第10話 会わな、北条は〜ん 

 残念だったな諸君。女湯での詳細な描写は控えさせていただく。


 ヨシノとチカはそれはそれはしっかり身体をキレイに清めつつガールズトークに華を咲かせた。ヨシノは主に聴き手であったが、なかなかの濃い内容の話であったのでヨシノは大変に好奇心が満たされた。


 すっかり打ち解けた二人は大広間へ行く途中も話が終わらない。


「家畜の去勢ってむずかしいんですか?」


「家畜が暴れないように固定して仰向けにする方が大変だけど、去勢そのものはかんたんよ。まずは袋の下から三分の一のところを切って、睾丸タマを二つ取り出します」


「袋ごと切っちゃうんじゃないんだ」


「袋は残して中身だけ取るのよ。その方が血もあまり出ないから」


「なるほど」


「ここで秘密兵器の登場よ!鋼鉄製の針金を『ひ』みたいな形に曲げて管に通したものを根元に引っ掛けて睾丸タマだけを一回グルンとねじります」


「ふむふむ」


「それからこの針金の手元側の取っ手をクルクルと10〜20回くらい回すと、アラ不思議。ちゃんと睾丸タマの根元からブチっとちぎれまーす」


「ええ!ちぎれちゃうんですか!痛そう〜」


「大丈夫よ。このやり方の方が去勢される側にとっても楽なのよ。睾丸タマをとった後しばらくしたら普通に歩けるから」


「へえ思ったより簡単にできそうですね」


「そうよ、だいたい1分もかからない。1から60まで数える前に終わるわよ」


「チカさん、すごく勉強になります!」


 ヨシノはチラリとサブロウの方を見た。


「ヨシノ、なぜそこで俺をチラ見する!チカもチカだ!なんでお前は新婚の花嫁に去勢のやり方などという恐ろしいことを教えてるんだ!」


「あら、乙女のたしなみよ。サブロウ師匠がヨシノさんに不埒ふらちなことをしなければ怖がる必要はないわ」


「ぐぬぬぬぬ」


 サブロウ、カズマ、彦次郎、彦三郎の男性陣は災難なことに、ヨシノとチカに合流したら二人が生々しく去勢のやり方を話していたというわけだ。そのせいで湯上がりだというのに男性陣の顔色が非常に悪いのは無理もない。


 ちなみに男性陣も、女性陣も皆、浴衣に法被はっぴならぬ、道着に法被はっぴだ。茶色いスリッパまで履いている。道着は上下ともに白。


 上はテコンドーの道着のようにすっぽり頭から被るタイプだ。これなら激しく動いてもはだけることはない。ポロリはないのだ!


 下はチカが昼間穿いていたような躰道風の袴だ。踊ったり暴れたりするのに都合が良いのだ。


 湯冷めしないようにと用意された法被はっぴには縁と背中側にデカデカと『桔梗屋』と書かれたド派手なピンク。まるでどこかのお店の呼び込みである。サブロウの悪趣味が全開だ。


「カズマ、お前もチカになんか言ってやれ」


「センセ、ぼくがチカ相手に口で勝てると本気で思いますか?」


「あ、悪い。無理だわ」


「彦次郎さんも、彦三郎さんも、そんなに怖がらないでよお」


「「いや、その」」


 彦次郎、彦三郎の二人は腰が引けている。チカが近づくとじりじりと後ずさる。かわい子ぶっても今さらである。自業自得である。


「そうだぞ。昼間の立ち合いも真剣勝負じゃなくてよかったな。もし、チカの一族相手に真剣勝負で敗れたならば、掟でタマを抜かれて喰われたところだ」


「「ひいいっ!」」


 彦次郎と彦三郎が思わず股間をガードする。


スッパーン!


