とも言う。要するに男女交合、熱烈合体の図。エロ絵画のことだ。
「養生法として食事や運動の指導もしたが、それに加えて俺の絵のお陰で、あの二人あっちの元気も取り戻してなあ。俺の方にゃ足を向けて寝られないとまで言ってたぞ」
「まさか、そんなことになっておったとは」
稲葉備中守が天を仰ぐ。
「やっぱり良いことはするものだな。俺はちゃあんと二人の特殊性癖にあわせてのぞみ通りの絵を描いている」
「特殊性癖?」
「うむ。あの二人ちょっと変態なんだよ。使う道具も作ってやったぞ。俺は二人の一番の理解者だからな」
「「「「「うわあ」」」」」
稲場家の人々がドン引きしている。
「きっと親孝行な新九郎は俺の言うことを何でもかんでも聞いてくれるだろうなぁ。けっけっけっけ、計画通り!」
(悪魔だよ、このひとは)
稲葉家の人々は心底、新九郎に同情した。
主筋のサブロウに、それぞれやりがいある仕事を与えられた両親はすっかり懐柔されている。さらに、その両親の
新九郎自身も『隠形の術』という弱みを握られており、それを暴露されれば先ほどのようにいつ変質者扱いされてもおかしくない。
完全に詰んでいる。
新九郎は今後、どんなことがあってもサブロウの無茶振りを受け入れるしかないのだ。ここに新九郎の社畜人生が確定した。
「備中守も枕絵が欲しいのか?」
「全力でお断りします!」
「それは残念」
「ときにサブロウさま、新九郎に足りないものの三つ目は何だったのでしょうか?」
真面目な彦太郎はとても気になっていた。
「うん?なんだろう?俺にもわからんなぁ。ノリで言っただけだから。本人が自分で考えるんじゃない?」
「「「「なんて適当な!」」」」
「師匠はそんな人です」
「まあ、しゃーないですわ」
「は〜〜〜〜」
ヨシノは自分が嫁がなければならない男のあまりの性格の悪さに長い溜息を
「なんやかんや言っても、新九郎にはマムシなんて後ろ指を指されないような、いい人生を送ってほしいからなぁ」
サブロウは小声でつぶやいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます