第5話 家庭訪問、進路の確定

「お前を嫁にもらいに来たのは本当なんだって!親父殿の稲葉備中守にも、嫡男の彦太郎にも話は通してある」


「「「ええ!?」」」


「どう言うことか説明して下さい!」


 ヨシノはまだ怒っている。


「分かった。じゃあ、屋敷に上がらせてもらうぞ。段蔵、佐助に例の人たちも順番に呼んでくるように伝えてくれ」


「へい。そのように」


「カズマ、新九郎、荷物を屋敷に運び込んでくれ」


「押忍!」


「なんでそれがしが」


「新九郎。お前さん、出世したいのなら大人しく言うことを聞きなよ。悪いようにゃしない。さあ、参ろうか」


 サブロウは勝手知ったるが如く先頭になってずんずん屋敷に向かう。


 稲葉家の面々はいぶかしんでいる。サブロウは今まで一度も稲葉家の屋敷に来たことはないはずなのだ。


「おーい、備中守!彦太郎!約束通りヨシノをもらいに参ったぞ!」


 サブロウは玄関先で大音声で呼ばわった。


「よくぞいらっしゃいました、サブロウさま」


「サブロウさま、お久しぶりでございます!」


 稲葉備中守と嫡男の彦太郎が浮かれるような声で出迎えた。


 備中守は稲葉兄弟の父だけあって備中守も六尺(約一八〇センチを超えるだろう長身で厳つい体型だ。顔もゴツく厳しいが、上機嫌でニコニコしているとまるで獅子舞の獅子が笑っているようだ。とても美少女であるヨシノの父親とは思えない。


 彦太郎は上背はそこそこあるが、弟達ほど大柄でも筋肉質でもない。むしろ細身だ。脳筋というよりはむしろ真面目で思慮深い。ただ、三白眼と鼻の下に蓄えた細い口髭のせいで胡散臭さが強く残念なことになっている。


「うむ。邪魔をするぞ。おっと、さっきヨシノたちやお客人と遊んで汚れておるが許せ。土産は庭の方から運ばせよう」


「かしこまりました。ではこちらへ」


 備中守自らサブロウたちを案内する。


「父上、なぜそのようにへりくだった態度なのですか?」


「左様、サブロウ殿は絵師だと言うことですが」


 彦次郎と彦三郎が父に問いかける。


 備中守は振り返って、はああと大きな溜息をついた。


「たしかに絵師ではいらっしゃる。だが、ふつうの絵師ではないのだ、この方は。本当に困った方だ。林殿も気苦労が絶えないだろうの」


「近頃じゃもう諦めたと言ってたぞ。しばらくしたら来る」


「父上、つまりこの方は、サブロウ殿は何者なのでございますか?」


 たまらずヨシノが尋ねる。


「よくぞ聞いてくれた、ヨシノ。俺サブロウ、今は戦国武将・・・・・・」


「ちょっと待って!ちゃんと、普通に説明してください。さっきの阿呆陀羅アホダラ経みたいな早口の呪文じゃ何を言っているのかさっぱりわかりません!」


 ヨシノだけではない。カズマもチカもあきれかえった。


「センセ、あれやったんすか?アホちゃいますか!いきなり、こっちの人がラップを聴き取れるはずないですやん!」


「道理で話が通じてないと思った。全部サブロウ師匠のせいじゃない。最初から人質取らずに普通に腕試しの勝負を申し込めばよかったのに」


「実戦的で良いと思ったんだがなあ」


 カズマとチカが冷たい目でサブロウを睨みつけたので、サブロウは肩をすくめて見せた。


「わるかったよ。稲葉兄弟、お前たちには迷惑をかけたな。スマン。今度は普通に説明するぞ!コホン」


 ワザとらしい咳払いをしてからサブロウは続けた。


「知らざあ言って聞かせやしょう!あるときは謎の絵師・洞文どうぶん。またあるときは桔梗屋の弟、発明家の理平りへい。しかして、その実体はぁ、土岐サブロウ頼芸よりのりたぁ、俺のことだぁ!」


