第4話 槍対竹、熱き闘い

 三本勝負の三本目。


 緊張感からかヨシノは鼻の奥にチリチリするものを感じている。


 稲葉家の助っ人である西村新九郎は稽古用の槍を構えている。


 一方サブロウはふざけたことに葉が茂った半枯れの竹を持っている。


 二、三回軽く振ると枯れた葉が何枚か千切れて宙を舞う。


「サブロウ殿、貴殿は本当にその竹で立ち会うおつもりですか?」


「弘法は筆を選ばずと言うが、これはこれで使いやすいな。こっちでよいぞ」


 そう言うとサブロウは竹の先端を薙刀なぎなたのように前方のやや下に向けて構えていた。


「始め!」


 段蔵の声が響いた。


「ええいっ!やあーっ!」


 槍の石突きの方を持った新九郎が気合いをいれてスルスルっとサブロウの胸を狙って突いてくる。


 だがサブロウがしなった青竹の葉がついた枝先をひょいと勢いよくしゃくり上げて新九郎の槍をそらす。


 動かすたびに竹の葉がワサワサ音を立てる。


「くっ!これは!」


 しなった竹の枝が新九郎の顔面を襲う!枝葉のついた竹は槍よりも攻撃範囲が広い。


 先端の直撃はかわせたが横枝とその葉が耳を掠めて傷つける。新九郎は耳がひりつく感覚と血の匂いを嗅いだ。


 サブロウの攻撃は続く。


「よーいしょっと」


 今度は竹の先がぐにゃっとたわむほど地面に押しつけた。一歩前進してその竹をパーンと蹴り上げる。


 竹は蹴られた勢いに加えてたわみが戻る弾性の力で勢いよく跳ね上がる。


 新九郎はその竹を先ほどより余裕をとってかわす。だが、その葉が巻き上げた砂粒が顔面を直撃する。


「くっ!」


 片目に砂が当たった。痛さで思わず片目を閉じる新九郎。


 (これはまずい。視界が!)


 サブロウは竹の先を新九郎の顔面の方に向けて突きつける。


 新九郎からは竹の枝葉の陰にサブロウの身体が隠れて見えなくなった。


(この枝葉がついたままの竹、戦場で使えるな)


 新九郎は認識を改めた。


 だが、


「お前さん、この竹、なかなか良い武器だなんて思っているんじゃないかい?」


「それがどうしましたか?」


「図星か。でも、それは違うんだなあ」


 サブロウは自らの武器で優位に立ちながらそれを否定するような事を言う。


「これはみん国の海兵が日本刀使いの海賊、倭寇と戦うための武器で、ちゃんと狼筅ろうせんという名前があるんだ。竹を模した金属製のもあるようだけど、元祖はコッチだ。竹のモノは普通は海やら水上でしか使わない」


 新九郎は少しづつこのサブロウという男におそれを感じ始めていた。


 この男のいい加減に見えて実は計算し尽くされた戦い方に対してもそうだが、それを支えている知識が異常だ。


 この男はなぜ明国の海兵の武器や、その弱点まで知っているのだ⁉︎


「本当は自分で考えるのが一番だが特別に教授してやろう」


 竹の枝葉の陰からサブロウの声がする。


 そのサブロウの動きは新九郎には見えない。


 サブロウは新九郎に向けたまま竹を小脇にひょいと挟むと腰の瓢箪の中身を口いっぱいに含んだ。


 そして瓢箪を放り投げると、どこからか火のついた縄を取り出した。


(さっきからの鼻に感じた違和感は縄の焦げる匂いだった!)


 ヨシノは目を丸くする。


 サブロウは火縄を顔の前にかざすとぶーっと強く息を吹きつける。


 口から霧状になったものが火縄に届く。


ぼふおっ!


 そこから炎の奔流が走り、竹の枝葉をバチバチと燃やし始めた。


 油だ!


 サブロウが吹きつけて霧状になった油に火縄の火が引火したのだ。


 ただでさえ枯れた葉には火がつきやすい。その上あらかじめ枝葉にも油をかけてあったのか、炎は簡単に燃え移った。


 パチパチと爆ぜる音と舞う火の粉。


「わははは、よく燃えておる。燃えろ!もっと燃えろ!」


 サブロウはちゃっかり風上にいる。実はさっきしっかり確認している。


 サブロウが竹を振れば振るほどほど火の粉と煙は暴れる。新九郎は漂う煙に巻き込まれ、涙を流し、咳き込み、大いにせながら叫んだ!


「貴様、こんなものが槍の立ち合いだというのか!」


 新九郎が叫ぶ!


