第6話 覗き、ダメ絶対!

 ここで少しだけ話が脇道にそれる。西村新九郎についてだ。

 

 西村新九郎の父の西村勘九郎正利まさとしは若い頃、仕官するべく京から美濃に来た。小守護代の長井越中守長弘に仕官がかなってから、京都で商いを営んでいた連れ合いであるお涼、つまり新九郎の母親を呼び寄せた。店を番頭に譲ったお涼は、気丈にも男装して身一つで美濃にやって来た。そして新九郎は美濃で生まれた。


 新九郎は子供の頃より才気煥発であった。そして、周囲の人々が愚鈍に見えてたまらなかった。


 どうしてこんな簡単なことがわからないのだろう。どうしてこんな簡単なことができないのだろう。新九郎は人々が理解できなかった。


 そしてついには諦めた。多くの人は愚かで、わざわざ理解する価値などないのだと。愚鈍な人物に仕えるほど馬鹿馬鹿しいことはない。どうせなら少しでもマシな主人に仕えて手柄を上げて一国一城の主になりたいと思っていた。


 父勘九郎は野心もなく愚直に長井越中守に仕えていた。その長井越中守は身分は高いが、勘九郎同様にこれまた野心もなく易々諾々いいだくだくと守護である土岐美濃守政房に仕えていた。


 新九郎の目には、父の西村勘九郎も、小守護代の長井越中守長弘も、そして土岐美濃守政房すらも愚鈍ではないが凡庸に映った。


 だから、このまま父の子だというだけで勘九郎の跡を継いで小守護代に仕えることはあまり面白くない。どうせ仕えるなら、実際に美濃土岐家を動かしているといわれる家老の長井豊後守利隆ならば面白そうだが、どうしたものか。


 やはり、手っ取り早く武芸であろう。


 まずは己れの武芸で名を挙げて、己れの才を少しでも高く買ってくれる物事が分かる人物をこちらから選んで仕えてやろうと思っていた。


 新九郎は武芸で己れを高めることのみに傾注し、己れの得にならない他人と交わることをうとみ避けるようになっていった。


 独学で工夫して一文銭を吊るして揺らしてその穴を槍で突く修錬も行い、それを十中八九成功させるようになった。


 その上で武者修行として諸国を放浪した。何人かの高名な武芸者の弟子の弟子になり、各流派の基本を学び、それに我流の工夫も加えてある程度自分のモノにしたところで美濃にもどった。


 美濃に入ってすぐに、とある修験者と出会った。東国からやってきたその修験者になぜか気に入られて隠形の術を教授された。


 さらに、その修験者が言うには、西美濃の稲葉家の当主が息子たちのために槍の師匠を探しているから、行ってみるがよかろうと。


 言われたまま、稲葉家に行けば当主の稲葉備中守に気に入られて食客として滞在して、彦次郎・彦三郎の兄弟に稽古をつけることになった。


 そんなある日、表で稲葉家の息女ヨシノの助けを求める声がしたので、用心して隠形の術も使いながら近づき様子をうかがっていると、怪しい男に隠形の術は見破られる。槍の勝負をすれば火でいぶされる。隙をつこうにも子供扱いされた。


 散々な目にあわされた相手がなんと守護家の御曹司の土岐サブロウ頼芸だという。出世したいかと聞かれて素直に答えたら・・・・・・



パシーン!


「いったーい!」


 紙を畳んだ大きな扇のようなモノ、いわゆるハリセンで、新九郎は思いっきり頭を叩かれた。


「たわけ!尺の取り過ぎだ!話がくそ長くて先に進まんではないか!」

 

「ええ⁉︎ いったいそれがしがなにをしたと・・・・・・」


 新九郎が涙目で訴える。


「無礼者!脇役のくせに俺の出番を減らすんじゃない!」


「なんか無茶苦茶な因縁つけてるわね」


「人間、あんな風になりたないわぁ」


「改めて。では、お主の希望に合わせる。新九郎、お前さんは俺の近習にはできん。不可だ。不合格だよ」


「な、なぜでございますか!!」


「お前さんが嫌いだから」


「サブロウさま、それはあんまりでは!」


 稲葉備中守がたしなめる。


「好きになれるかい?隠形の術を持ってるんだよ。のぞき見だってやりたい放題。ああ、いやらしい、うらやましい」


「「「うらやましいって言ったよこの人!まあ気持ちは分かる!」」」


 とは稲葉三兄弟。


「「最低ですね!」」


 とヨシノとチカの女性陣はジト目だ。


「おっと口が滑った。真面目な話、隠形の術の使いみちは覗き見とか、いかがわしいものだけではない」


「そりゃあ、敵から身を隠すとか」


 ヨシノが答える。


「ヨシノは本当に素直でいい子だな。ただの隠れん坊くらいなら問題ない。隠形術の怖いところ、その一は、盗みに使われることだ。こっそりと忍び込めるから、物でも秘密の情報でも、盗み放題だ。加えて盗みに気がついても盗っ人が隠形術を使うと見つけるのが大変だ」


「「「「「あ!」」」」


「隠形術の怖いところその二は、暗殺だ。この人は武芸者だよ!ホントは強いんだよ!そんな人が隠形の術を使うんだ。暗殺だって簡単だよ。さして親しくもないのにこんな物騒な人を、誰が自分の城や屋敷に招いたり、近習として側に置きたいと思うかい?」


「「「「なるほど!」」」」


「やっとわかったか。そういうことだよ。いきなり御命頂戴ちょうだい!なんてされても困るしな。いつでも好きな時に殺しに来いなんて言う、どこかの頭のおかしい傾奇かぶき者ならいざ知らず、いたってまともな俺としては御免こうむる」


(いたってまともということだけは絶対ないだろう!)


