土岐の殿さまのやりなおし 〜明るい家族計画と国盛り物語

土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり)

第一章 サブロウ流嫁取り

第1話 圧倒的不審者とじゃじゃ馬姫の再会?


「見つけたぞ、ヨシノ!早く降りて来い!俺と結婚して祝言を挙げるぞ!」


 歳の頃十五、六の武家の青年が屋敷の前の松の木の上を見上げて声をかけた。


 一丈(約三メートル)程の高さの枝には十歳くらいの少女が腰掛けている。


「どこのたわけだ、お前は!ここが我が稲葉家だと知っての狼藉か!頭が高い!」


 その少女、ヨシノには青年にこれっぽっちも心当たりがなかった。


「いやいや頭が高いのはどう見てもソッチ」


 もっともである。


「ぐぬぬぬ。屁理屈を言いおって」


 負けん気が強い少女の顔に朱がさす。


(コイツはきっと女子供をかどわかす悪人で、いきなり結婚と騒ぐド変態だ。体格はしょぼい。いける!)


 ヨシノは枝の上に立ち上がった。


「では頭を低くしてやろう人さらいめ!わたしの風嵐射プランチャを喰らえ!とおおおおうっ!」


 ヨシノは万歳のように両手を振りかぶり、身体を弓のように反らして、青年目がけて


 プランチャ・スイシーダ。


 またの名をダイビング・ボディ・アタックというプロレス技だ。


 気分は仮面貴族。脳内BGMはもちろんジグソーの『スカイハイ』だ。


 青年に直撃すれば、背中や頭に衝撃ダメージを与えて離脱!


 かわされても前回り受身をとってそのまま離脱できる!



「俺の胸に飛び込んでくるとは積極的だな!」


 青年はのんきにも両手を広げて受け止めるようだ。


(甘い!この高さから耐えられるものか!)


 ヨシノの身体は青年に激突!


 するはずだった。


ぽすっ


 しかし、ヨシノは青年に柔らかく抱き止められていた。


 青年は尻もちをつくように腰を下ろして、その衝撃を殺すように後ろ向きに回転してすっくと立ち上がる。


 もちろんヨシノを抱えたままだ。


 いつのまにかヨシノはお姫様抱っこされていた。


「天晴れ。なかなか見事だ、ヨシノ!」


「離せ!お前は誰だ!どうして、わたしの名前を知っている!」


「ふむ。やはり、まだ俺がわからないか。仕方ないな。俺はお前の夫となるサブロウだ。怪しいものじゃない」


「お前のことなんか知らん!圧倒的不審者め!」


 人攫いならばわざわざ名乗らないだろうが、名乗られても心当たりが全然ない。


 それにいきなり結婚というのがもっと解せない。


 父親からも輿こし入れの話が出ていない。


 むしろ自分があまりにもお転婆であるので「稲葉のじゃじゃ馬姫」と呼ばれるようになってからは、父は嫁の貰い手を諦めたとこぼしていた。


 まだ十歳、しかもじゃじゃ馬とはいえヨシノも国人領主の家の姫だ。


 それが、見ず知らずの男に抱きかかえられている現状。


 居心地がよく、なぜか懐かしさすら感じるが、いつまでもこうしていられない。


 このままかどわかされて、連れ去られるのでは?この男とならそれも悪くないなどとワクワクしている自分に気づき我に返った。


(ダメだ!しっかりしろ!)


