第2話 虎の姫はキックが得意

「ようし。じゃあ始めよう、稲葉兄弟!ヨシノを奪われたくなければ、俺達と勝負しろ!稲葉家の武勇、とくと見せてもらおうか」


 サブロウがニヤリと悪い笑みを浮かべて宣言したところであるが・・・・・・


「うわー、これはひどい。なんなのよ、この状況は!」


「この絵面えづらはどう見てもボクら悪者ですやん」


 躰道たいどうのような白い胴着に細く短い黒袴の若い娘と、風呂敷で大きな荷物を担いだ稲葉兄弟よりも一回りゴツい若い武士が現れた。


 娘の方は五尺(約一五二センチ)ほどでヨシノよりも少し大きいくらい。


 若い武士の方は身の丈六尺二寸(約一八六センチ)といったところ。


「おお、お前たち。遅いじゃないか。待ちくたびれたぞ」


 サブロウの仲間たちだ。


「こっちは大荷物を背負ってんすよ」


「そうよ。ヨシノさんの姿が見えたとか言って全力疾走したかと思ったら、私たちが追い付くまでの間にどうしてこうなるんですか!」


「これってあれすか、子供を人質にして脅迫っすか!センセ、人間としてアカンでしょう」


「いいから、お前たちも手伝うんだよ!」


「「え~っ」」


「相手はヨシノの兄貴たち、稲葉兄弟だ。おーい、稲葉兄弟!三本勝負だ。俺たちと武芸の試合で立ち合え!」


「「なんだと!!」」


「俺たちが一人でも負けたらヨシノは返そう。ただし、俺たちが全部勝ったらヨシノはもらって行くぞ!」


「「「なにを勝手なことを!」」」


 稲葉兄弟とヨシノの声が重なる。


「おやあ、自信がない?一つでも立ち合いに勝てば妹を返すのに、自信がない?武勇で鳴らす稲葉家の男たちが武芸の勝負で敵に背を見せて、尻尾を巻いて逃げるかねえ」


「「「ぐぬぬぬぬ」」」


「煽るなあ。完全に悪役ね」


「じゃあ、ボクらは戦闘員下っぱですか」


「ええ?あたしは幹部じゃなきゃイヤよ」


「ではみんな俺と一緒に言ってみよう。イーッ!!」


「・・・・・・お断りしやす」


「いやよ。みっともない」


「アホちゃいますか」


「コホン。さあ、どうする?逃げるか?立ち合うか?」


「「「ごまかした!」」」


「兄上!こんなふざけた人たちやっつけてしまいましょう!」


「よし、分かった」


「その勝負、受けよう」


「よろしい。では賭けは成立だ。勝負の方法は体術、剣術、槍術の三つ。まずは素手で闘う体術だ。そっちは誰が出るんだ?」


「兄上、まず俺が出よう。俺は稲葉彦三郎だ」


「髭がない方が弟ね」


「そっちは誰が出るんだ?裏切り者の段蔵か?」


「あっしは立ち会い人になりやすんで、出るのはあっしの師匠です」


「「何だと?!」」


「はーい、はーい。あたし、瀬田チカが出ます!」


「あっしはチカ師匠から体術の手解きを受けたんでさ」


「「「ええっ⁉︎」」」


「さあて、じゃあ失神するか、倒れて十数えても立ち上がれないか、降参した方が負けでいいよね」


「チカ!わかってるだろうけど、なるべくケガをさせるなよ!」


 サブロウが注意する。


「押忍!了解!」


「女のくせにふざけるなぁ!」


 開始の声を掛ける間もなく、彦三郎がチカを捕まえるべく両手を伸ばして突進して来る。


 チカは斜めに大きく踏み込んで、難なくその突進をかわし、かすらせもしない。


 そのままくるりと回って、バックステップで充分な距離をとる。


「甲冑組み打ち系の技術だろうけど、隙だらけね。まとが大きいから蹴り放題なんで、どこから蹴ろうか迷っちゃうわ」


「「何だと!」」


「どこでもいいわよ!チカさん、やっておしまい」


「サブロウ先生、なんでオネエに?」


「押忍!」


「改めて。始め!」


 段蔵の合図で試合が始まった。


 彦三郎が向き直り、チカを捕まえようと再度大きく踏み込む。


 そのタイミングに合わせて真っ向から助走をつけたチカが迫る。


「ドロップキーック!」


 高く飛び上がって両脚をきっちり揃えて彦三郎の胸板をゴスっと蹴り抜き、彼の身体を吹っ飛ばした。


「うおおっ!」


 彦三郎はそのまま仰向けに倒れて受け身を取りそこなった。


 後頭部を打ってうめいている。


 チカはといえば弓のように身体を反らしながら、きれいに百八十度旋回して、彦三郎の方を見ながら両手両足で着地した。


「なんと凄まじい」


「カッコいい・・・・・・」


