第3話 蛇(じゃ)の目の盾の戦士

「何だか面白そうなことをしていますな。邪魔にはならないようにしますから、それがしも見物してよろしいですかな」


 誰もいなかったはずの所に、稽古槍を担いだ小さな目の武士が、石が当たった額に手を当て涙目で突っ立っていた。


「びっくりした〜!」


「「新九郎殿!」」


 稲葉兄弟は彼と顔見知りだ。二人は槍の名手である新九郎に槍の稽古をつけてもらっているのだ。


「センセ、あの人いつからいはったんすか?」


「ヨシノを縛ったときにはもういたよな、段蔵」


「へえ。左様で」


「うーん。全然気ぃつけへんかった。やっぱ隠形おんぎょうの術やな」


「悔しい!私も気づかなかったわ」


「恐れ入ります。隠形おんぎょうは得意なのですが、そちらのお二人ははなからそれがしに気づいていらっしゃいましたね」


「うん、そう。鼻から気づいたんだよ。匂いでわかった!」


「いや、そういう意味ではないのですが、まあよいでしょう」


「あっしは普通に新九郎殿の気配はなんとなくわかりやすんで」


「そうですか。某もまだまだ修行が足りませんな」


「隠形の術でここまで使えれば大したもんだぞ。おっと一応簡単に名乗っておくか。俺はサブロウ、こっちがチカでそこの大きい奴がカズマだ。段蔵とは顔見知りだよな」


「はい。これはご丁寧に。段蔵さんもご存知の通り、某は西村新九郎と申す武芸者でございます」


「ふうん。お前さん、相当腕が立つようだが、まあ話のネタにはなるだろう。勝手に見ていけばいいさ。じゃあ、仕切り直しだ。こっちはカズマが出るぞ」


「押忍。山本カズマ、行ってきます」


「稲葉の、そっちは髭のある彦次郎さんが出るんだろう?」


「そうだ」


「稽古用の木刀はあるかな」


「むろん」


「じゃあ、それを持ってきてくれ。こちらの分はこの大きな葛籠つづらを荷解きしないといけないから準備させて貰うぞ。よいか?」


「俺は一向に構わん!」


「そいつはかたじけない」


「剣術ではそうそう遅れは取らんからな!」


「いやあ、そいつぁ楽しみだ」










「では、お互いに準備もできたことだし始めるぞ!」


「ちょっと待て!そっちは盾を使うのか!」


 彦次郎は戸惑っている。カズマは右手に木剣を持ち、左手にはじゃの目模様の大きな円楯を装着していたからだ。


「これは明国よりも西の天竺よりもはるか遠くの羅馬ローマの剣術だが何か問題があるか?それともお前さんの剣術は盾を持っている相手には通じないから、戦場でも相手に盾を置いて下さいとお願いするのかい?」


「ええい。構わん。始めろ!」


「それでは、始め!」


 段蔵が開始を宣言する。


「ふんっ!」


 彦次郎が上段に振りかぶった木刀を力強く撃ち下ろす。


カズマは円楯でそれを手堅く受け止める。


がっ!


「うっわ、打ち込みおっも~!」


 カズマは片足を大きく引いてその衝撃を耐え、同時に片手で木剣を真っ直ぐ突き出す。


 彦次郎はそれを難なく打ち払う。


 再度打ちかかろうとするが、カズマが大きな盾をこちらに向けてかまえているのを見て、素早く下がって距離をとって攻略の手立てを考えようとする。


 だがカズマはそこで止まらない。


 盾をかまえて全力疾走で彦次郎を追いかける。


「なにっ!」


 そして円楯越しに強烈な体当たり、ほとんどアメフトのタックルか相撲のぶちかましと言っていいそれを喰らわせる。


「シールドチャージ!」


 ガーンという大きな音がして彦次郎が三間(約五.四五メートル)ほども吹き飛ばされる。


 彦次郎は片膝ついて起き上がる。


 だがその時彦次郎が目にしたものは、回転して自分に向かってくる、カズマにぶん投げられた円楯だった。


 思わず首をすくめたが、もう間に合わない。


ごすっ!


 円楯がこめかみを直撃。彦次郎は脳震盪を起こしてよろめいて、まだ立ち上がれない。


 カズマの追い討ちの三日月蹴りの足底が膝を屈した彦次郎の鳩尾みぞおちに突き刺さる!