「いってえ〜!」


「ウソを言うんじゃない!風評被害よ、バカ師匠」


 チカがスリッパ片手で怒っている。


「はいはいはい、いつまでも遊んどったらアカンですよ。みんな主役をお待ちかねなんやから、とっとと大広間へ行きますよ」


 カズマが皆をうながす。


「わかった、わかった」






 大広間はもうとっくに宴会の真っ最中だった。祝言とか結婚式という厳かな雰囲気ではない。


 サブロウは絵を描くときやモノを作っているとき以外は常に多動の衝動に駆られている。だから、サブロウは堅苦しいのが苦手でジッと座っていられない。厳かな儀式などはサブロウには拷問でしかない。


 サブロウの意思を尊重すると無礼講どころかただの大宴会にならざるを得ないのだった。







「爺、来たぞ!」


「サブロウさま、どうぞこちらへ」


 もり役の林四郎二郎がサブロウたちを席に案内する。


「「「おそいぞ!花婿と花婿!」」」


 修験者と高そうな着物を着た武士がハモる。


「悪い、てっつぁん、ハルさん、待たせたな。嫁の稲葉ヨシノとその兄の彦次郎、彦三郎だ。お前たち、箱根権現の修験者のてっつあんこと宗哲さんと、俺と同じ歳でかつ同じ三郎の仮名けみょうを持つ実の弟、ハルさんこと大須三郎治頼はるよりだ!」


「「「よろしく、お願い申し上げます」」」


「「こちらこそよろしく、そしておめでとう!」」


「おーい、こっちにも顔をだせいっ肝心のサブロウの旦那たちが来ないと始まらねえんだから」


「そうよ、そうよ」


 肩幅がやたらゴツく眉毛がつながった若い男と、目が大きく気の強そうな少女が向こうで声を上げる。


「ウソつけ!金兵衛!若葉!俺たち抜きでずいぶんと飲んだり食ったりしているじゃねーか」


「ははは、せっかくのご馳走、あったかいうちに食べないとねえ」


「座を温めておいてやったんだよ!」


「言うねえ」


「サブロウ殿、ここは一言あいさつをするのがよろしいのではないかな。さあさあ」


 白髪でくりくりとした目をした剽軽そうな老人がメガホンをサブロウに手渡した。


「わかったよ、ノサダの爺さま。応、敬意O K! みんな!今日は俺、土岐サブロウと稲葉ヨシノの祝言に来てくれてどうもありがとう!感謝しています!えい、えい」


「「「「「「応!」」」」


「えーい!」


「「「「「「えーい!」」」」


「応!」


「「「「「「応!」」」」


「楽しんでいるかーい⁉︎」


「「「「「「応!」」」」」


「愛しあってるかーい⁉︎」


「「「「「「応!」」」」」



「「「サブロウさま、カズマさま、歌ぁ歌ってえ〜!」」」


 二人はちょっとしたご当地アイドルなのか、職人衆のおかみさんらしき熟年女性陣からドスの効いた黄色い?声がとぶ。


阿呆陀羅アホダラ経はやめてくれよ!」


 金兵衛が野次る。


「チッ。阿呆陀羅アホダラ経じゃないわ!ラップだと言うのに。じゃあ、『会わな、北条は〜ん』を歌うぞー。これは外国とつくにの言葉で『あなたの手を取り共に過ごしたい』という意味がある。今日という晴れの門出にふさわしいからな。ようし、カズマいくぞ!」


応、敬意O K! 」


てっつぁん、ハルさん、琵琶びわつづみを頼む」


「「応、敬意O K! 」」


「金兵衛!」


「おおっ?俺もかあ?」


 金兵衛が立ち上がる。


「邪魔にならないように大人しく座っとけ」


「ひでえや!」


 金兵衛がズッコケる。


「「「あはははははは!」」」


「行くぞ!一、二、一、二、三、四」」


 琵琶と鼓の前奏が始まる。


べべべーん、べべべーん、べべベーん

ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん


 サブロウはどこかで聞いたようなメロディをノリノリで歌い始めた。


  応援や〜っても さみしい

  ワイ新規案出した〜


  変な〜奴ぁ さみしい

  会わな 北条は〜ん


 カズマも合唱コーラスに加わる。


  会わな 北条は〜ん

  会わな 北条は〜ん


  おお 伊豆い〜ず 相模〜さがみ〜〜

  ゆえに言い寄るわ

  ああ 伊豆い〜ず 相模〜さがみ〜〜

  ゆえに北条は〜ん


  あれに 北条は〜ん

  会わな 北条は〜ん


  完全なったっちゅう 

  ワイ着る法被はっぴ、いやに小さい

  言っちゃった きついんだ ま〜だ


  あかんわ〜い あかんわ〜い 

  あかんわ〜い


  ええ 夕〜方 さみしい

  ワイ新規案出した


  変な〜奴ぁ さみしい

  会わな 北条は〜ん


  会わな 北条は〜ん

  会わな 北条は〜〜ん

  会わな 北条は〜〜〜〜〜ん


ぽんぽんぽんぽんぽん

べべべべん!