 そういうとサブロウは歌舞伎役者のように両腕を広げて見得を切った。


「「「「はぁ〜⁉︎」」」」」


「まあ、ラップよりはマシかな」


「そうっすね。いよっ!桔梗屋!」


「つまり、このお方はこう見えても美濃国守護である土岐美濃守さまの御次男。土岐家の御曹司であらせられるのだ」


 稲葉備中守がちょっと嫌そうに説明した。


「「「「ええ〜⁉︎」」」」」


「備中守、こう見えてもは余計だ。余計」


 備中守はサブロウの抗議を聞き流し、訂正しない。


「では、私どもは美濃国守護である土岐家の御曹司おんぞうしの御一行に手を上げてしまったと言うことなのでしょうか⁉︎」


 西村新九郎が恐る恐る訊ねた。彦次郎・彦三郎の稲葉兄弟も青ざめている。


「ああ、気にしなくていいぞ。お互いの実力を知るには身分を明かさない方が良いんでな。折角遊ぼうというのに、かしこまられて遠慮されちゃ本気が出せないから楽しく遊べない」


「で、せがれどもの腕前はいかがでしたか?」


「うむ。優良可不可で言えば可だな。まずは合格だ。この二人もヨシノと一緒に大桑おおがに連れて行くぞ。ビシバシ鍛えてやる。何しろ俺の家族になるのだからな!」


「かしこまりました」


「「「父上、どう言うことでございますか!」」」


「どうもこうもない。聞いての通りだ。ヨシノ、お前はサブロウさまのもとに嫁ぎ大桑おおがで暮らすのだ。とは言ってもお前はまだ子供だ。サブロウさまのもとでまずはしっかり学問や武芸を学ぶのだ」


「ええ⁉︎本当の話だったのですか⁉︎」


「そうだ。彦次郎、彦三郎、そなたらも同じだ。サブロウさまに近習としてしっかり仕えると共に学問や武芸も学ばせて頂くのだぞ!稲葉家がこの先、生き残るかどうかはそなたらの肩にかかっておるのだ!」


「「聞いていないですよ!」」


「よいか、そなたら。これは稲葉家当主であるわしの命令だ!」


「「「そんな~!」」」


 この時代、家長で当主の命令は絶対である。


「こら、彦次郎、彦三郎。お前たち、普段から『ヨシノは俺たちより弱い奴のところに嫁には出さん』などと言っておったろう。妹であるヨシノがよっぽど可愛いんだろう?俺がその希望を叶えてやったじゃないか」


「「え?」」


「槍術でなら新九郎はお主らよりも腕前は上であろう。優良可で言えば優だな、違うか?」


「「たしかにそうです」」


「そして、俺は新九郎に槍を持たせて二度も勝ったのだぞ!俺がヨシノを嫁にもらって何が悪い!」


「「うぬぬぬ」」


「ついでに言うと木の上から守護家の御曹司に飛び掛かるようなじゃじゃ馬に嫁のもらい手なぞあるもんか。そんな奇特な奴は俺以外にありえん」


「ヨシノ、お前はまた、そんなことを・・・・・・たしかにサブロウさま以外の貰い手はありえないでしょうな。はああ」


 と備中守は深いため息をつく。


「加えて、いざという時にお前たちがヨシノを助けられるように、俺の近習としてヨシノと同じく大桑おおがに住まわせてやろうと言うのだ。むしろ俺に感謝しろ!」


「「な、なるほど。サブロウ様のご厚意、誠にかたじけのうございます!」」


「わかればよい。わかれば」


「あのう、そもそもサブロウさまはどうしてわたしをそこまで気にかけてくださるのでしょうか?」


 ヨシノがサブロウにたずねたとき、ヨシノには振り向いたサブロウの顔が一瞬泣き顔に見えた。


(え?どうして?)