「ぐはあっ!うー、うー」


 彦次郎は身体をくの字に曲げてのたうち回っている。


「わあ、相変わらずエグい三日月蹴りね」


「お前がいう?でも、少々かわいそうだな」


 彦次郎は段蔵がゆっくり十数えても、まだ腹を抑えたままで起き上がれなかった。


「勝者、カズマ殿!」


 段蔵がカズマの勝利を宣言した。


「押忍!」


「なんと、凄まじい剣術か!」


 新九郎が驚嘆している。


「「兄上!」」


「カズマ、カッコいい!」


「まあね。実力ですわ」


「円楯投げたのはあのヒーローのマネか!」


「押忍。シールドチャージだけじゃ足りなかったっすね。まあ、使えるモノは何でも使う。それが洋都辺ようつべ流ですから」


「ほう。洋都辺ようつべ流とは聞き覚えのない流派ですな」


 新九郎が首をひねる。


洋都辺ようつべ流は外国とつくにのなんでもありの流儀だ。お前さんが知らんのも無理は無い」


「なるほど」


 彦次郎と彦三郎がようやく、ふらふらしながら起き上がってきた。


「稲葉の。まだやるかい?」


「「当たり前だ!」」


「じゃあ、次は槍術の番だ。俺が出るんだが彦次郎さん、彦三郎さん、どっちが来るかね?」


「ちょっとお待ちください。稲葉殿たち二人に対してそちらは三人掛かりというのはいささか不公平ではないですか?」


 見物の新九郎から物言いがついた。


「ほう。それもそうか。だったらどうする?」


 サブロウの問いかけに、新九郎はその小さな目でぶれることなく、爬虫類が獲物を狙うかのように静かに、真剣にサブロウを見つめて答える。


「某が稲葉殿たちに助太刀するのはいかがかな?御当主の稲葉備中守には某も世話になっております。それに某自身も是非、洋都辺ようつべ流の方とお手合わせをさせていただきたい!」


「うん、いいよー」


 サブロウは間髪入れず、呑気そうに答えた。まるで、ナカジ▽君に野球に誘われたイ▽ノカ▽オである。


「軽いねー。ここは宿命のライバルっぽく、もうちょっと盛り上げないとダメじゃないかしら」


「センセ空気読めへんから、しゃーないわ」


「待ってくれ新九郎殿、だがこの勝負、妹のヨシノの身が懸かっておるのだ」


「そうだ、申し出はありがたいがこれは稲葉家の問題だ。我らの面子に関わる」


「ああ、そうか。ここで新九郎殿まであっさり負けてヨシノを奪われては悔いが残るよな。でも新九郎殿も手合わせをしたいと。よし、分かった。じゃあ、新九郎殿が一回負けても稲葉家との勝負には関係なしでいいや。もし、新九郎殿が勝ったら稲葉家の助っ人として認めるから俺たちの負けでいいぞ」


「また、師匠が馬鹿な事言い出したわ!」


「「な、何ということを。新九郎殿は槍の達人ですぞ!」」


「うん。俺の知っているあの『新九郎』殿なら、そうだろうね」


「分かってんならよせばいいのに。アホちゃいますか?」


「じゃあ、新九郎殿に二回勝てたら俺たちの勝ちでいいよな」


「これは、某も舐められたモノですな」


「ああ、そう言えば俺、槍を持ってないんだった」


「「ふざけるな!」」


「センセ、それはホンマにアカンでしょ」


「悪い!段蔵!そこの薮から適当な竹を切って来てくれ」


 そう言うとサブロウは腰の瓢箪ひょうたんから口に水を含み、すすいで捨てた。


「へえ。只今」


 段蔵が鉈を持って薮に入り竹を採りに行った。


 それを待つ間にチカがスルスルと近づいてヨシノを縛っていた縄を解いた。


「ごめんね、窮屈だったでしょ」


「チカさん!でも、どうして?」


「だってあなた、全然逃げる気がないでしょう?こんな面白い立ち合い見逃せないって顔に出ているわ」


「ええ⁉︎」


「あ、瓢箪が空だ。カズマ、おかわり!」


「はいはい」


 サブロウとカズマがお互いに瓢箪を放り合って交換している。


 そこへ段蔵が竹を手にして戻って来た。


「お待たせしやした」


「「「えええええっ!」」」


「段蔵師匠、いくら適当な竹を採ってこいと言われたからといってもそれじゃあいくらなんでも」


 ヨシノが呆れる。


 段蔵は枝葉がこんもりと茂った、半枯れの竹を引きずって持ってきていた。もう少し葉っぱが元気で青ければ七夕の飾りつけに使えそうな奴だ。


「段蔵、ご苦労。なかなか良さげな竹じゃないか。そのままでいいぞ。さあ、始めようじゃないか」


「「「「そのまま使うんかい⁉︎」」」」

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