 彦次郎はおののくが、ヨシノはチカのドロップキックに目を奪われた。


 生まれてこの方、このように美しい跳び蹴りは見たことがなかった。


 なのにこの技は懐かしく、あの動きはヨシノ自身も何十回と繰り返して身体に染みついているような気がした。


「あらあら、もう終わり?数えるよ。一つ、二つ、三つ、四つ、・・・・・・」


 頭を振りふり彦三郎が立ち上がる。


「五つ、六つ。はあい、よく出来ました。じゃあご褒美ね。いっくよー!ローリングソバット!」


 チカはその場で跳び上がると半回転して刺すような後ろ蹴りを放つ!エゲツなく踵を彦三郎の鳩尾みぞおちにめり込ませた。


「すごい!この技!わたしもやりたい!」


 ヨシノは思わず前のめりになった。


「ぐぼっ」


 彦三郎は身体をくの字に曲げて胃液を吐き出した。だが、根性でまだ倒れない。


「じゃあ、後は軽めに流すわよ」


 ミドルキックのダブル。


 逆からのミドルと見せかけて軌道を変えてのハイ。


 また普通のミドル、次に思い切り下段のふくらはぎを狙うカーフキック。


 さらに外から太腿下部へ打ち下ろすエグいロー、ロー、ローキックの連打!


 今度は意表をつ内股膝上へのロー。


 逆からミドルのダブルかと思えば、もう一丁でトリプル!


 そこから一転してまたしつこくロー、ロー、ロー!


「あれが軽めなんやから笑うしかないわ」


「素人相手にエグいなお前の嫁」


 カズマとサブロウがつぶやいた。


 予告通りチカは彦三郎を蹴り放題。タコ殴りならぬタコ蹴りされて彦三郎はまるで人間サンドバッグだ。


 ヨシノと彦次郎の二人は信じられないものを見せられて呆然としていた。


 大男と言ってよい彦三郎が小柄な若い娘を相手に手も足も出ず、なすがままだ。


 チカもようやく攻め疲れが出たのか遠い間合いから遅いミドルキック。


 ふらふらになりつつも彦三郎は必死にその足を抱え込んだ。


「よし、投げて押さえ込んでしまえ彦三郎!」


「ダメ!その誘いは罠です、兄上!」


 真逆のことばを叫ぶ彦次郎とヨシノ。


 チカはヨシノの方を向いて意味ありげにニッコリ微笑み片目をつぶってみせる。


「当ったり!サマーソルトキ-ック!」


 チカの自由な方の足が真下から跳ね上がり、彦三郎の顎先を絶妙にかすめて脳を大きく揺らす。


 チカはそのまま風車のようにシュパッと後方宙返りをしながら抱えられかけた足も抜き去り、コトリと着地する。


「「「うまい!」」」


 サブロウとカズマと、そしてヨシノの声が重なる。


「美しすぎる蹴り!わたしもやりたいよ」


 ヨシノは小声でつぶやく。


 そして技に感動するだけじゃなく、技を試したくてウズウズしている自分自身に戸惑っている。


 彦三郎は白目をいたまま立ち尽くしていたが、ついに膝から崩れ落ち前のめりにゆっくりと倒れた。


「また、つまらぬものを蹴ってしまった」


「五ヱ門かい!」


「勝者。チカ師匠!」


 段蔵が宣言する。


「彦三郎!」

「兄上!」


「木陰で寝かしときなさい。手加減しといたからすぐに目が覚めるわ。カズマほどじゃないけど打たれ強いね。鍛え甲斐があるよ」


「よくやったぞ。チカ」


「押忍!」


「最後の動きは初代虎覆面のあの人やな」


「ヨシノさんに見てもらうんだからカッコよく決めないとね。わたしだってタイガー・プリンセスですもの」


「え?」


 このチカという若い女性にも、ヨシノは面識がない。だが、ヨシノのことをよく見知っているかのように話すのだ。


(やっぱり、なにか私の知らないことが起きている!)


 ヨシノにそんな疑念が生まれたところで、サブロウの大声が思考の流れを断ち切った。


「さあ、次は剣術だ。カズマ、行ってこい」


「押忍!」


 サブロウが正面を向いたまま足元の石を何気なくポーンと蹴飛ばした。


「痛!」


 石が飛んでいった辺りから男の声がした。


「あいたたた。何だか面白そうなことをしていますな。邪魔にはならないようにしますから、それがしも見物してよろしいですかな」


 誰もいなかったはずの所に、稽古槍を担いだ小さな目の武士が、石が当たった額に手を当て涙目で突っ立っていた。

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