 ヨシノはどきっとしたが、サブロウはすぐに上機嫌の笑顔になっていた。


「いやあ、夢に弁財天さま、つまりは弁天さまが現れてだなあ。稲葉家のヨシノこそ俺の生涯の伴侶だと言うお告げがあったのだ」


「ええ⁉︎」


「「まことでございますか⁉︎」」


「おう。今はまだ子供だが将来は美濃一の美女になり、俺の立派な世継ぎを産むのだと。加えてヨシノは安産型だそうだ。だから、安心してバンバンガンガン子作りするぞ、ヨシノ!」


「ええーっ⁉︎」


 ヨシノの顔が真っ赤になる。


「ちょっと待った!サブロウさま、いくらなんでもヨシノはまだ子供。子作りにはまだ早いですぞ!」


 備中守が慌ててたしなめた。


「わかっておるわ。あくまでも将来の話だ、将来の話。おれはどこぞの変態、犬千代とは違う!そうだ、良いものを見せよう」


 サブロウは懐から巻物をだして広げた。


 そこには今まで見たことのない画風であまりにも写実的な美女が描かれていた。


 その美女はよく見れば見るほどヨシノにそっくりだった。だが、現実のヨシノは美少女とはいえまだ子供であるのに、絵の中の美女は落ち着いた大人の美女であった。


「それは、俺が夢で見た今から八年後のヨシノだ」


「これが、八年後のわたし......」


「そうだ。俺が夢を思い出して描いたのだぞ、ヨシノ」


 ヨシノはその絵に見蕩れていた。


 まだ見ぬ未来の自分の顔なのに懐かしい気がする。ああ、そうか。一昨年亡くなった母に似ているからだとヨシノは思った。


 今日はなんだか変だ。懐かしく感じることが多すぎる。


「美しい。本当に見事なものでございますな。あれの母親を思い出しますな」


 稲葉備中守もつぶやいた。


「ヨシノさん、お母さま似でよかったですね」


「ほんま、お父はんに似んでよかった」


「カズマ、それはわかってても言わない約束だろ」


 ヨシノはもちろん、息子たちも含めて皆でうんうんとうなずく。反論できない備中守が涙目になっている。娘の父親はつらい。


「おお、そうだ。夢を思い出しながら何枚も描いたからまだまだあるぞ。ヨシノにも義父となる備中守にも進呈しよう」


「おお、それはかたじけない」


「あ、ありがとうございます」


「ちなみに、大桑の俺の部屋の天井にも壁にもヨシノの絵姿がびっしり貼ってある」


「ええっ、それはちょっと怖いですけど」


 ヨシノは目を見開いてあきれている。


「自分の嫁の姿絵をでて、なあにが悪い!」


「「サブロウさま、私たちの分は?」」


 彦次郎・彦三郎が聞くが、


「ない」


 と、にべもない。


「「そんなあ!何枚も描いてあるんじゃないんですか。分けてくれたっていいじゃありませんか!」」


「うるさい、うるさい!お前たち、いくら美しくても、ヨシノは妹だろうが!俺の嫁の姿絵に、嫁の兄貴どもが懸想けそうしていちゃ気色悪い。とっとと一人前になって、生身の嫁をもらえ!」


「「ぐぬぬぬ」」


「すいません。うちの弟たち思慮が足りない上に図々しくて」


 彦太郎が頭を下げた。


「かまわん、かまわん。素直なのはいいことだ」


「センセ絶対にアイツらをイジり倒すつもりやろうなあ」


「かわいそうにねえ」


「自分もオモチャにする気ィ満々やろうに」


「まあね」


「おっと、忘れるところだった、新九郎」


「はい」


「前々から備中守殿より、稲葉兄弟に槍の稽古をつけられるほどの腕前だと聞いておった。そしてお主も俺の近習にという推薦があったのだ」


「左様でございましたか。されど、サブロウさまには二度も打ち負かされました。やはり誇るような腕前ではないかと思います」


「謙遜するなよ。正直言って、もう油断しそうもないから、次に勝負をしたら俺が負けるよ。もう絶対にやらないけど。はっきり言ってお主は強い、保証する」


かたじけのうございます」


「ところで、お主は出世したいか?」


「もちろんでございます!」


「では、お主の希望に合わせよう。お前さんは俺の近習にはできん。不可だ。不合格だよ」


「な、なぜでございますか!!」

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