 一人を除いてその場の全員がそう心の中でツッコミを入れていた。その例外の一人とはもちろんサブロウ本人だ。


「けしてそのようなことは!」


 新九郎が食い下がる。


「応仁の乱以来、いや源平の時代より親兄弟でも干戈かんかを交えるのが武士だ。ましてや新九郎、お前さんとは縁はあるが絆がない。お前さんの言い分聞いて『はい、分かりました』と受け入れるほど、俺はお人好しじゃあないんだよ」


「しかし」


「しかしもカカシもあるもんか!修験者か何かから習ったんだろうけど、隠形の術は出世にゃ使えないよ。あれは透波すっぱ、忍びの術だから。忍びは所詮、日陰者。表で出世なんてできると思うか」


「むむむ」


「むしろ秘密を知りすぎれば口封じであっさり殺されちまう。生命がいくつあっても足りないよ。忍びになるなら出世はムリだ。出世したけりゃ忍びになるな」


 そこでサブロウは新九郎の顔を見つめて一区切り入れた。


「お前さんは頭も良いし武芸も達者だ。だが足りないものが三つある。わかるかい?」


「・・・・・・」


 新九郎は答えられない。


「ひとつ目は人とのきずなだ。いくら賢くて強くても、絆を大切にできない奴を信用できるかい?俺はそんな奴、使うのも仕えるのも怖くてできないぞ。まずは人との絆を、ふりじゃなくて心から大切にするんだ。今のお前さんは野心はあるが、本当に絆を大切にしていると胸を張って言えるのかい?」


「それは・・・・・・」


「言えないだろうな。不義理もしているだろう。俺にはわかる」


 サブロウはなぜか断言する。


「腕っ節なら充分にあるお前さんなら、あとは人との絆を本当に大切にするだけで一生食いっぱぐれないし、周りがきっと盛り立てていっぱしの大将になれる。功を上げて城持ちくらいにゃなれるかな。でも、まだ足りないものがある」


 サブロウは目を細め新九郎を見つめた。


「ふたつ目は武芸でない実力だ。武芸は戦に役立つが一個人としていくら強くてもできることはたかが知れている。たしかに武家の連中には戦場でだけ、命懸けで働けばいいと思っている連中が多い」


「御恩と奉公ですから、そうではないのでしょうか」


「おいおい。それが許されるのは下っ端だけだ。戦には計略も前準備も後始末も必要だ。そして一年三六五日、ずっと戦ばかりにたずさわっている訳じゃあるまい。戦がない間の方が長いのだ」


「たしかに」


「戦働き以外にも土地と人を治めるためには様々な力が必要だ。それができる者があまりにも少ない。武芸者よりも武将に価値があるのはもちろんだが、武芸者よりも文官の方が価値がある。上に立つ者にとって必要かつ不足している人材は、今の美濃に足りないのは文官だ」


 そこでサブロウは新九郎を見つめてニヤリと悪い顔で微笑んだ。


「下克上の世だ。この二つを加えるだけでも、運が良ければ美濃の守護代、いや美濃の守護くらいにならなれるかもなあ。だが、この二つだけじゃその程度だな」


「「「「「な、なんてことを!」」」」」


 とは!土岐家の御曹司のくせに、なんて不敬なことを言うのだ!多くの者は呆れてそう思った。


 しかし、新九郎はそうは捉えなかった。サブロウの言葉におののいていた。


(お世辞ならもう少し現実的なところを口にするだろう。ということは、サブロウさまは冗談抜きで俺が美濃の守護代や守護、そしてそれ以上の地位にまで上りうる器だと考えているのか!)


 信じ難いことに、目の前の十歳も歳下の若者はわずかの時でそれを見抜き、そのままでは駄目だと新九郎を諭したのだ。


 しかも言うに事欠いて、後二つ加えればだと!


 さらにもう一つ加えるべきものがあるだと!


 この新九郎の才をここまで認めてくれた人間が今までいただろうか!そう新九郎は思った。


 目の前の若者は、新九郎が美濃国守護にすらなり得ることをちらつかせ、かつそのために新九郎には欠けているものまで示してみせた。


 本当に十六歳なのか、サブロウさまは⁉︎それどころか人ですらないのかも知れない、それでもかまわないと新九郎は思った。


 この方ならばあるいは、いやこの方こそきっと俺の才を全て使ってくれるに違いない!


 新九郎はそう期待を込めて訊ねる。


「で、では某に欠けているもの三つ目は何でしょう?」


「教えてあげないよ、じゃん♪」


「「「「「ええ?」」」」」


「今はまだ教えられん。はっはっはっ!」


 サブロウは大爆笑した。


「新九郎、まだ焦るな。お主との間で縁はできたがまだ絆にまでは至らぬ。人との絆と武芸以外の力、この二つをしっかり磨いたら俺の元に来い。お主とも絆を結ぼう。近習ではなく、奉行としてお主には任せたい仕事が山ほどある。いいな!」


「ははっ」


「お主に足りないものを教えるのに、最も相応ふさわしい者たちを、俺は召喚したぞ。もうそろそろ着く頃合いだなぁ」


「サブロウさま、お連れしやした」


「おお、段蔵。ご苦労、ご苦労」


「「新九郎!」」


「父上!母上!」


 西村新九郎の両親、西村勘九郎正利まさとしとおりょうがたった今、稲葉家を訪れたのだった。

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