「「「きゃあああああ!」」」


「「「いいぞおお!」」」


「「「わああああああああ!!」」」


パチパチパチパチパチパチ

パチパチパチパチパチパチ

パチパチパチパチパチパチ

パチパチパチパチパチパチ

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 大喝采であった。


「ありがとう!愛しているぜ、みんなあ!」


 サブロウが皆に手を振りながら腰を下ろした。


「サブロウさま、『北条はん』とはどなたのことですか?」


 ヨシノが訊ねる。


「伊豆と相模を支配している伊勢宗瑞そうずい殿の一族だ。そろそろ北条を名乗るはずだが、もう名乗りを改めたのかな?てっつぁん、聞いてる?」


「うむ。今年中には変えるそうだ」


「「相模の伊勢氏が北条氏を名乗るのですか」」


 彦次郎、彦三郎が驚く。


「だそうだ。北条はんこと伊勢の一族とは縁があってな。二年前に信頼できる忍びの者を召抱えようと思って、相模まで行って風魔党の頭領の風間小太郎殿や、伊勢宗瑞殿に会いに行ったんだ。それ以来のお付き合いで仲良くさせてもらっているんだよ」


「しかし忍びの者なら何もわざわざ関東にまで行かずとも」


「左様、甲賀や伊賀でもよかったのではございませんか?」


 彦次郎と彦三郎はそう聞き返した。


「ダメ、ダメ。六角がいるからそれは悪手だ。甲賀も伊賀も六角とは位置も関係も近過ぎる。そんでもって美濃土岐家は近江の六角とは悪い因縁がある」


「左様でございますな。二十年ほど前に土岐家の御家騒動に介入した六角家の連中を守護代さまや小守護代さまが近江まで追い払って引き上げる帰り際に土一揆に襲われて壊滅させられておりますからな」


 もり役の林四郎二郎が続けた。


「だろう?俺自身には近江の六角と争う気はない。まだ弱々のくせに六角の配下に手を出して目を付けられるのは絶対にイヤだ。かと言って六角の息が掛かった者を送り込まれて俺たちの秘密をあれこれ探られるのも面白くない」


 サブロウはそう言って両手を上げてやれやれといった体で首を横に振った。


「その点、美濃土岐家は伊勢氏にも相模の国人にも、そしてもちろん風魔にも悪い因縁がない。だから忍びを求めるなら、俺にとっては風魔が安全だ。その風魔の忍びたちを招くために、風魔の頭領である当代の風間かざま小太郎殿と相模の伊勢宗瑞殿とには直接会わなきゃならんと思ったんだよ。まあ、さっきの歌詞も、その流れでできたのさ」


 サブロウは皆にそう説明した。


「「なるほど。左様にございましたか」」


 彦次郎も彦三郎も納得したようだ。


「この大桑おおがには元風魔の忍びの者が大勢いる。そして彼らの忠誠度は最高最大だ。ここは余所者が簡単に忍び込んで悪さできるようなところじゃない。美濃で一番安心安全なところだ」


「サブロウさまはどうやって、他国の風魔の忍び衆からそこまでの忠誠を得られたのでしょうか?」


 ヨシノが訊ねる。


「「わたしたちも気になります!」」


 彦次郎、彦三郎も興味津々だ。


「そりゃあ、さっきの『北条は〜ん』の歌でだなあ」


「意味がわかりません!」


「「冗談ではなくて、本当のところを知りとうございます」」


「まずは竹馬からだろう」


 てっつあんと呼ばれた修験者が口を挟んだ。


てっつぁん、それ言っちゃうの?」


「「「竹馬⁉︎」」」


 稲葉兄妹には話が見えない。


「じゃあ、そのときの話をしようか、というところで次回に続くよ」


「「「それは、ずるい!」」」


「次回は、相模で風間小太郎殿や強敵と出会った話だ。会わな、北条は〜〜〜ん!」







つづく

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