吹き出す父と濡れるお隣さん

 ゴクリ……。俺はつばを飲み込んだ。


「その、大人の話とは、一体?」


「ふふふ、そう警戒しなくても」


 余裕よゆう綽々しゃくしゃくといった様子の安住さんは、俺の前に置かれた湯吞みに視線を送り、


「とりあえず、お茶でも飲んで落ち着いてください」


 今しがた俺が発したセリフをそのまんま使いまわした。


「大丈夫です。十分落ち着いてますんで」


「いいえ、松田さんの心は乱れています……な、の、で――ささ、ホッと一息、どぞ!」


「いや自分のタイミングでいかせてくださいよ」


「いやいやここは今グイッといくべきですって!」


「いやいやいや今はいいです! ちょっとしつこいですよ? 安住さん」


「いやいやいやいや私をしつこくさせているのは松田さん――あなたですからね!」


「――いやどういう切り返しッ⁉」


 机を叩いて前のめりになる俺に負けまいと、安住さんはふくっれ面で睨んでくる。


 なんだってそこまでして飲ませようと……。


「…………わかりましたよ。飲めばいいんでしょ? 飲めば」


「そうです! 飲めばいんです! 飲めば!」


 睨み合いの末、先に折れたのは俺の方だった。


 安住さんに対して僅かばかりの不信感を抱きながらも、『男に二言はないッ!』と俺は湯吞みを手に取り口元で傾けた。


「――〝私と付き合ってください!〟」


「ブフォッエッ!」


 そして盛大に吹き出した。安住さんに向かって……吹き出してしまった。


「ああもぅ……服がびしょびしょ」


「あ、すいません――じゃねーよッ! あんた今ッ、なんて言った?」


「私と付き合ってください……と、告げました!」


「はぁぁぁあああああッ⁉」


 聞き間違えじゃなかったことを知り俺は驚愕した。


 直前の行動もあれだったが、いきなりなんの脈絡もなく付き合ってくださいって……ひょっとしてまだ酔ってるんじゃないか? じゃないと説明つかないぞ、この意味不明さは。


「しーっ! もっと声量抑えてくださいってば! こよりちゃんに聞こえちゃうじゃないですか」


 目の前では濡れ濡れの安住さんが唇に人差し指を当て、こよりがいるリビングに視線を向けている。


 確かにこよりに聞かせるような内容じゃない。かといって流せる内容でもない。


 俺はひそめた声で安住さんを問いただした。


「あの! いきなりすぎてまったく理解が追いついてないんですが、さっきの、その……告白が、責任どうのって話にどう繋がるんですか?」


「…………長くなりますが、よろしいですか?」


「全然構いません。というかむしろ説明してもらいたいです」


「…………わかりました」


 そう答えた安住さんは居住まいを正し、一度自分の胸に手を添え深呼吸してから、語りだした。

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