 心の中で自分に喝を入れ、ヨシノはサブロウの腕の中でもがきだした。


「おいこら、落ちるぞ。危ないぞ」


「変態!下ろせ!兄上!段蔵!誰かー!」


「「どうした、ヨシノ!!」」


「お嬢様、どうなさいやしたか?」


 非常に濃い顔でそっくりな大男の青年が二人と、一見華奢な細身で脚が長い男が一人。


 合わせて男が三人。


 稲葉家の屋敷から出てきた。


 大きい方はヨシノの兄である彦次郎と彦三郎。彼らは見ての通り双子の兄弟だ。


 二人とも上背が六尺(約一八〇センチ)を超え、筋肉質で精悍な印象与える。


 鼻の下に髭がある方が彦次郎。ないのが彦三郎だ。


 細身の方は稲葉家の使用人の段蔵。ヨシノの体術の指南役でもある。風乱射プランチャをヨシノに教えた張本人だ。


 そんな彼らの目の前にはジタバタしてもがくヨシノを抱きかかえて離そうとしない不審者がいる。


 思い切り事案だ。ぷんぷん漂う犯罪臭。


「「何をしておる!貴様、何者だ!」」


「よくぞ聞いてくれた。ではいくぞ」


 サブロウはヨシノを抱えたままステップを踏んで歌い出す。


「俺サブロウ、今は戦国武将。土岐頼芸と完全融合。夢見た明るい家庭を築こう!土岐家の滅亡、回避しよう!邪道上等、セコくて結構。だってサブロウ、心配性!家族計画、神算鬼謀。まずはど〜んといってみよう!」


 ラップっぽく歌ったサブロウがピタリと動きを止めてニヤリと笑う。


「ふっ。きまったぜ」




しーん






 沈黙がそこを支配していた。


 稲葉兄弟が口をあんぐりと開けたまま固まっている。


「ふう。お前たちにはまだ早かったな」


 そうサブロウが呟いた。


「お主は正真正銘の可哀想なやつだったのだな」


 ヨシノが痛ましいものを見るようにサブロウを見上げていた。


「ヨシノ、そんな目で俺を見るんじゃない!ええい、くそっ!さっきのはナシ!俺はサブロウだ。ヨシノを嫁に貰いに来た。そこんとこよろしくぅ!」


「さっきから、何をたわけたことを言っておる!そんな話は聞いておらぬ!」


「そうだ!どこの馬の骨とも分からぬ輩に可愛い妹は渡せはせぬ。妹を置いてとっとと帰れ!」


「兄たちから愛されてるな、ヨシノ。しかしまあ、稲葉家の男と言えば体格にすぐれ、武勇を誇る武士もののふと聞いておったが。体格はともかく武勇については怪しいもんだな」


「「何だと!」」


「そんなに大事な妹ならば、口先ではなく腕っ節で取り返せば良かろうものを。所詮は体格だけの見掛け倒しか。期待していただけに、ちょいとガッカリだ」


「「おのれ、言わせておけば!」」


「そこまでですぜ」


 いつのまにか、段蔵がサブロウの後ろから苦無くないを首筋に突きつけていた。


「やあ、これは俺が油断したなぁ。両手がふさがっているから、これはどうしようもない。よし降参だ、降〜参〜」


 サブロウはそう言うとヨシノを下ろして両手を上げた。


 段蔵は相変わらず苦無を首筋に突きつけたままだ。


「段蔵、よくやった!」

「でかした、段蔵!」


「へへっ。そいつはどうも。お嬢さま、あっしはこれから縄で分縛ふんじばりやすんで、代わりに苦無をサブロウに突きつけていただけやせんか?」


「うむ。分かった」


「では、ちょいと失礼しやすぜ」


 段蔵はサブロウに突きつけている苦無をヨシノに握らせた。


 そして、懐から人の髪の毛で編まれた黒縄を取り出し、手際良く縛り上げた。








 サブロウではなく、ヨシノの方を。








「「「え?ええ⁉︎」」」


 段蔵はそのままヨシノをさっさと松の木にくくり付けてしまう。


「何をしておる!段蔵!」

「縛るのは、その男だろうが!」


 ヨシノは唖然として声も出ない。


「うむ。ご苦労であった。段蔵」


 サブロウが当然のように段蔵をねぎらう。


「へえ。恐れ入りやす。それじゃあ、お嬢さま、彦次郎さまに彦三郎さま。勝手言って申し訳ござんせんが、あっしはこれでお暇を取らせていただきやす。お世話になりやした」


 ヨシノたちの顔から血の気が引く。


「「段蔵、我らを裏切るのか!」」


「滅相もござんせん。これにゃあ深いワケがあるんで。けして、悪いようにゃいたしやせん。ただ、今はそこで大人しく見とっておくんなさいまし。ようござんすね」


「ようし。じゃあ始めよう、稲葉兄弟!ヨシノを奪われたくなければ、この俺たちと勝負しろ!稲葉家の武勇、とくとこの目で見せてもらおうか」


 サブロウがニヤリと悪い笑みを浮かべて宣言した。


 

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