「わはははは!勝てばよかろうなのだ!燃える槍を使っちゃいけないなんて決まりはないからなぁ!武芸者って奴はとろけるほど甘いな」


「どうみても、こっちが悪役ヒールよねえ」


「悪で悪を制す!とか聞いとったけどセンセの闇は深いからなー」


 サブロウの酷いセリフにチカとカズマがぼやく。


「おい、これは火計だ。諸葛孔明も使った立派な兵法だぞ」


「タイトル詐欺ね。『(物理的に)ぶつりてきに熱き闘い?』にしないと」


「うまい!座布団一枚だ」


 あまりのことに稲葉家の人々は声も出ない。


 煙に巻かれて呼吸することもままならない新九郎に向けて、燃えている竹が山なりに投げつけられブワッと音を立てた。


「「新九郎殿、危ない!」」


 新九郎はしっかりそれを見きわめてかわす。


 だが、燃える竹を手放したサブロウが、その隙に素早く背後をとったことには気付けなかった。


「ん?んぐう⁉︎」


 サブロウは背後からがっちりチョークスリーパーをかけながら話しかける。


「はい。これで詰みだよ。結論。この武器って火をかけられたら悲惨なことになる。船の上なら水に捨てればいいけどおかじゃあそうもいかないんで使いづらい。初見の相手には使えても次はないな。じゃあ、お遊びはおしまい。よい子はお昼寝だ」


 サブロウが絞め続けると新九郎はぐにゃりとなった。


 手から槍が落ちて、乾いた音を立て転がった。


「勝者、サブロウさま!」


「「なんという、立ち合いだ」」


 稲葉兄弟は呆然としている。


「よーし、火遊びはここまで。消火活動!」


 カズマと段蔵が、ヨシノたちには見慣れない形の道具、スコップを持ってきてサブロウと三人がかりで燃えている竹に土をかけて火を消し始めた。


「サブロウ殿、何ですか?その道具は?」


 彦次郎が興味を引かれたようだ。


円匙えんしだ。漢字で書くとこうだ」


 サブロウは地面の上に『円匙』と書いた。


「土を掘るのに便利だ。食べ物を油で炒めるのにも使えるぞ」


「冗談でしょう?」


「いや、本当だって。それからもちろん武器にもなる」


ぶんっ!


 いきなり背後からサブロウ目がけて練習用の槍が振り下ろされる。


ぱんっ!


 槍の先が地面を叩く。


 サブロウはすっと横にかわして円匙で槍を引っ掛けて引き寄せて槍を踏みつけ、円匙の先端を相手の顔面に突きつけた。


 新九郎はピクリとも動けなくなり、冷や汗が頬を伝う。


「お早いお目覚めで、新九郎殿。ヤマカガシみたいに死んだフリも上手いじゃないか」


「くそっ!」


「お主はこれで俺に二回負けたな。しっかし隠形もできるし、死んだフリも得意だし、しつこいし、足音まで静かだから、まるっきりヘビみたいだ」


「くくく、サブロウさま、ヘビに足はございやせんよ。足音が静かでヘビみたいってのはどうしたもんかと。くくく」


 ツボに入った段蔵が笑いを堪えそこねている。


「意外と細かいんだな、段蔵」


「へへへっ」


「貴殿はまともな武術の心得もあるではないか!」


 まるで相手にされなかった新九郎が叫ぶ。


「ないと言った覚えもないが、そこは武芸と言ってほしかった」


「どちらでもかまわんだろう!それだけの腕前があってどうして真面目に闘わない!」


「俺は絵師だからねえ。武芸をたしなんではいても、ただ普通に闘うのはイヤなのさ。絵にしてえない闘いに興味はない!」


「「「はあ⁉︎」」」


「そんな絵師がいるものか!」


「ここにいるじゃないか。俺は武芸者じゃあないから、勝ち負けにこだわらん。楽しく遊んでえる絵を描くネタになればそれでいいのさ」


「「「え?」」」


「なんなのだ、お主は!」


「だから、絵師だと言っておろう。洞文どうぶんという画号なら知っておるか?」


「知らん!」


「そうか、知らぬか。俺もまだまだかあ」


 サブロウの言い分に新九郎は呆れたが、そんなサブロウに敗れた自分に自己嫌悪を感じていた。


 だが、そのままでは済まない人物が一人、この場にいた。


「このわたしを嫁にもらい受けるという勝負もどうでもよい遊びで、える絵を描くためだけのネタだったというのですか」


 ゾッとするような冷たい声が聞こえた。


「へ?」


「天〜誅!」


 サブロウが振り返った瞬間、ヨシノの矢のような完璧なドロップキックがに炸裂した。


「ぶぎぇっ」


 汚い声を残してサブロウは吹っ飛んだ。


 そして尻を上に頭を下に、ヨガの『ハッピーベイビーのポーズ』みたいな情けない姿でひっくり返る。


 ヨシノは弓のように美しく身を反らせてから百八十度反転旋回をきめて、美しく着地する。

 

 そしてサブロウをにらみつけ叫んだ。


「この女の敵が!」


「さすがヨシノさん。きれいなフォームのドロップキックね」


「そうっすねえ。威力もなかなか。センセ派手に飛びましたね」


「あいたたた。痛いじゃないか。誤解だヨシノ!」


 流れる鼻血を抑えながらサブロウが立ち上がる。


「気安く名前を呼ばないで!」


「お前を嫁にもらいに来たのは本当なんだってば!親父殿の稲葉備中守にも、嫡男の彦太郎にも話は通してある」


「「「ええ!?」」」

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